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制約って?


「不思議な夢だったなぁ……」


 翌朝、実家にいたときと同じように早起きをした三葉は、手早く身支度を整えながら一人呟く。

 あの夢が何を意味しているのか、正直よく分からない。まあ夢なので特に意味はないのだろうと気持ちを切り替えて、三葉は部屋に置かれた神棚の水を取り替えてから手を合わせる。


「今日も見守ってください」


 ぺこりとお辞儀をしてから部屋を出ると、丁度通りかかった女中と鉢合わせた。


「おはようございます。あの、私三葉と申します。こちらのお屋敷での仕事は初めてなので、何をすれば良いのか指示をいただけないでしょうか?」


 夕べ大神は『気楽にしてほしい』と言っていたが、そんな言葉に甘えるわけにはいかない。

 しかし女中は戸惑った様子で、首を傾げる。


「おはようございます、三葉様。まだ朝食まで時間がありますから、お部屋でゆっくりお過ごしになってください。それに三葉様にお仕事をお任せしたなんて旦那様が知ったら、私が叱られてしまいます」


 でも……と言いかけて、三葉は口を噤む。

 大神がどういう意図で使用人達に指示を出したのか分からないが、当主の命令は絶対だ。


 三葉がよかれと思って仕事を手伝えば、叱られるのは目の前の彼女なのだ。


「分かりました」


 頷いて部屋に戻ったけれど、どうにも落ち着かない。羽立野家では三葉は女中と同じ時間に起きて玄関掃除や洗濯、料理の下ごしらえといった仕事を一通りこなしていた。

 食事も仕事の合間にかき込むようにして食べ、それから袴に着替えて駆け足で女学校へと向かう。

 羽立野家に引き取られてからは、そんな生活が当たり前だった。


(何もしないって、落ち着かないわ)


 けれどどうにもならないので三葉は先程の女中が朝食の用意ができたと呼びに来るまで、教科書を読んで時間を潰した。


***


「おはようございます、大神様……!」

「おはよう、三葉さん」


 案内されて入った部屋にはすでに大神がいて、三葉は執事に促され急いで彼の向かいの椅子に座る。



(こちらのお屋敷、全部西洋風だろうなって予想はしてたけど。ご飯も洋食なんだ)


 目の前のテーブルにはナイフとフォークが用意されており、三葉は少し戸惑う。


「三葉様、飲み物は紅茶でよろしいでしょうか? レモンとミルク、どちらをご用意なさいますか? 卵は目玉焼きとスクランブルエッグ、他にお好みのものがあれば仰ってください」

「えっと……大神様と同じでいいです。それと……お箸で食べても良いですか?」


 マナー違反だろうけど、慣れないフォークを使ってテーブルを汚す方がもっと失礼だと三葉は考えたのだ。


「畏まりました」


 昨夜同席してくれた執事がにこやかに頷く。その笑みは決して三葉を馬鹿にしたのではなく、ただ優しい感情だけを向けていると分かる。

 ふと視線を感じて正面を見れば、思い切り大神と目が合う。


 窓から差し込む朝日が大神の茶色い髪を照らして、きらきらと輝いている。彫りの深い彼の目元と鼻筋には影が落ち、整った容姿を際立たせていた。


(改めて見ると、本当に綺麗な人……)


 明るい場所で見る彼は、呆けるような美形だ。

 ぽかんとしていた三葉だったが、彼の言葉で我に返った。


「その着物はどうしたの?」

「私物です」


 仕事をする気でいたので、羽立野家で着ていた女中の着物に髪もいつも通りの一本縛りの三つ編だ。


「三葉さんの服は、部屋に用意してあったと思うけれど。気に入らなかったかな?」


 確かに箪笥の中には着物や、洋装のワンピースなどが入っていた。どれも三葉が袖を通したことのない高級品だと一目で分かったので、袖を通す気にはなれなかったのだ。


「とんでもないです! あんな高価な着物で仕事はできません!」

「仕事?」


 怪訝そうに目を眇める大神を前に、何か失礼な事を言ってしまったかと三葉は青くなる。だがどうやら大神は、怒ったわけではないらしい。


「昨日のこともあるから、疲れてるだろう? 今日は好きに過ごしなさい。ただし、仕事は駄目だよ」


 柔らかい口調で諭され、三葉は狼狽える。


「私は江奈様に働き手として、大神家を紹介して頂いたのではないのですか?」


 預かりという言葉ではあったが、実質的には女中としての紹介状だと三葉は思っている。

 冷静に考えて、あり得ない失態をした羽立野家の娘を庇うメリットは大神家にはない。


「ああ、それは何ていうのかな。強い神を奉っている家の者は、無償の手助けができないんだ。だから形だけでも、取引したという事実を作らないといけない」


 神を奉る家系の者は、様々に制約があると聞いてはいた。けど家族からろくに口も利いてもらえなかった三葉には詳しい知識がない。


「江奈さんは、三葉さんを羽立野家から逃がす手助けではなくて、働く先を紹介した。という形を取らなくてはならなかったんだ。でも……そうだね。君は江奈さんにお返しをしなければならない」

「じゃあやっぱり、お金が必要です」


 大神の言うとおりなら、三葉は働く必要がある。そして羽立野家に連れ戻されないためには、この屋敷で女中として雇ってもらうのが手っ取り早い。

 しかし大神は首を横に振る。


「別にお金じゃなくてもいいんだよ。今回の件であれば、お礼の言葉を伝えるだけでも十分じゃないかな」

「はぁ……?」

「彼女は君を、『大神家まで運んだ』だけだから、そう大した取引ではない。ただし、この家にいるのであれば、私との取引が条件になる」


 はっとして三葉は背筋を伸ばす。

 一体どんな条件を突きつけられるのかと身構えた三葉に、大神は笑みを深める。


「君には花嫁修業をしてもらう」


 つまり大神は、三葉を道具として利用する気なのだと理解した。


(なんだ。そんな事か)


 父からは「女学校を卒業したら、家の利益になる相手に嫁がせる」と宣言されていた。だから三葉にしてみれは今更だし、少なくとも失態を犯した羽立野家から嫁に出されるより、大神家の道具として嫁がされた方が嫁ぎ先の扱いも多少は良くなるはずだ。


「私の預かりだから、君は私に従う。そうだろう?」

「分かりました」

「じゃあ早速だけど、着替えてもらおうかな。君の言う「高価な着物」を着ていれば、勝手に動き回ることもないだろうしね」


 弘城が手を叩くと、控えていた数人のメイドが三葉に近づき椅子から立たせた。三葉がぽかんとしていると弘城が指示を出す。


「着物は華やかに。髪は結わずに、リボンで纏める程度で」

「畏まりました」



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