世間知らずの白髪の少女と古代魔法都市(ガラスの英雄)「最強の盾とガラスの心臓」
早川ケーナ
深緑の森を抜ける風が、ケーナの金色の髪を揺らした。紅玉のような瞳は、夕焼け空を映して妖しく輝き、黒いキャミソールドレスに白いフードのコートが、彼女の細身のシルエットを際立たせる。青いホットパンツと茶色いブーツは、異世界の風景には少し浮いているようにも見えたが、彼女の個性的な装いの一部だった。早川ケーナは、この世界では稀有な「物理攻撃無効」「魔法攻撃無効」の力を持つ存在として知られていた。 どんな攻撃も、彼女の肉体を傷つけることはできない。
しかし、その強靭な肉体とは裏腹に、彼女の精神は驚くほど繊細だった。
「また、来てしまったか」
ケーナは、森の奥深くにある小さな癒しの泉のほとりで、膝を抱えて呟いた。今日も、彼女の心は小さな棘に刺されていた。先日、村の子供に「お姉さんの服、ちょっと変わってるね」と 言われただけなのに、胸の奥がチクリと痛み、 生きる希望を失ってしまったのだ。
数日前には、宿屋の女将に「もう少し愛想よくしたらどうだい?」と軽い調子で注意された言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。女将に悪意などなかっただろう。 日常の他愛もないセリフのつもりだったのかもしれない。それでも、ケーナの心は薄いガラスのようにひび割れ、この静かな泉へと逃げてきたのだ。
その前には、道端で出会った旅人に「その赤い目は、何か特別な力を持っているのか?」と興味本位で尋ねられただけで、警戒されているのではないかという妄想に囚われ、夜も眠れなかった。もっと以前には、森の中で見つけた当たり前の花の名前を思い出せなかっただけで、自分の記憶力のなさに落胆し、数日間塞ぎ込んでしまった。
この世界の人々は、ケーナを「ガラスの英雄」と呼んだ。魔物の襲撃から村を救い、悪しき魔法使いの野望を1人で打ち砕いてきたその力は、伝説として語り継がれている。 どんな困難な状況でも、ケーナは傷一つ負うことなく、 簡単に解決してきた。
しかし、彼女の内面は常に不安に満ちていた。他者の些細な言葉、 ごくありふれた日常の出来事が、彼女の心の均衡を容易に崩す。無敵の力を持つがゆえに、その心の弱さを理解できる者はほとんどいない。強大な力を持つ英雄が、 そんなにも簡単に傷つき、 些細なことで苦悩しているなど、誰も想像だにしないのだから。
今日もまた、ケーナは泉の透明な水面を見つめ、 ため息をつく。肉体的な疲労など感じたことはない。彼女を常に苦しめているのは、心の継続的な痛みだった。
森の奥から、鳥の鳴き声が聞こえてくる。ケーナは立ち上がり、夕日が木々の間から差し込む風景を見上げた。この平和な異世界の風景は、彼女の不自由な心を落ち着かせることはない。
彼女は、ガラスでできた英雄だった。外面は強固で恐れ知らずなオーラを放つが、内面はわずかな刺激で簡単に砕け散ってしまうほど繊細である。その矛盾が、彼女の存在を常に重いものにしていた。それでも、ケーナは夕方の森の中を歩き出す。脆い心を抱えながら、彼女はこの異世界で生きていくしかないのだから。