少しだけすれちがい
「君は……」
戸惑った様子の弘城に、三葉は小首を傾げた。
「何故そこまで自身を卑下するんだ」
怒ったような弘城の勢いに、三葉はびくりと身を竦ませる。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて」
「いや、今のは私が悪かった」
気まずい空気が車内に流れる。
「……全く。こういう時に気の利いた言葉の一つも言えたらいいのだけれど」
隣でため息を吐く弘城に三葉は無言で彼の言葉を待つしかない。
「色々と誤解があるみたいだけど、それを全部説明するには長くなってしまう。だからまず一つ、大変な勘違いだけ解いておくね」
「はい」
「君は醜くなどないよ」
どう答えるべきなのか迷っていると、ふと弘城がなにか思い出したように話題を変えた。
「気になっていた事があるんだ」
「何でしょうか?」
「私が恐いと言っていたのに、何故逃げなかったんだい? 江奈さんに助けを求めれば、匿ってもらえただろう? 河菜さんだって、君が「大神家から逃げたい」と言えば、喜んで引き受けるんじゃないかな?」
それはそうだが、三葉としてはそれなりに考えもあった。
「何度も言いますけど、大神家は恐いから逆らうつもりはないんです」
大神家は神を奉る家の総本家とも呼べる存在だ。代々の当主は国家の根幹に関わり、神事だけでなく政治や経済にも深く関わる。
正直なところ、三葉には弘城がどれだけの権力を持つのか正しく理解はしていない。でも逆らったところで良いことは何一つない事くらいは理解しているつもりだ。
「それに弘城さんは、悪い人ではないでしょう? 恐いと悪いとは、別だと思うので」
僅かに弘城が目を見開いた。
「いくら利益があっても、私のせいで神排なんてものに関わらせてしまって。……でも弘城さんは、私が女学校に通うことを許してくれました。住む場所も食事も、着物も用意して頂けて感謝してます。今だって、お守りを買ってくれたじゃないですか」
ため息を一つこぼして、弘城が苦笑する。
「そういうことか。――うん。私もまだまだだな」
含みのある物言いが気になったが、問いかけても明瞭な答えは期待できそうにないと判断する。
そんな三葉を余所に、弘城はもう一つの包みからつげの櫛を出した。弘城が三葉の手を取り、櫛を握らせる。
「君は綺麗だよ、三葉さん」
至近距離で微笑まれ、三葉は真っ赤になって固まってしまう。
(弘城さんに真顔で言われると、心臓に悪い)
相変わらず、彼が何を考えているのかさっぱり分からない。
こうして守りの道具を揃えてくれるのだから、悪い感情は持たれていないだろう。けれど優しい言葉を三葉は全て額面通りに受け止められない。
それはこれまでの経験を振り返れば、仕方のないことともいえた。
(ひねくれてるなあ)
外見もそうだが、こんなに捻くれた心を持っていると知ったら弘城も流石に眉を顰めるだろう。
彼のような人には、容姿も心も美しく気高い女性が似合う。
例えば江奈のような――
考えると不意に胸がツキンと痛む。無意識に両手を握りしめると、弘城が三葉の手をそっと包んだ。
その掌の温かさになんだかほっとして、三葉は目蓋を閉じた。




