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入部1

ズバーンとグラウンドに響く音。

静まり返った場内に、響く試合終了の音だ。


スコアボードには0対1の文字。

しかし、試合内容は圧倒していた。

初回こそ、四球による進塁を許してしまったが、その後の被安打数は0。

マウンドに佇む少女は、額の汗を優雅にハンカチで拭うと、ニッとはにかみ、ベンチの方へその視線をやった。

視線の先では、監督の満足そうな顔。

さも、当然であろうと言った表情で合図を送るチームメイトの姿がある。

レギュラー陣もマウンドに集まり、彼女を称えた。


彼女の名前は、斉藤えりな。

現役女子中学生の中で、右に並ぶ野球プレイヤーは多分いないだろう。男子であっても、彼女を止める事の出来るものは多分そうはいないハズである。

そう、彼女こそが、天才野球少女えりちゃんなのだ!!



「えり~、また野球ばっか見てぇ…、宿題やったの?」

「今やってるよぉー、みながらでもいーでしょ~?」


テレビには、野球中継が流れ、えりは、それを食い入るように見る。

宿題である。ワークブックにはまったく手を触れず、握った鉛筆は手汗で濡れている。


「はっはは、いいじゃないか。好きなんだし、ちょっとくらい好きにさせてあげても…」

「もぅ、お父さんは、そうやって甘やかせ過ぎなんですよ…まったく」


呑気な顔で、笑う父親と、それを呆れる母親。

母親は、それ以上何も言わずに、食器を洗う手を動かす。


「それで、えり、部活の方は決めたのか?」

「え?…うーん」


父親の問いかけに暗い表情で答え、えりはそれ以上は口にせず、再びテレビ画面へと目をやる。


父親は考えている。

確かに、小学校時代は、野球をやらせていたし、それが彼女の為だとも思っていた。

しかし、中学に上がれば、そうもいかない。

男子と女子、男と女というのは、おんなじ成長の仕方をするわけではない。

中学生にもなれば、腕力、持久力、体格、適正体系…様々なものが女子を上回って男子の方が伸びる…。

えりは確かに野球が好きだ、しかし、中学に上がってしまえば、女子に野球をやる環境というものが果たしてあるのか。

答えは簡単だ、NO。

今の、女子中学生の部活動に野球という活動項目はない。

あっても、ソフトボールが限界だ。

しかし、えりはそれでは物足りないのだろう…。


「どうした? えり?」

「ううん。なんでもない…なんでもないの…」


野球中継を眺めながら、父親はまた、考えに耽った。




「えりー、早く起きないと遅刻するよー」


髪をぼりぼりと掻きあくびをかきながら姉の、明菜が二階から降りてくる。


「何言ってるの、お姉ちゃん。ボクはも起きてるよ?」

「うわお、早い…なに?どうしたの、いつもよりメッチャ早いじゃん…、なんかあるの?」

「学校」


いつもより早い…そう言うが、姉がこの時間に起きてくる事の方が珍しい。


「そういう、お姉ちゃんこそ」


聞くと、姉は思い出したかのように言う。


「あぁ、私、今日学校休みだからねぇ」


にやにやとした表情で、そう言うと、台所の母に朝食を要求し、済ました顔でゆっくりと、運んでくる。


「えりは、今日から体験入部なんだって? なにするか決めたの?」

「とーぜん!! もち、野球部なんだよ!!」


さも、当然のことを言ったかのように、鼻を鳴らし自慢げに宣言するエリの表情には、なんの曇りも見当たらない。

新聞を読んで、さも、そのことには関心を示さない態度をとっている父親は、その一言で拍子抜けした。つい、一言こぼれてしまう。


「えり…、お前……野球やるのか?」


その一言に周りも同意のようで、一同えりの回答に耳を傾ける。


「もちろん!!」


それだけ聞くと、明菜はテレビのリモコンをピコピコ変え始め、父親はそうか…とだけ言うと、再び新聞に目をやる。妹は、よくわかっていないように、ふーんと、納得すると。朝食のトーストをかじる。




