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お世話になります、狼さん

 固まって言葉も出ない三葉に、弘城が微笑みかける。

 彼なりに安心させるつもりでいるようだが、美形の微笑みは破壊力抜群だ。


「君のお兄さんが蛇頭家との業務提携を白紙に戻した会場に、私もいたんだよ。まさか蛇頭家相手に、あんな真似をするとは肝が据わってる」


 肩をすくめる弘城に、三葉はただこくこくと頷く。

 彼が褒め言葉として言っているのではないと三葉でも分かる。


「広間の端で百面相してたから、気になっててね。お兄さんの演説が終わってから、大騒ぎになっただろう? 君が騒ぎに巻き込まれる前に連れ出すつもりだったんだ」

「えっ」

(大騒ぎって……江奈様が仰ってた喧嘩のことだよね?)


 彼の言うとおり、自分はあの広間の端っこで小さくなっていた。同じ地味な着物姿で、髪も三つ編みの一本縛りに纏めただけで簪すら刺していない。

 女中と間違われてもおかしくない出で立ちだったにもかかわらず、彼は三葉を気にかけていたと言う。


「どうして?」


 訳が分からず、つい口に出してしまう。


「そうだよね。君のお兄さんの言動は、理解できなくて当然だ」

「えっと……そういうことではなくてですね……」


 弘城の言うとおり一番訳が分からないのは兄の思考回路だ。けれど、今三葉が疑問に思っているのは、弘城に対してである。

 戸惑う三葉を勘違いしたのか、弘城が続ける。


「ともかく、あの家から離れられてよかった。ここにいれば、もう安心だからね」


 彼が何を考えているのかさっぱり分からないけれど、当面は匿ってくれるという事だろう。


(江奈様に感謝だわ。怖いとか思ってごめんなさい)


 厳しい現実を指摘されたけど、こうして三葉が現状で一番安全な場所に匿ってもらえるよう手配してくれた。


「部屋は二階の洋室を用意したのだけど。和室が良かったかな?」

「いえ、どこでも大丈夫です」


 正直、屋根と寝床さえあれば物置小屋で暮らせと言われても従うつもりでいた。

 優しく出迎えてくれただけでも有り難いのに、これ以上彼を煩わせるのは申し訳ない。と思ったが、一つだけどうしても頼まなくてはならない事があると思い出す。


「大神様、部屋に狐を奉ってもよろしいでしょうか?」


 風呂敷の中にある陶器の狐は、羽立野家の神棚に置いてあったものだ。

 正式に譲り受けた物ではなけれど、持って来てしまったのだからそれなりの扱いをするべきだろう。

 しかしここは、「狼」を奉る総本家。


 狐を奉って良いのか、伺いを立てるべきと三葉は判断したのだ。

 けれど三葉の心配は杞憂に終わる。


「かまわないよ。すぐに神棚を用意させよう」


 あっさり了承してくれた弘城に、三葉はほっと胸をなで下ろす。


「ありがとうございます」

「そんなに畏まらなくていいからね。自分の家だと思って、気楽にしてほしい。そうだ、夕食はもう食べたかな? お腹は空いてない? あ、先に部屋を見てもらった方がいいか?」

「弘城様。三葉様が困ってますよ」


 前のめりに質問してくる弘城を、水崎が咎める。

 その後、水崎が間に入り三葉は弘城の質問責めから無事逃れて、用意してもらった部屋へ移動した。


***


「なにこれ」


 部屋に案内された三葉は、ドアが締まると思わず声を上げた。

 てっきり住み込みの使用人が使う三畳程度の部屋を想像していたのだが、この部屋は三葉の想定を遙かに超えていた。


 まず、広い。羽立野家で三葉が与えられていた部屋の倍以上の広さがある。

 家具は洋風で統一されており、ベッドは女学校でも憧れとされる「天蓋付き」だ。


「こっちにも部屋がある……お風呂だ……」


 羽立野家では水場は使用人と共同のものを使っていたが、この部屋には三葉専用の風呂と洋式の厠があった。幸い女学校で厠は洋式も取り入れていたので、使い方は三葉でも分かる。

 窓辺には既に簡単な神棚が置いてあり、三葉は風呂敷を広げると陶器の狐を出してそこに奉る。


「なんだか大変な事になっちゃいましたけど、暫くはここでお世話になれそうです。お狐様、どうか私を見守ってください」


 手を合わせて狐を拝む。正式な奉り方を知らないので、三葉はいつもこうして数ある神棚に語りかけ手を合わせてきた。


 羽立野家に残してきた神棚が心配だけれど、今の自分にはなにもできない。


「正式に譲渡してもらえるように、今はとにかく目の前の事を頑張らなくちゃ」


 くよくよ悩んでも仕方がない。三葉は気持ちを切り替えるために風呂に入り、明日からの仕事に備えて早々にベッドへと入った。



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