浄化
声ではない。けれど確かにその言葉が三葉の胸に直接響く。
その時、シエキが身をくねらせ頭上から三葉へと襲いかかる。すぐさま獣の爪が地を抉り、牙がシエキに食い込む。
間一髪で食い止めた弘城だが、操る彩愛をどうにかしないとシエキは止められない。
「私が抑えている間に逃げろ! 彩愛は君を殺すつもりだ!」
「けど弘城さんが!」
「穢れなど君が気にする事じゃない」
「ああ、楽しい。蛇頭家の連中が来るまでに、三葉を喰えれば良し。お前が私を殺しても私の目的は達成される。どちらに転んでも、お前たちの負けよ」
足手まといでしかない三葉が倉に留まるのは不利だ。しかし弘城と彩愛を残して逃げたとしても、不安は残る。
(このままじゃ、弘城さんは私を守る為に穢れを受けてしまう。そんなのは嫌)
襲いかかろうとするシエキを、弘城が牙を剥いて威嚇する。
だが次第にシエキも弘城の間合いが分かったのか、長い胴を倉の壁に這わせて二人の退路を塞ぐ。
(逃げられない。私にも何か出来る事……っ?)
怯えて俯いていた三葉は、天井近くにあるシエキの頭蓋を見上げた。本来目のある場所には、暗い闇ばかりが広がっている。
だがよくよく見れば、深淵の奥に僅かな光が揺らめいていた。
(そうだ。この蛇は、まだ神様なんだ)
「シエキ……いいえ、蛇の神よ。どうか心を静めてください」
「無駄よ」
彩愛が嘲笑うと、シエキも呼応するように襲ってくる。
「無理だ三葉さん。もう声は届かない」
「そんなことありません! 光がまだあるんです!」
牙を剥く狼を抱きしめて、三葉が叫んだ。
(やっぱり君は、あの人の子だ)
「え?」
再びどこからともなく声が聞こえた。そして暖かな光が三葉を包む。
懐かしい声だけど、その声の主の顔は思い出せない。
「よそ見してる余裕があるのね。それなら二人一緒に喰らってあげる……!」
だが次の瞬間、彩愛が頭を抱えて倒れ込む。
「なにこれ……?」
「浄化の光だ」
柔らかな光が倉を照らす。その光は三葉の体を覆うように発せられていた。
決して強い光ではないのに、彩愛は余程眩しいのか扇で顔を覆い倒れたまま動かない。
一方でシエキは動きを止め、眼球のない頭骨を三葉に向けている。
「やめて! 何をしているの!」
次第に骨だけだった体には鱗が浮かび上がり、巨大な蛇となる。
「懐かしき姿。これで戻れる……狐を従える娘、感謝する」
「奉られていた神か」
弘城が呟くと同時に、シエキとして使われていた蛇は淡く光り溶け消えた。
「いやぁぁっ!」
髪を振り乱し彩愛が絶叫する。そして三葉に掴みかかろうとするが、寸前で弘城が止めた。
狼ではなく、人の姿をした彼は彩愛の腕を掴んで背中側に捻り上げる。
「くそっ、野良犬! 死ね!」
「君の身柄は蛇頭家に引き渡すと約束している。暫く眠れ」
空いた手を暴れる彩愛の目頭に当てると、彼女の体がぐらりと揺れる。シエキの力を失い倒れた彩愛は、年相応の老婆の姿に戻っていた。意識を無くした彼女を明興の横に横たえると、弘城が三葉の側に戻ってくる。
「え、弘城さん?」
改めて見れば、弘城はいつもの洋装姿になっていて三葉は小首を傾げる。
「あ、あの……一体どうなって……?」
「詳しい話しは、帰ってからにしよう。怖い思いをさせてすまなかったね」
いいえ、と答えたつもりだったけれど喉から出たのは掠れた声。
急に視界が暗くなり、体から力が抜ける。倒れそうになった三葉を、弘城が抱き支えてくれる。
大丈夫だと言って歩こうとしたけれど、ふわりと体が浮く。
「三葉さん! 弘城さん! いるなら返事をして……」
倉の外から聞こえてきたのは、江奈の声だ。
「ここだ!」
「二人とも、無事ね……三葉さん!」
「――蠱毒の放つ瘴気の影響だ。私が運ぶ……」
その言葉が聞こえたのを最後に、三葉の意識は途切れた。




