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夢で見たのは

 遠くから話し声が聞こえる。


(誰?)


 ベッドで眠っていた筈なのに、気が付くと三葉(みつば)は小高い丘に一人佇んでいた。

 見上げた空は雲一つない晴天。にもかかわらず風に流されたのか、ぱらりぱらりと小雨が降ってくる。


(お天気雨だ……でもこれって、夢よね?)


 かざす手に当たる雨粒も、頬を撫でていく風も現実そのもの。けれど頭の何処かで、これは現実ではないと囁く声がする。


 ふと視線を下に向けると、綺麗に整えられた田んぼが見渡す限り一面に広がっていた。どこかで見たような景色だけれど、どうしても思い出せない。


 ぼんやりと立ち竦む三葉の視界に、突如それは現れた。

 遠くから大勢の人が歩いているのが見える。

 まだ実りを迎えていない青い穂が揺れる田んぼのあぜ道を、老若男女が列をなして歩く様はそれだけで不思議だ。


 恰好も武士や遊女、江戸時代の町民と思わしき着物姿から、最近流行の洋装。巫女姿の子ども達に混じり、本の挿絵で見た牛若のような恰好の少年が跳びはねている。


 それぞれ違った恰好と年齢だが、共通しているのはみな楽しげに笑い合っているという点だ。

「みつばさん」

 名前を呼ばれて視線を向ければ、すぐ側に幼い少女が立っていた。巫女の服に儀式用の豪華な花簪を前髪に挿した少女は、親しげに微笑んでぺこりと頭を下げる。


「あなたは一体……誰?」

「みじかいあいだでしたが、おせわになりました」


 三葉も彼女へ丁寧に礼を返すが、こんな可愛らしい少女に会った記憶はない。

 当然、お世話なんてしたこともないので三葉は困惑する。しかし少女は三葉に微笑んだまま、言葉を続けた。


「これでわたしたちは、こころおきなくでていくことができます」

「ごめんなさい。私、貴女と何処かで会ったか憶えてないの」

「まいにちおそうじをして、ごあいさつをしてくれたではないですか。みな、みつばさんのおはなしをきくのをたのしみにしていたのですよ」


(挨拶……掃除って、まさか奉られてたお狐様?)


 少女は三葉の心を読んだかのように、静かに頷いた。


「わたしたちはかえりますけど、このものがみつばささんをまもります。おまえ、くれぐれもみつばさんをたのみましたよ」


 少女の視線の先を見れば、一匹の大きな白い犬が座ってこちらを見ていた。いや、それは犬ではなく、巨大な狐だと気付く。

 それも尾が三本も生えていて、白い炎のように揺らめいている。


「みじゅくものですが、どうしてもみつばさんのそばにいたいとだだをこねまして……これのしゅぎょうもかねておりますので、みつばさんはえんりょなく、これをつかってくださいまし」

「修業って? ……え、あの、待って!」


 少女は行列に向かって丘を駆け下っていく。三葉は後を追おうとしたが、どうしても脚が動かない。


「あれは神の道だから、今の君には歩けない」

「狐が喋った!」

「皆から少しずつ力を分けてもらったので、喋ることくらいはできますよ」


 近づいて来た狐が、三葉の掌に頭をすり寄せる。狐からは確かな温もりが伝わってきて、三葉は急に胸の奥が痛くなった。


「あなたは私の側にいてくれるの?」

「三葉が望むなら」


 揺れていた尾が、三葉の体を包むように絡む。

 その温かさがやけに嬉しくて、三葉は狐をそっと撫でた。



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