恐怖は伝播する・2
「桃香様は彩愛様と本当の姉妹みたいに仲が宜しいのね」
「ええ、先日は神排の儀式もしたのよ。ここだけの話ですけど、彩愛さんは神排の中でも位が高いの。だから私もお兄様と彩愛さんが結婚したら、高位の神排に相応しい専用のお屋敷を建ててくださるって約束してくださったわ。」
「お屋敷!」
「神排の殿方からひっきりなしに婚約のお話しも来てるのよ。今は話せないけど、皆さんがびっくりするような高貴なお家からも是非にって……」
羨望の眼差しを向ける友人達の中に、一人俯く級友がいると気付いて桃香はそちらへと視線を向ける。
「そうそう、若子さん。例の件はどうなってるかしら?」
呼ばれた女生徒がびくりと肩を震わせる。
「……まだお母様には話してなくて」
「約束が違うじゃない」
「これまでいただいたブロマイドやリボンはお返しします、だから……神排はもう、辞めさせてください」
不安げに視線を彷徨わせる若子に桃香は容赦なく詰め寄った。
「約束を破った挙げ句、一度受け取ってあなたの手垢の付いた物を私に返すの? 随分と失礼な女ね」
他の取り巻き達も桃香に習い若子を睨む。
「神排は素晴らしいって、あなた言ってたじゃない。だから仲間に入れてあげたのに、今更嫌だなんて言うの?」
「申し訳ございません。ですがやっぱり守り神は捨てられません」
地面に頭を擦り付け土下座をする若子に、どこからかカチカチと何かを叩くような音が近づいてくる。若子が顔を上げて周囲を見回すが、音源らしき物は見当たらない。
「すみません桃香様。お許しください」
「嫌ねえ、別にあなたを虐めてる訳じゃないわ。ただ約束を守ってほしいの」
「ですからそれは」
「神排になりたいって、ご両親にお伝えするだけじゃない。大丈夫、反対されたら私が何とかしてあげる。だって私には、彩愛様が付いているのだもの」
カチカチという音が大きくなる。他の女生徒達にも聞こえているはずなのに、何故かみな貼り付けたような笑みを浮かべて、音を気にする様子もない。
音にシューッという、蛇の威嚇音に似たものが混じる。しかしこの場には、蛇を奉る家の娘はいない。
羽立野家に到っては、先日守り神の狐を捨てたと宣言したばかりだ。
「守り神だなんて、あんな面倒な物は捨ててしまいなさいな」
「そうよ、毎日掃除だのお祈りだの。細々した祀りもやってられないわ」
「でも神排をしたら、何もしなくていいのよ。なのにお父様のお仕事は順調でなにも変わらなかったわ」
「私はこっそり、婚約者のおうちに神排のお札を貼ったの。そうしたら女中が一人辞めたのだけど、その女ったら奥様の着物を盗んで売っていたのよ」
友人達が若子を取り囲んで囁きかける。良い話ばかりに思えるが、なにかが腑に落ちない。
「ねえ若子さん。あたなも幸せになりたくて、神排を求めたのでしょう?」
桃香が若子の手を握った瞬間、若子はひっと小さく悲鳴を上げた。桃香の手がまるで氷のように冷たかったからだ。
「そうだ、来週には彩愛様が転入してくるの。あなたも彩愛様に会ってお話しすれば、神排の素晴らしさを理解できるわ」
青ざめて俯く若子にかまわず、桃香はうっとりとした声音で告げた。




