入部
6時間目の終了を告げる鐘が鳴るのと、クラスの生徒の大半が、各々の関心のある部活動へと向かっていく。
しかし、えりだけは、今朝担任に呼ばれたため職員室へと向かっていた。
「じゃあ、えり、私部活見てくるから…ゴメン」
「うん…じゃあ、終わったらねー」
はっきりとは見せないが、若干の不安そうな表情を浮かべるえりを心配して、生徒玄関までは付き添ってくれた、かなも、部活へと向かっていく。
友人と別れると、急に心寂しくなる。
どうしようもなく不安になってくる。
担任のあの口調だと、多分、他のみんなのように。女なのに野球とか、他の部活はとか。きっと、野球部に入る事に批判的な意見を言われるのだろう。
「でも、決めたことだから」
そう呟くと、瞳に力を込め、職員室へ力強く向かっていく。
「失礼します」
ガラっと職員室のドアを開くと、目線の先の席には、担任の姿があった。
見ると、担任は帽子をかぶり、野球部のユニフォームに身を包んでいる。
野球部の顧問なんて、しっかり見てなかった…。まさか、担任が、その顧問だったなんて…。
「おーい、斉藤? きこえるかー」
目の前で手を振りながら、呼びかけてくる声にはっと気づく。目の前の担任からの呼びかけだ。
「は…はい!」
慌てて返事を返すと、担任は、さっきまで見せた、呑気な表情を一転させ、真面目な顔つきへと変える。
えりの予感は的中しそうだ。
「斉藤…お前、野球が好きなのか?」
「…はい」
「どうして? 女子だったら、他にも色々あるだろ…外なら、ソフトボール…他にもテニスやら、ハンドボール…中でも、バスケやバレーや色々…なんでまた、野球にしたんだ?」
そこで、えりの言葉が詰まる。
野球が好きだから…。
それは真実だ…しかし、そう伝えたところで、ならソフトボールでいいじゃないかと言う、回答になるのだろう…だったら。自分がどう野球が好きなのかを証明してみせなければならない…。
「そう…ですよね……、女子が野球とか、可笑しいですよね…ふざけてるって思っちゃいますよね…」
「いや、そこまでは…」
「言ってます!!」
担任の表情に焦りが見えてくる。
えり、自身がどんどん自分自身を追い詰める発言をする為…回りの視線を意識してしまう。
(おいおい…、まずいだろ…こんなの他の先生に見られたら…どう勘違いされるか…)
目の前の女子生徒は、必死になって何か訴えたいみたいだが…言葉が出てこないようで…今は何も話さない…。
しかし、また一度自分自身を攻めるような事を言われると…それこそ、担任である教師にとっては不利益になる。
「わかった…じゃあこうしよう……、いいか。入部は認める」
その一言に、えりの表情が急激に明るくなる。
「しかし、部員としてでは無くマネージャーとしてだ…いいか?」
マネージャー…その言葉が引っかかる…マネージャでは、グラウンドでプレイが出来ない、野球ができない…。
「マネージャー…ですか?」
「あぁ…大体…女子には野球なんて、できないだろぅ…練習は出来ても試合に出られない…そんなの嫌だろ?」
えりは、その一言に火がつく…これまで、小学校時代にやってきた事すべてを否定された気がした。
小学校時代…それはもう真剣に野球に取り組んだ…当然クラブには男子も多くいて……身長こそ勝るものの体格が負けていたり…完全に負けていたり…そんな、ハンデの中でも必死に頑張って来たあの日々を、すべて否定された気がした。
「先生…ひとついいですか?」
「ん?」
マネージャーと言う妥協案を出すことで、今回の話にまとまりがつくとたかをくくった教師は…半分笑み含みで応答する。
「中学野球に女子生徒の出場制限と言うのは無いと思うのですけど…」
「そりゃそうだが…でも…そんな生徒いないだろ?」
「私は、野球がやりたいんです」
それだけ言うと、えりは、職員室から出て行く。
残された教師は、面倒だと言わんばかりの顔をして、その後ろを見送った。
どうやら、えりを入部させるしかないようだ。
えりは、職員室から出ると、半分鼻歌を奏でながら、先ほどまでの陰鬱な気持ちはどこかえ、野球部へと向かっていた。