邪法 2
「待って明興兄さん! 私は狐なんか殺してしまえって言ったじゃない! お父さんと違って神排に賛成したし、彩愛様からシエキを育てる特別な術も教わったのよ!」
必死に訴える桃香の声が倉の壁に反響する。
「桃香、父さんを見捨てる気か!」
「ちょっと桃香! 彩愛さんから術を教わっていたなんて、お母さん聞いてないわよ!」
「煩いな、黙っててよ!」
三葉は唖然としたまま、家族だった人たちが互いを罵り合う光景を見つめていた。
「父さん、母さん。桃香……分かってくれ。彩愛の術を完成させるためには、羽立野家の血が必要なんだ」
明興の声はどこか異様な興奮が含まれていた。
叔父夫婦が震え恐怖に顔を引きつらせる。
「神を奉っていた家の血は、よい贄になるの」
彩愛が明興の腕に寄り添い、甘やかに相づちを打った。
「羽立野家を継ぐ明興さんさえいれば後は不要よ」
「なぜだ、わしが折角、羽立野家は神排になったと知らしめたのに……」
「ええ、だからこれからは神排を辞め、改めて狐を奉ることにしたのだと、嘘を広めるためにも必要なの。信仰心なんて要らない。ただ名を使えばいいのよ」
妖しい微笑を浮かべ、彩愛は囁く。
神排に賛同する者はすでにふるい分けられた。
次は神を奉る者たちの中に潜り込み、内部から蝕む――それが彩愛の企みだった。
「彩愛は素晴らしい策士だよ。俺はこれから、彩愛と二人で羽立野家をもり立てていく。だから父さん達は安心して死んでくれ」
言葉は支離滅裂で、明興の浮かべる笑顔は狂気そのものだ。実の両親を生け贄にすることに微塵の躊躇もなく、むしろ誇らしげですらある。
「嫌よ! 彩愛様、どうして! 私はあなたに憧れてたのに!」
「ええ桃香。私もあなたが大好きよ。あなたの醜い感情は、生まれたてのシエキには丁度良い餌になったもの」
「だったら」
「でもね、もういらないの。欲しいものは全部手に入ったから」
穴の淵から数匹のシエキが這い出て、桃香の着物に噛みついた。そして暗い穴の中へと引きずり込もうとする。
「やめて! 命だけは助けて!」
桃香の絶叫が倉の壁に反響する。
「安心しろ桃香。お前はシエキとして生まれ変われるんだ。永遠に俺達の役に立てるんだぞ」
「いや……いやよ! 死にたくない!――」
泣き叫ぶ桃香の喉に、一匹のシエキが噛みつく。
するとその目からみるみるうちに光が失われ、床に崩れ落ちた。その姿は、まるで糸の切れた操り人形のようだった。
「桃香!」
三葉は思わず叫んだ。
「無駄よ。彼らの魂は、もう私のシエキが喰らったわ。……あらあら、こんな立派に成長するなんて。想像以上だわ」
どこか恍惚とした顔で彩愛が呟く。
穴の底から暗がりを裂くように、更に黒く巨大な影が現れた。
蛇の形をした黒い骨は、関節をを軋ませながら穴の縁を這い上がろうとしている。
血と腐臭の入り混じった風が吹き上がる。
「さすが羽立野の血ね。神を手放した間抜けでも、血だけはご立派だったみたい」
「これが神排の力か。素晴らしいぞ彩愛」
彩愛の肩を抱いて、明興が狂ったように笑う。
常軌を逸した光景に、三葉はただ唖然とする。




