轢かれて死んで来世は楽しむぞ!と思ったらただの狐だった。 ep.8
修行を開始してから、十数日が経った。
私の「風の刃」は、今や百発百中。それどころか、魔力の消費を極限まで抑えた「見えない暗器」として完成されつつあった。
日課のベリー補給を終え、私はふかふかの尻尾をパタパタさせながら、ふと考えた。
『……待てよ? 私、この数日間『いかに低燃費でこの森を生き抜くか』ばっかり考えて練習してきたけど……』
冷静になって、現状を整理してみる。
この森は魔力濃度が絶望的に薄い。だから回復が遅い。だから植物も動物も少なくて、生活環境としては「超ハードモード」だ。
『……だったら、ここに永住する理由、なくね!?』
これまでは生きるのに必死で、この樹洞周辺が世界のすべてだと思い込んでいた。
でも、よく考えれば…
『魔力濃度が薄いなら、濃い場所へ移動すればいいだけじゃん! ここでちまちま節約術を磨くより、フルチャージしてこのクソ寒い北極圏を脱出すれば、もっとイージーモードな楽園があるはず!』
なんという盲点。オタクがゲームの初期エリアでレベル上げに熱中しすぎて、メインクエストを進めるのを忘れていたような気分だ。
『よし、決めた! 脱出だ、脱出! こんな「魔力の不毛地帯」とはおさらばしてやる!』
そうと決まれば、方針転換だ。
これまでの「消費を抑える練習」から、一気に「外に出るための準備」へとシフトする。
まずは、魔力を限界まで溜めること。
この数日間で学んだ「大気から魔力を掠め取る呼吸法」をフル稼働させ、数日かけてじっくりと自分の魔力タンクをパンパンにする。
次に、この森を出るための「移動手段」。
ただ走るだけじゃ効率が悪い。風の魔法を応用して、自分の後ろから風を送り続ける「風力ブースト」とか、跳躍を補助する魔法とか……。
『……ふふん、楽しくなってきた! 目的が決まれば、オタクの行動力は光の速さだよ!』
・・・
「満タンまで、遠すぎない……?」
数日間、ひたすら「大気からの魔力摂取」に専念してみたものの、一向にタンクが満たされる気配がない。
もちろん、魔力濃度が低いのは分かっている。蛇口がチョロチョロなのも分かっている。けれど、それにしてもだ。
『……これ、もしかして「私の魔力タンク」が想像以上にデカすぎるんじゃ?』
バケツに水を溜めているつもりだったのに、実は巨大な競技用プールに水を注いでいたような絶望的な容量の差。
絶滅危惧種の白狐、そのポテンシャルは「節約術」を磨く前の時点で、すでに規格外だったらしい。
『……でも、量だけで言えば、もう十分なんじゃない?』
試しに、足元に意識を集中してみる。
イメージするのは、あの日、狼に放たれて死を覚悟したあの「質量」。
パキパキ、と空気が凍てつく。
数日前までは鼻血が出るほどの集中が必要だった氷の精製が、今は驚くほどあっさりと形になった。
『おぉ……。これなら「氷の槍」どころか、「氷の盾」でも「氷の散弾」でも、やりたい放題できそう』
タンク自体はまだ底の方に少し溜まっている程度。
それなのに、数日前の全魔力に匹敵する、あるいはそれ以上の力がすでに手元にあるのだ。
『これ、満タンってどんだけなんだろう』
満帆になるのを待っていたら、それこそ冬が終わってしまう。
まだ満タンには程遠いけれど、今の私には、この地獄の北極圏を突破するのに十分すぎるほどの魔力がある。
『よし! 満タンじゃないけど、もう行っちゃおう!』
私は最後にもう一度、命を繋いでくれた赤いベリーを一つ、名残惜しそうに口に含んだ。
キィィィンと冷えた空気が肺を通り、腹の底で静かに魔力が渦巻いているのを感じる。
(……準備完了。待ってろよ、まだ見ぬイージーモードな世界!)
私は樹洞を飛び出し、白銀の地平線を見据えた。
重たい「氷」を扱うための力も、それを精密に飛ばす「風」の技術も、この十数日でしっかり体に刻み込んである。
『さらば、私のスタート地点! 本格的に「脱出作戦」開始!!』
私は雪を力強く蹴り、白銀の世界へと一気に加速した。
・・・
『移動方法の説明をしよう!』
……なんて、誰に言っているのか自分でも謎だけど、この画期的な新戦法を誰かに自慢したくてたまらない。
イメージはこうだ。まず、進行方向の空中に薄く、膜を張るように魔力を展開する。次に、自分の体にその膜と「同じ極」の魔力を纏わせる。
(そう、磁石の**「N極とN極を近づけた時のあの反発力」**! あれを利用して、自分を後ろから弾き飛ばす感じ!)
本来なら、風の魔法で自分を後ろから押す「風力ブースト」の方が一般的(?)かもしれない。けれど、それだと空気を動かすエネルギーに無駄が出る。
でもこの「磁力式・魔力反発加速」なら、一度空中に魔力を固定してしまえば、あとは反発するだけで爆発的な推進力が得られるのだ。
『名付けて、「白狐式・リニアモーターダッシュ」!……いや、ダサいな。「反発加速」! うん、こっちの方がそれっぽい!』
イメージは完璧。
私は前足にぐっと力を込め、視界の先、地平線へと続く空間に薄く魔力を「設置」した。
『いくよ……せーのっ!!』
ドォォォォンッ!!
空気が爆ぜるような音と共に、私の体は文字通り「弾け飛んだ」。
景色が、一瞬で後ろへと流れ去る。
『うっひょぉぉぉぉぉぉ!? 速い、速すぎる!!』
足が地面に着いている感覚がほとんどない。雪原を走るというより、水切りの石のように表面を高速で跳ねている状態だ。
普通なら空気抵抗で目も開けられないはずだけど、そこは特訓した「風」の魔法で、自分の周りの気流を整えてバリアにしている。
(燃費もいい! 魔力を一気に放出するんじゃなくて、設置した魔力に「反発」するだけだから、思っていたよりずっと少ないエネルギーで距離が稼げる!)
十数日の特訓で鍛えた「精密なイメージ力」と、規格外の「魔力タンク」が合わさった結果、私は今、時速百キロを優計に超える速度で北極圏を爆走していた。




