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お嬢様初体験

作者: 水守中也

エロ要素はございません。あしからず。

 お父様がおっしゃっておりました。

「西園寺家の人間たるもの、つねに本物を知らなくてはならない」と。

 申し遅れました。わたくし、西園寺ゆかりと申します。

 好きなことは、ぼーっとすることと、美味しいものを食べることです。現在のマイブームは、どんぶり物です。

 さて、今回は牛丼です。

 お父様の言いつけに従うのなら、牛丼の本場を知らなくてはなりません。牛丼の本場、それは牛丼チェーン店に他なりません。

 恥ずかしながら、わたくし、あのようなお店に入ったことはございません。友人の中にも行ったことがある方はおりません。

 けれど今の世には、インターネットなるものがございます。検索しましたところ、牛丼屋の利用方法について語られていると思われるサイトがございましたので、それを参考に、ただ今より突撃させていただきます。


 【食券式かそうでないかの有無を確認せよ。これが重要である】


 これにわたくしは、激しく同意いたしました。恥ずかしながら、わたくしは食券方式なるものを知りません。牛丼だけで精一杯ですのに、食券とは、難易度が高すぎます。

 外から何度も見て、食券方式でないことを確認して、意を決して店内に足を踏み入れました。

 緊張した面持ちで質素な自動ドアをくぐり抜けてます。

 ワイシャツの襟は立てないように、ネクタイの裾はご飯につからないように、がっつりと頂くのがここでのたしなみ。牛丼チェーン。ここは、男の園。

 あら、意外なことに女性一人のお客様もいらっしゃいました。きっと名高い猛者か、おかまさんなのでしょう。

「いらっしゃいませー」

 カウンターの中にいらっしゃる店員さんの元気の良い声が、わたくしを迎えていただきました。

 わたくしが、入り口で待っておりますと、先程の店員さんがおっしゃりました。

「空いているお好きな席にどうぞ」

 そうでした。

 わたくしは、一番手前の席に腰を下ろしました。

 心得に、初心者はできる限り入り口側の席を選べ、と書いてありました。おそらく奥の上座は、常連さんが座るものなのでしょう。

 カウンター越しに店員さんがいらっしゃいまして、お水の入ったコップをことりと置かれました。

 一口いただきます。……あまり美味しくございませんね。そういえば、お水の本場はどこになるのでしょう?

「あの、えと、ご注文は?」

 あ、いけません。本題を忘れていました。

「牛丼をお願いいたします」

「……」

 な、なぜか沈黙です。なにか間違ったことをしてしまったでしょうか。

「えと、並盛りでよろしいですか」

 波盛り。なんでしょう。

 海鮮丼ではなんとなくわかりますが、牛ではミスマッチの気もいたします。

「すみません。では、そちらでよろしくお願いいたします」

 わたくしは、ぺこりと頭を下げて思い出しました。

 ああ、そうでしたわ。すっかり忘れておりました。

「はい。あと……」

 これは心得には書いてありませんでしたが、わたくし、知っております。

 通の人はこう言うのです。

「つるぺたで」

「……はい?」

「つるぺたです」

「えっと……つるぺた?」

「はい。つるぺたでお願いします」

「……はぁ」

 店員さんが調理場の方々に向けて叫びました。「牛丼並盛、つるぺたでー」



「はい、牛丼並盛つゆだ――つるぺた?」

「……つるぺたって、つゆだくの間違いだろ」

「でも、ぺただけに、つゆなしかもしれませんよ」

「もしかすると愛ちゃんにたいする当てつけだったりして」

「……殴りますよ」

「いやこれは本部が店の対応を見るためにつかわした覆面調査員と見た。腕が試されるぞ」

「はいっ!」



 奥の調理場からそのようなやり取りが聞こえてまいりました。 

 なにやら試行錯誤されているようです。常にその姿勢が見られるのは、素晴らしいことですね。

 しばらくして牛丼が参りました。

 どんぶりに並々と牛肉とご飯が水平に乗っかっておりました。なんか想像していたのとは少し違います。さすが本場です♪


 【あまり目立つ行動は慎むべき。ただしテーブルに置かれている物はすべて無料。使わないのはもったいない】


 わたくしはカウンターに手を伸ばして、小瓶を取りました。これは七味唐辛子のようですね。お隣は、紅ショウガです。その隣のものも入れましょう。

「あの、それドレッシング……」

 まぁなんてことでしょう。

 職人さんが丹精を込めて作られた芸術品を汚す行為をしてしまうとは!

「あの、よろしかったらお取り換えいたしますが」

「いえ。食べます。そして改めて、ご注文させていただきます」

 西園寺家たる人間、食べ物を粗末にすることは許されないのです。

 口にいたしました。職人さんには大変申し訳ございませんが、B級グルメ風で、これはこれでアリっぽいです。良さげです。

 たれの甘みとドレッシングの酸味、七味唐辛子の辛さが見事に喧嘩しておりまして、舌が混乱しているところを紅ショウガがとどめを刺します。おかげで、純粋にご飯とお肉の味が楽しめました。

 とっても美味しいです。

 完食いたしました。

「それでは改めまして、牛丼波盛つるぺたで頂けますでしょうか?」

「え? まだ食べるんですか」

「はい」

 心得には、目立たないようにと書いてありました。創作牛丼を一杯食べただけで帰るなどしては、無礼な客として、店員さんの印象に残ってしまいます。

 しばらくして、同じように波盛りの牛丼がまいりました。

 今度は何もつけずに、いただきました。

 お肉の味が広がって、たれとご飯にマッチいたします。先程頂いたものに比べ、非常にさっぱり薄味でございます。きっと京風なのでしょう。

 とっても美味しいです。

 完食いたしました。

 さて、まだ二杯しかいただいておりませんが、腹八分目ともうしますし、わたくしも満足です。しばし余韻に浸りまして、お店を出ることにいたしました。


 【食べ終わったら、店員の位置を確認して席を立つこと】


 ちらりと視線を向けます。

 ちょうど店員さんは奥に引っ込んでいるところでした。カウンターにはだれもいらっしゃいません。 

 わたくしは立ち上がると、駆け足でお店を飛び出しました。

 背後で店員さんがなにか叫んでいたようですけれど、良く聞き取れませんでした。


 【あとは、ひたすら走って店から離れること】


 最後の心得に従いまして、商店街の人混みかきわけて、走ります走ります。後ろ髪が風になびき、なんかとっても気持ちいいです。なるほど。食後の運動は大事ですよね。

 それにしても不思議です。これではまるで逃げているようです。

 あ、それでサイトに「食い逃げの方法」と書かれていたのですね。わたくし、食い逃げとはなにか、分からなかったのですが、ようやく分かりました。納得です。


 ふと思いました。

 そういえば、お金はいつお支払いすればよろしいのでしょうか?

 あとでセバスチャンに届けさせれば、よろしいのでしょうか?

食い逃げは犯罪です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして。 テンポがよいと思いました。オチも素直に笑ってしまいました。キャラクターとのギャップがあって……。 [気になる点] 悪い点という訳ではないですが、七段落目「参照に」は「参考に…
[一言] 一人で牛丼屋さんに行くのってすごく緊張する。 あまりというか、ほとんど行かないのでそれでなのかな。 何というか、ゆかり嬢は結構勇気ある子? それでは、また。 失礼いたしました。
[良い点]  お嬢様の個性がよく出ているところです。天然ボケに昭和とか鹿鳴館のにおいを感じました。  しかし、ここまで箱入りとなると、今の今までテレビからもネットからも隔絶された生活を送っていたわけ…
感想一覧
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