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そうろかの章 チョコミント色の嘘①

「ねぇ琴弧ちゃん、僕はね、たまにどうしても食べたくなっちゃうんだ、このチョコミントを。」


「うんうん・・・。」


「この青とも緑とも言える掴みどころのない色。そして鼻を通るミントのすっきり爽やかな香り。更に一口食べると甘さの中に同居している涼しさを感じられる黄金比。色も香りも人工的なものだとわかってる。でもチョコミントを見るとどうしても身体が反応してしまうんだ。考えた人を抱きしめたいね。」


「うん、まぁ好みだしね。それは良いと思うよ。でもさ・・・何で3スクープともチョコミントなの?店員も聞き返してたじゃん!本当に良いんですか?って。二人で6種類も選べてたはずなんだよ。それを分け合って食べるのが青春ってもんじゃない?」

 

 スプーンを握り締めて嘆いている琴弧に脇目も振らずに、晶はチョコミントを楽しんでいた。


「琴弧ちゃんも一口食べる?」

「私それ嫌い。」

 

 素っ気ない返事に晶は頬を膨らませた。


 駅前にできたアイスクリームショップに誘ったのは琴弧の方だ。

  

 晶の自宅で言香草(ことかそう)を摘んだ日を境に、琴弧は少しずつ自分を抑えつけることをやめていった。

 

 その第一歩は毎日クラスで晶に話しかけること。

 

 そんな琴弧の変化に気づいたクラスメイトたちは、やがて晶の周りにも、琴弧の周りにも、小さなコミュニティを作り始めた。

 

 琴弧に引っ張られるように晶の考え方にも変化が現れる。

 

 話しかけられれば恋寄樹(こいよりぎ)に誘われていた晶は、これまで潜香を線引きの手段として使い、人と距離を置いてきた。しかしコミュニティの中で会話を重ねたことでクラスメイトの潜香を少しずつ受け入れられ、関わることを恐れなくなっていった。


 そして周囲とのコミュニケーションを通じて満たされた心の充実は、香文学部での精力的な活動に注がれることとなる。『文字に起こす』という不得手な作業に着手し日々訓練することで、晶も成長の道を着実に歩んで行った。


 自分のことも変えてくれた琴弧は、晶にとって大切な存在になっていった。


 言香草を摘んだ日に約束した『高校生らしいこと』をしに、今日は二人で少し遠くに足を延ばしていた。


「晶くんってさ、ほんと女の子のことを全然わかってないよね。」

「琴弧ちゃんだって男の子のことを全然わかってないよ。」

「どこにいても仲良いんだね、2人とも。」


 声が聞こえてくる方向に目をやると隣りのクラスの久慈亜梨紗(くじありさ)

立っていた。


「あっ久慈さん。」

「えっ亜梨紗ちゃん⁉」

「久慈さんも来てたんだね。でもダンス部の練習に行かなくても良いの?」

「うん、今日は急遽練習が休みになってさ。急に休みになるとどうして良いかわからなくなるけど、テンションは上がるんだよね。 なんか遊びたい、みたいな。だからダンス部の皆と来てみたってわけ。そしたら偶然仲良い2人を見つけちゃってさ。本当は琴ちゃんを遊びに誘ったんだけど、急に予定は変えられないよね~」


 いまいち状況が把握できていない晶は琴弧を見るが、当の本人はバツの悪そうな

表情を浮かべていた。亜梨紗はニヤニヤと琴弧を見ながら続けた。


「気になるアクセサリーを見たくて琴ちゃんを誘ったんだけど、今日は用事があるからって言われて振られちゃったんだ。」


 亜梨紗はわざとらしく涙を拭く素振りを見せ鼻をグスグスと啜った。

 

 琴弧は晶を優先していたのだ。


「まさかアイスショップで会うとは思っていませんでした・・・。」

「いいのいいの。今度は他の子も誘って女子会しよ!」

「うん・・・!」


 あの時決断した琴弧は大きく変わることができた。目の前で繰り広げられる琴弧と亜梨紗のやり取りは以前は見ることはなかった光景だ。晶は嬉しいような寂しいような、何だか複雑な心境だった。


「そう言えばさ、2人はいつから付き合ってるの?」

「えっ付き・・・」

「合って・・・」


 2人は目を合わせた途端に照れながら逸らした。


 亜梨紗は2人の繊細な境界を越え、まだ触れてはならない領域に足を踏み入れてしまったのだと、一瞬で理解したようだ。


「アイス、美味しいね・・・。」

「うん、美味しいね・・・。」


 こんな時にアイスの味などわかるわけがない。冷たいという感覚さえ鈍く感じる。


 最近はこの手の話になった途端に、琴弧の潜香の中にある甘酸っぱさがやたらと

主張を強めるようになった。琴弧が意識的に抑えつけているのだろう。範囲が広くなったわけではないが、その分凝縮されて濃度が高くなっている。混雑の中でも大切な人を見つけ出せるように、晶にはすぐに分かった。潜香の存在を知っている琴弧も晶には見抜かれていると理解しているだろう。


「あれ、もしかしてまだ付き合ってなかった?時間の問題かな~。皆にも言っておくね。」

「言わなくて良いから。」


 ニヤニヤしながらわざとらしく煽った亜梨紗に、晶は力なく反論した。琴弧は俯いて何も言わない。


 『もうめちゃくちゃだよ』と晶が思った時、ちょうど『ダンス部の友達』から亜梨紗に声がかかった。


「亜梨紗、邪魔しちゃ悪いよ。」

(はるか)、ごめん、今行く。じゃあ2人とも、またね。邪魔しちゃってごめんね」


 晶たちと面識がない『ダンス部の遥』にまで気を遣われたことで嵐は去った。今は静寂だけが残されている。


 琴弧の顔は少しの赤みを残したまま、何も言わずにいじらしい表情をしていて、瞳は潤っている。でも泣いているのではない。琴弧は晶をじっと見つめて何か言いたそうだが、それでいて口を開こうとしない。

 

 晶も琴弧を見つめていた。いやそうではない。琴弧にはりつけにされたように身動きが取れず、息も出来ず、目も離すことが出来ないでいた。

 

 ほら・・・また濃くなった・・・。


 少し残っていたチョコミントは溶けて、チョコの黒が、掴みどころのないミントの青緑に混ざり合っていた。


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