邪法 1
三葉は縄で縛られ、布団部屋から引き立てられていった。案内されたのは、羽立野家の離れの奥にある古い倉だった。
湿った土と血の匂いがぬめるように漂い、壁には古びた御札が貼られている。
足元に散らばる白い骨が、踏みしめるたびに小さく砕ける音を立てた。
「久しぶりだな、三葉――おい、下がっていいぞ」
にやりと笑ったのは明興だった。その傍らには義父の剛蔵と妻の峰子が、顔を蒼白にして座り込んでいる。
三葉の背後で縄の一端を手にしていた下男は虚ろな目で立ち尽くしていたが、明興の命令を聞くと壁際へと下がった。
「お父さん……いいえ、剛蔵叔父さん!」
勇気を振り絞って三葉は叫んだ。
「どうして父を殺したの?」
「……っ」
剛蔵の顔がひきつり、血の気が失せる。
「お前、知っていたのか……?」
三葉の心臓が強く跳ねた。狼狽える剛蔵に代わり、彩愛がくすりと笑う。
「別に今さら隠すことでもないでしょう。あなたは最初から、兄を排除して家を乗っ取るつもりだった。……そうよね?」
剛蔵が気まずげに目を逸らす。
「……私は霊力がなかった。家を継ぐに相応しくないと、いつも言われていた。兄貴はそんなワシにも笑顔で接してくれた」
「ならどうして? お父さんは叔父さんのこと、嫌っていなかったんでしょう?」
「家を継げる兄貴が羨ましかったんだ! いつも堂々として、なんでもできるあいつさえいなけりゃ、こんな劣等感を抱かずにすんだんだ」
身勝手な感情としか思えないが、剛蔵はさも当然だと言わんばかりの態度だ。
「だが神排に従えば兄貴を超える力を得られると……そう言われたんだ」
「そんな言葉を信じて父を……?」
三葉は愕然として言葉を失う。
(お父さんは、そんなことのために殺されたの?)
三葉の心臓は凍りつき、唖然とするしかなかった。
「そう、言われるまま殺したのよ。奉られていた狐も放置して、ね。けれど――」
「力など宿らなかった!」
叫ぶ剛蔵の額には青筋が浮かんでいた。しかし彩愛は全く意に介さない。
「贄を捧げれば、神排は加護を与える……そう教えてあげたの。彼は信じて、私のために実兄を陥れた。素晴らしい献身よね? ……無駄だったけど」
「ほらみろ彩愛も認めている! 明興、この女は毒婦だ! 騙されるんじゃない!」
剛蔵が必死に声を上げるが明興は実の父を見ようともしない。
それどころか、鼻で笑って吐き捨てる。
「……愚かにも両親は怖じ気づいたのだ。疑いを持つ者に、神排は力を与えないに決まっているだろう」
「明興、何を言っているんだ!」
そんな明興の肩にそっと手を置き、彩愛が艶やかな笑みを浮かべて寄り添う。
「だから俺が継ぐべきなんだ。父は腰抜け、母は酒浸りで神排を崇めてもいない。彩愛だけが俺を正しく導いてくれる」
「どうしちゃったの明興? 彩愛さんも、何か言ってちょうだい」
峰子が縋るように彩愛へ訴えかけた。
しかし、彩愛は微笑んでいるだけで冷たい沈黙を貫いている。
代わりに答えたのは桃香だった。
「お父様、お母様。彩愛様のために贄になってくださいませ」
その声はどこか恍惚としていて、三葉は言葉を失った。
兄妹が、親を邪法の生け贄として差し出そうとしている、そのあまりに異常な光景を現実と認められないでいた。
次の瞬間、明興の言葉に空気が凍りつく。
「お前もだよ、桃香」
「え?」
桃香が目を見開く。
「お前も贄として俺に貢献しろ」
彩愛が口元に不気味な笑みを浮かべると、倉の空気がさらに冷え込んでいった。




