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オオカミ様の契約婚約者-兄がやらかしたので逃げます-  作者: ととせ@「石の声を聞く後宮の底辺姫~」電子書籍化


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真実・1


 羽立野家では家族は勿論、使用人達からも空気のように扱われていた。

 自分に価値がなくても、弘城はこうして目を合わせて会話をしてくれる。


(私にはそれだけで十分。欲張ったら駄目よ)


 伴侶にと望まれ、その相手と恋に落ちて結婚する女性は幸せだ。市井では親を介さない自由恋愛が浸透しつつあると、女学校でも話題になっている。


 けれど華族や士族、名の知れた商家に生まれた娘は自由などない。


 そもそも妾腹で、厄介者として扱われていた三葉が嫁がされる先は、羽立野家の利益になる相手だと聞かされて育った。


(だから少しだけ……嬉しかった。ううん契約でも側に置いてくれるって言ってくれたんだもの。感謝しなくちゃ)


 三葉を三葉として見てくれた初めての殿方に、舞い上がっていた自分を恥じる。

 僅かに芽生えた感情を押し殺し、三葉は弘城(ひろき)の言葉を待つ。


「……君は冷静だね。こんな酷い提案をする私が怖くはない?」

「怖いですよ。だから逆らいません」


 大神家の当主に逆らうほど馬鹿じゃない。それに彼の思惑がどうあれ、三葉からすれば弘城は恩人だ。


「それと……怖い、の意味は違うんですけど。「神排(かみはい)」とかいう思想に傾倒した兄の方がずっと恐いです」


 正確には兄が連れていた彩愛彩愛(あやめ)というあの婚約者が恐い。

 ホテルで一度顔を見ただけなのに、思い出すと今でも背筋が冷たくなる。


「君は正直な子だね」


 優しく笑っていた弘城が急に真顔になる。


「その正直さに敬意を評して、羽立野家の秘密を教えよう。君なら真実を知っても耐えられるだろうからね」

「秘密?」

「君の両親を殺したのは、君の父親だと名乗っている男と、その妻だ」


 彼の言葉を理解するのに三葉は暫くの時間を要した。母は父の妾で、自分を身籠もったことが知られる前に羽立野家から逃げ出したのだ。


「意味が分かりません……だって、母は……父の妾で……」

「君の本当の父親は、羽立野家の本家の跡取りだった。しかし君の母上と恋に落ち、勘当を承知で駆け落ちをしたんだよ」


 呆然としている三葉に弘城が語った内容は信じられないものだった。


 三葉の実父は本家跡取りで、政略結婚の相手が決まっていたらしい。しかし母と恋に落ちた父は、三葉の母を結婚相手として認めてほしいと親族に掛け合った。

 だが平凡な家柄の母との結婚など認められるはずもなく、二人は引き離されそうになる。それを察した父は、勘当覚悟で実家を出た。


 そして逃げた先で生まれたのが三葉だという。


「君の父だと名乗っているのは、父の弟で、三葉さんの叔父に当たる人間だ。そして彼の妻……つまり継母は、親族が認めた神を奉る家の者ではない。宴席で気に入った芸者に偽の経歴を作って、妻にしたんだ」

「そんな話、母から聞いてません!」

「だろうね。君のお母さんは、本家の跡目争いに三葉さんが巻き込まれることを恐れたからだろう」


 しかし結局は見つかって、幼い三葉は実家に連れ戻された。


「でもどうして叔父さんは嘘なんか……」

「実子としておいた方が、君の叔父……ややこしいな、つまり剛蔵(ごうぞう)からすると都合が良かったんだろうね」


 弘城の言うとおり、実子ならば勝手に縁組みをして利となる相手に嫁がせる事ができる。


「事実君は、あんな酷い扱いをされても家から逃げられなかった。自立心を奪われ、諦めることを強制されていた」

「……それは楽だったからです」


 従順にしていれば衣食住は与えられた。

 これは自分の境遇を深く考えず、流されるまま生きてきた罰だとさえ思う。


「もう自分の気持ちに嘘をつかなくてもいい。羽立野家から逃げた君は、もう安全だ」


 ぽたりと、手の甲に水滴が落ちる。

 瞬きした三葉は、それが自分の涙だと少し遅れて自覚した。


「離れの奥にあった土蔵に、女性がいただろう?」

「はい。数年前に亡くなりましたけど……」

「彼女は君の叔母だった方だ。今羽立野家を仕切っている男は、自分の妹さえ口を封じた」


 強い感染性の病を患った病人が隔離されているので決して近づくなと、三葉は女中から聞かされていた。そんな危険な病人なら三葉に世話をさせればいいのに、何故か近づくことは許されず「叔父」が自ら食事や薬を運んでいたと記憶している。




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