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第五話 転機

 勇気と結那が訪れた温泉は、不景気な今の時代でもひっそりと山奥で経営を続けている小さな宿だった。

 知る人ぞ知るといった感じで、紅葉や春になるとみられる野桜を楽しむ人で少しだけの賑わいを見せるが、普段から利用する人は少ない。


「よくこんなところを知ってるね?」

「うん、子供の頃じいちゃんたちに連れてきてもらったんだ」


 勇気がこの場所を選んだのは、単に人が多い所が苦手と言うこともあるが、せっかくなら結那と会話をしたいからだった。

 勇気には彼女が見えるのが当たり前になっているが、傍から見ると勇気が独り言を言っているように見えるのは間違いない。


「体調は大丈夫?」

「え…?具合が悪いって言ったかな…?」


「ん-、見てれば分かるというか…どこか様子がおかしかったから気になって」

「う、うん!体調は普通だよ?少しだけボーっとしてる時間があったかも?」


 勇気は自分の心配が、少しだけ行きすぎていたのかもしれないと考えなおし、宿へと入って受付へと向かう。

 予約自体は二人分で取っていた。建前上にはなってしまうが、勇気にとって結那は一人の人間として、そこに居るとさえ考えていたせいもあるだろう。


「多分、僕一人の利用になりますけど、全部二人分で用意してもらっていいですか?もちろん料金も二人分支払います」

「はい、かしこまりました」


 こういった類の対応には慣れているのだろうか、受付にいた女性は不思議そうな顔もせずに対応してくれた。


 そして案内されるままに用意された部屋へと進んでいく。


「綺麗なところだね」

「昔来た時よりも綺麗だと思うから、改装とかもしてるのかもね」


「景色もすごくきれい」

「そうだね、外からは想像も出来ないロケーションって感じ」


 まだ少しだけ違和感を覚える結那を見て、勇気の意識は目の前に広がっている綺麗な景色よりも、彼女が何を考えているのかという事でいっぱいになっている。


「お風呂入りたい」

「え、ああ、そうだね」


 勇気の考えすぎだったのか、結那は個室に用意されている露天風呂に入る準備を始める。


「僕は寛いでるから、ゆっくり浸かってね」

「…一緒に入らないの?」


「あぇ…?」


 勇気は想像すらしていなかったのか、結那の言葉に動揺を隠すことが出来ずに彼女のことを見つめる。


「もう1回入ってるし、一緒に入ろ?」

「あ、あの時は真っ暗だったし…」


「私は見えてたけど…」

「……」


 勇気は彼女の言葉に驚きつつも、見えていなかったのは自分だけという事実を飲み込んでいく。


「…?」


 勇気は不思議そうな表情を浮かべている結那を見て、一緒に風呂に入るのは普通のことなのかと疑問に感じながらも、彼女が幽霊だからか一緒に入ることを選んだ。


 ──。


「…ちょっとボーっとすることがあって…」

「うん、気付いてる」


 個室に付いているには広すぎると感じる温泉に浸かりながら、結那が自分の不調を告げる。

 勇気自身も気づいてはいるものの、自分の描いた小説の内容が原因だと考えていたので、直接話すこともできずにいた。


「昨日も眠れなくて…」

「そ、そうなの?」


「うん、別に疲れてるとかそんなのじゃないんだけど…」

「なるほど…」


 勇気が感じて違和感は正しかったみたいだ。

 だが、その原因と結那に何が起こっているのかを理解するには情報が少なすぎた。


「例えば、どんな病気とかに当てはまるみたいな症状はないかな?」

「うーん…」


「幽霊が病気になることもあるのか…?」

「わかんない…」


 勇気は自分の思考に集中している。

 結那が何か言いたげな表情で見つめていることなど気付きもしないのか、勇気は心配そうな表情を浮かべながら何かを考えている。


「だるいとか、倦怠感があるとかは?」

「えっ、ない…かな?」


 突然真っすぐな視線を向けられた結那が、動揺するのも無理はないだろう。


「体調自体はとても良いと思う…でも…」

「でも?」


 どこか歯切れの悪い結那を見つめながら、勇気は彼女の話に耳を傾ける。


「夢を見るの…」

「どんな?」


「えっと…」


 眠れないと言っていたのにも関わらず、夢を見るとはおかしなことを言うなと勇気は顔をしかめるが、まずは彼女の話を聞こうとする。

 言いづらいことなのか、結那は何かを考えるようにゆっくりと話し出す。


「勇気の小説を読んでからかな…。自分が消えるような夢を見るようになって、前みたいに寝れなくなって…昨日からその事ばかり考えちゃうの…」

「そうか…」


 勇気の考えていることが現実味を帯びていく。

 昨日の今日の話だが、自分の与えた影響で彼女が苦しんでいるのを見るのは勇気の本意ではない。

 どうやら、眠りについた時に彼女が言っているような夢を見て、目が覚めるということだろう。


「不安にさせちゃったのなら、ごめんね…」

「いや!そうじゃなくて…」


「…?」


 これまでの結那からは想像もできないくらいの大きな声に、勇気は少したじろいてしまいながらも彼女の言葉の意味を確認していく。


「よ、よくあるじゃん…?その、心残りが無くなったら成仏しちゃうって」

「ああー。幽霊とか霊的なものは後悔とかでこの世に縛られているっていうやつ?」


「そうそうっ!」

「それがどうかしたの?」


「私も、やりたいことばかりしてたら消えちゃうのかな?」

「どうだろうね…。結那のことはまだまだ分からないことばかりだし…」


「それに…」

「うん?」


 少しだけもじもじしているような様子の結那を勇気は真っすぐ見つめている。


「い、いや…えっと…」

「結那の過去の事とかが少しでも分かれば、体とか幽霊のことに進展はありそうだけどね」


 勇気は何かを言い辛そうにしている結那に、自分の考えと彼女の考えに感じているズレを一つにしておこうと考えて、そんなことを彼女に問いかける。


「そうだね。私も同じことを思ってた…。今、言おうと思ってたことは…ちゃんと自分の中で整理がついたら話すね?」

「うん。わかった」


 これまでの結那には見られなかった言動に、勇気は少しだけ驚いたものの、何かを決心したような清々しさを感じた。

 今の二人は入浴中だということが頭から抜け落ちていた勇気は、彼女の綺麗な腕が頭の上に大きく伸びているのを見て思わず視線を逸らす。


「お湯、ちょっと熱めだね…」

「そう?勇気のお家と変わらないと思うけど」


 ──。


 


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