「って、本気!?」


明菜は、たまらずに数テンポ遅れで突っ込みを入れる。


「当然でしょ、だって先生言ってたよ、やりたい部活に入りなさいって」

「でも、野球部なんて、男子ばっかでしょ!?」

「だって、野球がしたいんだもん!」


父親は、新聞からちらと、視線をずらし、二人の様子を伺う。

えりは、一点張りで、頑なに明菜の言葉を駆逐し、明菜は次第に物言いを諦めた。


「えり、そろそろ、時間だぞ」


そう、父親が呟くと、えりは、慌てた様子もなく。かばんを手に玄関へと向かっていった。


「お父さん!!いいのッ!?」

「いいも悪いもないさ…えりが、やりたいって言ってるんだから止めるまでもないだろ?」

「それはそうだけど…」


そう言うと、明菜はなにかやりきれない表情を浮かべながらも、朝食のトーストをかじった。







「はよー」

「あ、おはよー。今日はなんかはやいねー」

「ん?…そうかな?」

「うんうん、早いよー。だって、まだ八時だよー?」

「でも、部活始めたらこのくらい普通だし、別に早くはないんじゃない?」

「…って、まだ、部活始まってないんだけど……」


時計の針は8時を指し、一年生はまだほとんど登校を済ませていない。

部活動をしている、2、3年生が、ちらほらと、教室棟へと向かい始めているところだ。


「うんで。えりちゃんは、どんな部活に入るのかなぁ?」

「ん?」

「いやぁ。よかったらおんなじ部活に入ろうかなっと思ってねぇ~、へへへ」

「あぁ、ボクは、もう決めてるよ。もちろん、野球部ね」

「え…へー」


野球部という単語が入った瞬間に、会話が途切れる。

彼女は、えりが小学時代に野球に没頭していた事は知っている。しかし、それは小学校までの話。

中学になれば、ソフト部。もしくは、それ以外の部活に行くと思っていた。しかし、その予測ははずれ、男子部の野球に入ると言い出したのだ。


「で…でさ…野球部って入れるのかな?」

「ん?…なんで?」

「だって…男子ばっかだよ?…女子が入れるのかなって…」

「大丈夫だよ…だって、先生は、好きな部活に入りなさいって言ってたよ」

「そりゃそーだけど…」


彼女は、そう言うと、その会話を打ち切り、話題をそらす。


「ところでさー、えりは、昨日バッティングセンター行った?」


バッティングセンターというと、去年から建設が開始され、つい昨日オープンした、色々と新しい機能を取り入れたらしい、バッティングセンターの事だ。


「ううん…行ってないよ…かなは行ったの?」

「いやいや、行ってないよー。あそこ、いろいろと新しい機能があるみたいじゃん…えりなら行ったかなぁと思って」

「うーん、ボクは、どっちかって言うと打つよりも、投げる方が好きだしねぇ」


そういうと、球を投げる格好を見せてみせる。


「だよねぇ…でもあそこ、なんか、投げる方もあるらしいんだよねぇ」

「え? ホント!?」

「うーん、チラシでちらっと見ただけだからわかんないけど…なんか、投げてる人の写真みたいなのがあったから…そうかなぁ、と思って」


その一言に、えりは興味を惹かれる。

バッティングセンターというのは、普通打つだけのものだと思っていたが、投球があるのなら是非とも行って見たいと思った。


「へー。ちょっと行ってみようかなぁ」


そういうのとほぼ同時に始業前5分前を知らせる鐘が鳴る。

教室には、もうすでにほとんどの生徒が入室を済ませ、思い思いに級友とだべっている。


「じゃさ。今日帰り寄ってこーよ」


かなは、その申し出を待ってましたというかのように、笑顔で頷き、両手を上に突き出してみせる。


「じゃ、放課後ねぇ」

「あ、でも、今日から体験入部じゃん…どうしよう…」

「だいじょーぶだって、体験入部は5時まで…それ以上はないから…その後いこ?」

「うんッ!!」


始業の鐘が校内に鳴り響き…それとほぼ同時に担任が、教室へと入ってくる。


「はい、号令」

「きりーつ。礼」


礼が終わるのと同時に朝礼の時間が始まる。

担任は、持ってきたメモに目を通すと、本題を口にする。それは、今日からの体験入部についての話だ。


「えーと、今日から体験入部が始まります。みんなは、もう部活動の方は決まっていると思うので…そちらの部活動の方へ行ってください…以上。…あち、斉藤はちょっと話があるので、放課後に職員室に来るように」


そう言うと、担任は、適当に切り上げて、1限の授業へと向かっていった。



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