蠱毒
三葉と弘城は倉の中で、巨大なシエキと対峙していた。重苦しい瘴気が倉を満たし、中央に空いた闇の中では無数の白い骨が不気味に蠢いている。
「遅くなってすまない」
弘城の尾が三葉の肌を着物の上からそっと撫でた。すると三葉の体を縛っていた縄が、するりとほどけ落ちる。
ようやく自由になった三葉を庇うように、狼の姿をした弘城が一歩前に出る。その背に触れると、確かな温もりが掌に伝わった。
「私は平気です。……でも本宅の部屋に、ハルさんたちが閉じ込められていて……」
「彼女たちなら大丈夫だ。もうすぐ蛇頭家の術士が、羽立野の屋敷に張られた結界を破る」
よかった、と三葉は胸をなで下ろす。おそらく弘城は、彼らとの連帯のために尽力していたのだ。自分の能力を過信して突っ走る形になった自分を三葉は恥ずかしく思う。
「――しかし、よく私だと分かったね」
「だって、弘城さんは弘城さんですし」
何故と問われても、三葉は困ったように小首を傾げる。
人よりもはるかに大きい銀灰色の狼は、それだけで周囲を威圧する。しかしその瞳をよく見れば、弘城のものだとすぐに分かる。
「小賢しい真似をする」
彩愛の瞳が暗闇の中でぎらりと輝き、背筋を撫でるような冷気が漂った。
「既に羽立野邸は蛇頭家の者が囲んでいる。ここへ来るのも時間の問題だ」
「それで?」
「お前は蛇を奉る家の者だと分かっている。ならば蛇のしきたり従い罰を受けろ」
「彩愛が、蛇を奉る者? 聞いてないぞ!」
突然現れた狼に腰を抜かしへたり込んでいた明興が、唖然として彩愛を見上げる。
「言うわけないでしょ。あなたは黙ってて。――どこまで調べた? 野良犬」
あっさりと認めた彩愛は、視線でシエキに指示を出す。数匹の小さいシエキが明興に絡みつき口を塞ぐ。彩愛は弘城に向き直る。
「各地の寺社に通達を出したところ数日前にやっと、一族の家系図を取り寄せることができた。しかし、お前の名は意図的に消されていた」
明興の婚約者として彩愛が公の場へ姿を現した直後から、弘城は勿論、名だたる神奉りの家は彼女の名を調べた。しかし、彩愛の戸籍は存在しなかった。
つまり、一族からも追い出された曰く付きの存在だと弘城は続ける。
「神排にシエキの邪法。それだけの力を得るには、長い年月がかかる。――お前、神の魂を喰らったな?」
「ええそうよ。それがどうかしたの?」
平然と答える彩愛に弘城が問う。
「たった五十年で、よくそこまで育て上げたな」
「五十年? でも彩愛さんは……」
「神排の邪法だ。人の血肉魂、神の眷属を捧げることで不老を得る」
弘城の声は低く唸り、隙を窺う巨大な蛇のシエキを牽制する。
「私の家族……いえ、一族と代々奉った蛇の魂と血肉の結晶よ」
「酷い……家族と神様を贄にしたの?」
呆然と問いかけた三葉の耳に、彩愛が軽やかな声で答える。
「あら、失礼ね。何年もかけて編み出した術なのよ。素敵でしょう?」
彩愛の声は甘美でありながら、底に濃い瘴気を孕んでいた。
「……報告書には、己の家族を蠱毒に使ったとある。事実だったのか」
「少し違うわ。私も蠱毒に身を投じたの。奉っていた神もね。そして勝ったわ」
蠱毒の力を手に入れた彩愛は、親族の全てをシエキの術に投じたと続ける。
「何故そこまで外法に手を染めた!」
「私の方が美しく優れているのに、分家というだけで本家を継げなかったからよ! あの者たちは当然の報いを受けたにすぎない!」
「己が欲望のためだけに、多くの人を殺めたのか。愚かな」
その指摘に、彩愛の目がつり上がる。紅い唇が大きく裂け、美しい少女は鬼のごとき形相に変わった。
「力があるのに家を継げない悲しみは、あなたなら分かってくださるわよね。明興さん」
彩愛が振り返って明興を見るが、変貌した婚約者を前に明興は気を失っていた。




