【お題短編】未確認少女【未確認飛行物体】
数年前に某所に投稿したお題執筆形式の短編です。
「ところで話は変わるのだけれど、貴方はUFOの存在を信じる?」
「本当にいきなり話変えてきたけど、僕は信じるつもりはないかな」
すっかり冷え込むようになった冬。学校からの帰り道は、家まで同じ道と言う事で僕と彼女はいつも一緒に歩いて帰っている。
僕達の家は、自転車通学も余裕で許可が降りるくらい遠かった。先に着くのは彼女の家だが、それでもゆうに30分以上は歩く。
だけど、僕達は徒歩で通学していた。
何故かと聞かれると、二人とも歩く事が好きだから。ただそれだけの理由だったとしか言えない。
もう一つくだらない理由があるにはあるが、本当にくだらないので多分未来永劫、誰にも話す事は無いだろう。
言えない。言える訳が無い。
彼女のその非常に唐突な、非常に難解な、非常に意味の無い発言に対して会話を交わすのが僕の唯一の趣味だなんて。
「ふーん、信じないんだ。そういう超常現象的なものに興味はありません的な?」
彼女は僕と歩幅をぴったり合わして歩きながら、こちらの顔を覗いてきた。
先程までたい焼きに粒餡は邪道か否かを熱く論議していたはずなのに、『ところで』の一言でUFOの話に変換してくる彼女の性格を、僕は未だに掴みきれないでいる。
どことなく希薄感のある彼女は浮いた存在となっており、登下校の誘いを持ちかけた時は一蹴されて終わりかと思ったが、意外にもあっさり承諾してくれた。
以来、彼女のネタの尽きる事の無い非生産的な話題に対し、徹底的な水掛け論を講じる事が僕の登下校の際の日課となっているのであった。
「興味はあるよ、かなりね。UFOみたいなSFチックな話は昔から好きだった」
「……? じゃあどうして信じないの?」
本当にわからないと言いたげに、彼女は首を捻る。
僕らの通学路は駅側の栄えた方ではなく、山側の何も無いあぜ道を通って帰っている。2月になろうかという時期の日は落ちるのが早く。辺りはすっかり暗闇に染まっていた。
申し訳程度に置かれている電灯を頼りに歩きながら、僕は彼女の問に問で返す。
「UFOって、どういう意味か知ってる?」
彼女は一瞬、何を聞かれたのかわからずにキョトンとして、すぐに思い出すように言葉を紡いだ。
「ええと……確か、Unidentified Flying Object。未確認飛行物体だったはず」
「そう、その通り。未確認飛行物体。僕はこの存在を信じる事は出来ない」
電灯の明かりに白く煙る息を吐き、一拍置いて僕は言った。
「だって、僕はこの目で一回も見た事が無い。つまり、確認した事が無いんだよ」
「……よく、解からないわ」
彼女にしては珍しく、先程の僕の発言からしばらく返答が無く、3分ほど歩いた後に返した言葉がそれだった。
まぁ、解かられても困る。そうしたらそこで会話が終了してしまうのだから。彼女の住居まではあと15分近くあるのだから。
「君は今まで、UFOをその目で見た事はあるかい?」
「無いわ」
「じゃあUFOという存在は、知識としてだけ知っている、と」
「そうね。でも見たと言う人は一杯いるし、写真や動画に写っている事もあるのでしょう?」
「そうだね。正直作りものだとは思えないのもいくつかある」
「それでも信じないの?」
彼女は本当に思った事をそのまま質問として聞いてくる。そこには一切の皮肉も、合切の感情も無い。
純粋な、知的好奇心。
「信じない。この目で見るまでは、ね。自らの証明が無い未確認の飛行物体を信じろなんて無理な相談さ」
「……そう」
道はいつの間にか軽い上り坂になっていた。ここを上り切ると彼女とのお別れの時間だ。
歩みを止めず、顔を傾けて彼女を見る。すると彼女はいつも通りの無表情ながらも、少し俯き加減で落ち込んでいるように見えた。
「……どうして悲しむの?」
僕は彼女のその様子を見て、ほぼ反射的にそう聞いた。口に出してから、変な事言ったかなと少し後悔する。
彼女は顔を落としたまま、若干か細くなった声で聞き返してきた。
「じゃあ、私の事は、信じてくれる?」
今度は僕が言葉に詰まった。予想外の展開だ。
「貴方は、私の事を、見てくれている?」
彼女は質問を重ねる。先程の感情の無さとは裏腹に、期待と不安が入り混じった切ない声が耳に響く。
「貴方は自分が見るもの以外は信じない。貴方の視界には私が写っている。でも、『見える』と『見る』は、大きく違う……」
解かってる。僕は理解している。彼女が何を言いたいかを。そして、彼女が盛大に誤解している事を。
誤解は、正さなければならない。
「言わなかったっけ? 興味はある、って。」
「え?」
「UFO。凄く関心はあるんだよ? 暇があったら自分の部屋から夜空を覗くくらいには。探す努力を惜しんだつもりは無いんだけどな」
「……それって」
「事象には3段階ある。不確定を証明する興味、証明しそれを更に接する追求、証明しその後興味を無くす忘却だ」
「……」
「ただ僕の証明方法が自己確認だったというだけの話。そして僕は興味から忘却に移行した事は一度も無い。……ただ、興味のままで終わらした事は、たくさんある」
「わざと、証明しなかったって事?」
「怖かったんだ、忘却する事が。知らぬが仏って言うだろ? 興味のままで止めておくと、いつまででも楽しめる。忘却する気が無いものだけ追求すれば良いってね。……君も例外じゃない」
僕は歩みを止めずに上を見上げた。彼女もそれに続く。
頭上では雲一つ無い冬の夜空が広がり、無数の星々が煌いていた。
「あの中の一つが流れ、UFOだUFOだと騒いでも、僕は信じないだろうな」
「私を見る事が出来るのは、貴方だけ。……でも貴方はそれを証明しないのね」
「逃げだと自分でもわかっているんだけどね。でも、忘却して失敗するよりはずっと良いと思っているよ」
そう言って僕は彼女の方に顔を向け直し、柄にも無く優しく微笑んだ。これで肩でも抱ければ格好良かったのかもしれないが、僕にそんな技能は無い。
「だから、もうしばらく、僕の興味に付き合って欲しいんだ」
「……良いわ。貴方が私を証明し、追及してくれるまで……貴方の話相手になってあげる」
そう言って彼女も僕以上に優しく微笑むと、ゆっくりと僕から離れ、消えていった。
僕は彼女が消えた先を見渡す。
さして広くも無い、名前も知らない寺院。そこに併設されている墓地は、一切の音が無い静寂に包まれていた。
僕は墓地に向かって「また明日」と呟いて、自宅へと足を進める。
「UFO。未確認飛行物体、か。散歩が好きな幽霊は何て言えばいいのかなぁ」
明日はこの話題にしてみよう。そう思い白い息を一つ吐くと、僕は歩く速度を少し速めた。