轢かれて死んで来世は楽しむぞ!と思ったらただの狐だった。 ep.3
「グルルルル……ッ」
薄黒い狼と目が合った次の瞬間、私は察した。――こいつ、私を食う気だ。
狼が大きく口を開けたかと思うと、そこには鋭利な「氷の槍」が生成されていた。
(へ?)
一瞬、思考がフリーズする。
けれど、直後に世界が変貌した。まるでビデオの再生速度を極限まで落としたかのように、降りしきる雪が空中で止まり、氷の槍が亀のような鈍さでこちらへ向かってくる。
『……動ける? もしかしてこれ、某小説投稿サイトによくある「転生特典のチート能力」!?』
脳内に快楽物質が駆け巡る。時間が止まった世界で一人動けるなら、飛んできた槍を指でつまんで捨てることも、相手の背後に回って「あばよ」と囁くことも自由自在ではないか!
『人生勝ち組確定! ありがとう神様! ……あ、そういえば私、狐だった』
あんなことやこんなことをする指もなければ、決め台詞を吐く声帯もない。けれど、今の私なら余裕だ。
『狼さん、私を覚醒させてくれてありがとう。じゃあ、死んでね。ガプッ!』
ブヂッ、と狼の喉を噛みちぎり、私はこの世界最強の狐として君臨するのであった――。
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……なんて、わけもなく。
『……あほだ。私、何この期に及んでクソみたいな妄想してんの!?』
現実は非情だ。時間は一秒たりとも遅くなっていない。
迫りくる氷の槍は、瞬きする間に私の眉間を貫こうとしていた。
(あ、死ぬ。私の第二の狐生、十数分で完結――)
『――ッ!!』
ドォォン!!
衝撃が背後で炸裂した。
死んだ、と思った。けれど、私の体は宙を舞っていた。
本能だ。理性が「死」を受け入れた瞬間、野生の肉体が勝手に跳躍し、間一髪でその場を離脱していたのだ。
さっきまで私がいた場所には、太い氷の槍が深く、深く突き刺さっていた。
『よけ……た? 逃げなきゃ、今すぐ……っ!』
着地した足先に、硬い感触が当たった。
そこには、あの男性が遺した「短刀」が落ちていた。
一か八かだ。私はなりふり構わず、その柄を口で銜えた。
『狐より狼の方が足が速いんだよぉぉ! 逃げ切れないなら、やるしかない!』
「ヒュンッ!」
正面から二の矢が飛んでくる。
『避けれる……っ、あぶな!?』
シュッ!
かっこよく避けるつもりが、耳の毛を掠めるほどのスレスレ。
(普通にハズいし、普通に死ぬほど怖い!)
足を止めたら狙い撃ちされる。私は雪原を縦横無尽に駆け回った。
翻弄される狼の顔が、怒りで歪んでいくのがわかる。
けれど、あいつは一向に距離を詰めてこない。まるでこちらの出方を観察するように、氷の槍だけを飛ばしてくる。
『あっぶな! 動きを完全に先読みして……っ!』
魔力切れを狙って撃たせていたが、相手の精度がどんどん上がっている。
もしあいつの魔力が底なしだったら、先にバテるのは私だ。
『……攻めるしかない!』
観察した限り、槍を撃った直後には数秒の隙がある。
そこを突いて一気に懐に潜り込む!
「ヒュンッ!」
『来た!!』
相手の予測射線をあえて作り、発射の瞬間に急カーブ。
狼の目が驚愕に見開かれる。一気に接近し、銜えた短刀を叩き込もうとした、その時だった。
パキパキパキッ!
『……うぇ?』
一発じゃない。狼の周囲に、一度に十本もの氷の槍が展開された。
『避け――』
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
『うわぁぁぁぁぁぁ!!』
降り注ぐ氷の弾丸。
視界が雪煙で真っ白に染まり、轟音が耳を劈く。
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『……っ、あ、危なかった……っ』
心臓が口から飛び出しそうだった。
最後の一本は、左右の耳の間を通り抜けていった。文字通り、毛一枚の差。
(氷だけに、肝が冷えたなんちゃって……なんて言ってる余裕ない!)
巻き上がった雪煙が、カーテンのように周囲を遮る。
静寂。
視界が晴れていく中、私は短刀を銜え直して身構えた。
(……狼は? どこにいった……?)




