轢かれて死んで来世は楽しむぞ!と思ったらただの狐だった。 ep.12
「ふさふさ密入国」、開始数分で完全終了。
世の中そんなに甘くはなかった。あざとい首傾げで子供を落としたまでは完璧だったけれど、門番の「職務遂行能力」を甘く見すぎていたらしい。
「おっ、坊主、そのカゴに何が入って……うおっ!? 白いキツネじゃねえか!」
ベテラン門番の鋭い目が、野菜の隙間にいた私を正確に射抜いた。
『ギクッ……!!』
「おとーさん、これ、迷子のおきつねさんなの! 捨てちゃダメ!」
「ダメだ、バカ。獣を街に入れるには検疫やら何やら面倒なんだ。おまけにこんな白狐、どっかの貴族の逃げ出し物だったら後が怖え」
門番は、逃げようとする私を「ひょいっ」と首根っこで掴み上げた。
『あ、あわわわ……! 魔法、魔法で吹き飛ばす!? いや、でもここで暴れたら指名手配(?)の魔獣扱いになっちゃう!』
抵抗して氷の槍でも出せば、この優しい親子まで巻き添えにしてしまう。私は咄嗟に判断した。ここは……借りてきた猫(狐)になるしかない。
『くぅ〜ん……(無抵抗ですよ、ただの無害なモフモフですよ)』
「ほう、随分と大人しいな。……まあ、悪いがルールだ。外で達者に暮らせよ」
私は門番の太い腕に抱えられたまま、堂々と門の外へと運ばれていった。せっかく苦労して辿り着いた巨大な壁。その堅牢な門のすぐ外側にある、何もない草むらへと私は優しく(けれど断固として)「ぽいっ」と放り出された。
――バタン!
大きな音を立てて閉まる勝手口。
『……閉められた。追い出された。私の密入国作戦、秒で詰んだ……』
一時間前まで時速百キロオーバーで爆走していた伝説の白狐が、今は門の外で一匹、寂しく地面を見つめている。すると、壁の上の方にある小さな覗き窓から、さっきの子供がひょっこり顔を出した。
「おきつねさーん! またねー! これ、あげるから元気でねー!」
ポイッと投げられたのは、さっきのドライフルーツの残り。
それは私の鼻先にポスッ、と当たって雪の上に落ちた。
『………………。……うん、いい子だったな、あの子』
私はドライフルーツをサリサリと噛み締めながら、改めて巨大な壁を見上げた。
(正面突破がダメなら……そうだよ、私には特訓した魔法があるじゃん。磁石の反発で飛べるなら、この壁くらい垂直に駆け上がれるんじゃない?)
失敗は成功の母。そしてオタクは、一度のバッドエンドでデータ消去したりはしないのだ。
『よーし……見てろよ門番さん。次は空から失礼してやるんだから!』
壁の垂直面に足を踏み出そうとして、私は自分の愚かさに頭を抱えた。
『さっきヘルプウィンドウが言ってたじゃん! 魔導障壁とか飛行型魔獣の侵入防止とか。バカ、私のバカ! オタクのくせにヘルプの読み込みが甘いんだよ!』
試しに魔法の風を壁の上にとばしてみると、見えない空気の層に触れた瞬間、パチィィン! と青白い火花が散って、風は四散した。
『……あぶなっ! 今の勢いで突っ込んでたら、私、今頃狐の開きになってたよ……』
あんな高出力の対空バリア、今の私が反発加速で突っ込んだところで、ただの激突事故で終わるのが関の山だ。
『磁石の反発イメージで無理やり通り抜けようにも、あっちの方が魔力の出力が桁違いすぎる。……なるほどね。だからみんな、あんな面倒な検問を通って律儀に門から出入りしてるわけだ』
…いや普通に犯罪だからだろと自分で突っ込んだがむなしいだけだった。空もダメ、正面突破もダメ、積み荷に隠れるのも失敗。私は壁の麓で、ふかふかの尻尾を力なく地面に垂らした。
『……でも待てよ? 逆に考えろ。空中にバリアがあるってことは、逆に下はどうなってるの?』
この街は農業が盛んだ。なら、大規模な灌漑施設や水路があるはず。
それに、これだけ巨大な石造りの壁を支えるには、相当深い基礎が打たれているはずだけど……排水口や古くなった地下道の一つくらい、ないほうがおかしい。
『……ヘルパーさん、この壁の下ってどうなってる? 物理的な隙間とか、バリアの死角とか、あったりしない?』
【リバティ・バリア(構造上の特徴)】
地上および上空は強固な魔導障壁で保護されているが、生活排水および農業用水の排出路には、物理的な「格子」のみが設置されている。
※ただし、水路内は非常に不衛生であり、小型の害獣(下水ネズミ等)が生息している可能性が高い。
『……いや、やめやめ! 下水はナシ! いくらなんでも白銀の美狐がドブネズミと追いかけっこなんて、絵面的にNGすぎるでしょ!』
私は水路の入り口で足を止め、激しく首を振った。
うーむ。この世界は魔力とイメージの世界。そして、この街にはケモミミの人たちがたくさんいる。
『だったら、私が狐から人の形をした何かになっちゃえば、堂々と門をくぐれるんじゃない?よし……やってみる。属性に縛られない自由な発想。なら、自分の肉体の形だってイメージ一つで変えられるはず!』
骨格を組み替え、筋肉を伸ばし、毛並みを肌に変える……。でも耳と尻尾はそのままの方が魔力の節約になるね。体内の巨大な魔力タンクから、これまでにないほど緻密な魔力の流れを全身に巡らせる。
――じわっ、と全身が熱くなる。
視界がぐんぐんと高くなっていく。四つ足で地面を掴んでいた感覚が消え、代わりに二本の足で直立する不安定な、けれど懐かしい感覚が戻ってきた。
「……っ、はぁ、はぁ……。できた、かな?」
恐るおそる自分の手を見る。
そこには、白い毛皮ではなく、透き通るような白い肌の指があった。
水たまりに映る自分を覗き込む。
『おぉ……! なにこれ、普通に美少女じゃん!』
そこにいたのは、腰まで届く白銀の髪に、頭頂部からひょこっと飛び出した真っ白な狐耳。そして、背後で揺れる太くてふかふかの尻尾。姿形は十代後半くらいの女の子だが、そのパーツ一つ一つに白狐としての神秘的な美しさが宿っている。しかも何かとは言わないがDくらいはあるだろう。前世は剣道部で運動していたからか成長しなくて1段階だったから結構うれしい。
(……ただ、これ、魔力の維持が結構キツいな。常に全身に魔力を張り巡らせて「固定」してる感じ。あと、これ一番の問題なんだけど……)
私は自分の体を見下ろして、顔を真っ赤にした。
「服が……服がない……!!」
そう、野生のキツネには服なんて必要なかった。けれど、今の私はどこからどう見ても全裸のケモミミ美少女である。幸い水路付近は木陰になっていて人もいなかった。
「このまま門に行ったら、密入国どころか公然わいせつで即刻投獄だよ! バカ、私のバカ! 変身のイメージに服を入れるのを忘れてた!」
私は、慌てて元の狐の姿に戻った。
『……ふぅ、一気にどっと疲れた。肉体を物理的に作り変えるって、想像以上に燃費が悪いわ』
今の私が中途半端に街に潜り込んで、人混みの真ん中でポンッと狐に戻ってしまったら、それこそ見世物小屋行きだ。
『急がば回れ、だね。まずはこの人の形を自分のものにしなきゃ』
私は再び緑豊かな森の奥へと引き返し、数日間の変身安定化キャンプを開始した。




