第四話 ものがたり
「……はぁ…」
「描きあがったの…?」
「うん…一応ね…」
「読んでみてもいい?」
「…もちろん」
勇気は自分の描いた物語を、知り合っている人や身内に読んでもらったことが無く、結那が初めて知り合いの読者になった。
この話が書きあがった時の勇気は、自分の書く文章の拙さを理解させることになった。 それ自体は作品ごとの課題として受け入れることは出来る、それが成長だと考えているので問題ない。
「まさかこんなことになるなんて…」
勇気は自分の描いた小説に集中している結那を見つめながら、物語を書き進める中で気付き始めた自分の気持ちを整理していた。
自分の物語を読まれることよりも、自分の感情を結那に知られてしまうのではないかと心配するのは仕方のないことだろう。
物語を書き進める中で、結那の良い所も悪い所も見つけることが出来て、その観察力をもって彼女のことを沢山知ることが出来た。 勇気には、自分と一緒に居る時の結那がありのまま生きているような感じがして、自分の理想に近い女性なのではないかと感じていた。
描きあがった結那を主役にした物語は、悲しい終わりを迎えることになる。
勇気がこの物語を執筆している途中で気付いたことは、自分の創造する全ての物語がハッピーエンドである必要は無いということだ。
それよりも優先されるべきは、読んでいる人が楽しいと思えるかどうか、自分の思い描いている世界を表現できるかどうか、その人物の心情を文章として表現できるかどうか、だということ。
──。
それなりのボリュームのある作品になっている今回の物語は、結那が読み終わるまでに二時間ほど掛っただろうか…。
一般的な小説よりも短いが、今回の勇気の挑戦は大体達成されているので、文章量の問題は特に気にすることもなかった。
「ど、どうだった…?」
「うん…私が恋をしたら、きっとこんな感じなんだろうなって思った」
少しだけ気だるそうな様子で感想を告げる結那は、思い出せないと言っていた自分の過去を勇気の物語と重ねているのだろうか。
これまで一緒に居た間には見れなかった結那の表情に、勇気は感想を求めることよりも、彼女が望んでいたものとは違う物語になってしまったのではないかという不安に押しつぶされそうになる。
「……」
「……」
結那が何を考えているのか…短い期間だが、彼女の観察を続けてきた勇気にもその心情を推し量ることは出来ずに、ただ彼女から言葉が発せられるまで静かな時間が過ぎていく。
「もしかしたら、私も消えてしまうのかな」
「え…?」
勇気の瞳をまっすぐに見つめ、悲しそうな表情で結那はそう告げる。
物語の中では、最後に結ばれることの無かった二人が別れるところで終わりになっている。 それを切り出すのは、結那をモデルにしているヒロインだった。
彼女のまっすぐな性格や真面目な行動から、結ばれることの無い二人の関係を終わらせるのは彼女なのだろうと、この終わりを迎えることになった。
今しがた結那の口からこぼれ出た言葉は、今の二人の関係と時間に重ねているのではないかと、勇気の胸を締め付けていく。
「それは、成仏するとか…そういう話…?」
「…うん……」
勇気の問いかけは、結那の望んでいるものではないだろう。
勇気はこの苦しい空気を抜け出すために、自分の本音を隠した言葉を彼女に投げつける。
「少なくとも、出会ってからの二週間とちょっとの間には、変化らしい変化も無いと思うけど…」
「そうかな…?」
先ほどとは少しだけ違う悲しい表情を浮かべる結那に、勇気はこの物語を作ったのは間違いだったのではないかと思わされる。
「…悲しいけど、私は勇気の作ったこのお話…好きだよ……」
「…ありがとう」
わくわくとした気持ちで物語を描いていた勇気は、彼女の感想に思うところがあるみたいだ。
評価としては良い結果だと思うのだけれど、結那の欲しい物語では無かったみたいだ。
結果から見れば、彼女の恋は実ることが無い。 そのうえ、今の結那に事実を押し付けているのではないかと、勇気は自分のしていることに後悔する。
「結那は…、幽霊が消えることもなく、生きている人間と恋が出来ると思う…?」
その質問は、傷心中であろう結那には少々攻撃的だと思いながら、勇気は続ける。
「僕の想像だと、悲しい恋になってしまう結末なんだけど…」
「……うん…」
結那は返答に時間が掛かるものの、自分の気持ちをぽつぽつと告げていく。
「私はね、今の自分の感情が偽物だなんて思いたくない…。 でも、自分が生き返れないというのも分かってるから…少しだけ悲しいなって…」
「うん…」
勇気は彼女に悲しい想いをさせていることよりも、自分の描いた世界でこれだけ感情を動かしてくれる人がいるという事実に感動していた。
それと同時に、彼女が嬉しいと感じる物語を描いていれば、どういう結果になったのかと考えている。
「勇気…?これはどこかに応募したりするの?」
「ん…。今は考えていないけど、応募要項に合うものがあれば応募しようと思ってるよ」
「そっか…」
どことなく疲れた様子の結那は、そのまま眠るようにソファで寛いでいた。
──。
その晩、勇気は眠ることが出来なかった。
物語が完成したことで興奮していたのか、飲むには遅すぎたコーヒーのせいか、自分の物語を読んだ結那の表情が気になったのか…、どれも心当たりがあるけれど、勇気がその答えに気付くのは時間の問題だった。
「結那に後悔が無くなるように、やりたいことでも聞いてみるか…」
それは、今の勇気が彼女にしてあげられる贈り物だった。
物語を読み終わった結那が、自分が消えてしまうことに何かを考えているようだった。 その不安を少しでも取り除けたらいいなと考えた勇気は、結那のやりたいことを叶えてあげようと思った。
これまでの結那の行動から、彼女がしたいであろうことは大体想像がつく。読書や綺麗な景色、温泉や美味しい食事…勇気は思いつく限りの方法で、結那へ恩返しをしようと決めた。
──。
翌朝、勇気は新しい気持ちで結那のもとへ向かう。
「ねえ、結那…?」
「…」
リビングに居た結那は、虚ろな瞳で何も移されていないテレビを見つめていた。
「結那?」
「ん…?あ、勇気。おはよう」
「おはよう」
「…」
昨日のことを引きずっているのだろうか、いつもとは様子の違っている結那に勇気は困惑しているようだ。
「結那、君のやりたいことをしよう」
「え…?」
「昨晩考えたんだ。僕は結那の『したい』を叶えたい」
「したいこと…?」
「うん。結那のやりたいこととか、心残りを教えてくれない?」
「ん-…。よくわかんない…」
「読書。景色が綺麗なところ。温泉。美味しい食事。こんな感じじゃない?」
「え…。うん、どれもしたい好きなことかも?」
勇気の考えていたことは、どれも結那の望んでいるものだったらしい。
「よし、じゃあ温泉に行こう」
「今から…?」
「うん!きつい?」
「い、いや…行く…」
勇気はどことなく元気のない結那に違和感を覚えたものの、少し強引にこの家から連れ出すことにした。
──。
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