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はるまのディストピア(4/5)


「——その髪、とても綺麗ね」


 泣き声の四重奏だった時間が嘘のような静寂が訪れたころ、那月が悠真の隣に腰掛けてそういった。


 どんな魔法を使っているのか、彼女が抱っこをして歌を歌っていると、子供達はなぜか上機嫌になった。ミルクを与えられて満腹になったせいかもしれないが、三人はもう眠ってしまっているし、一人は目を開けて静かに窓の外を眺めている。ここにいたのが悠真だけであれば、二度と訪れなかっただろう平和な時間だ。


「彰良には似合わないって言われたんだけど」

「そんなことないわ。とっても似合ってる。触っていい?」


 彼女はそう聞いたのだが、悠真が答える前に髪に触れていた。那月の指が悠真の髪先に触れてから、頭を撫でるように動く。そっと触れるその感触に、悠真はどんな顔をしていれば良いのか分からず、とにかく口を開いた。


「最初は赤毛にしたんだ」

「悠真には似合わなかったでしょう?」

「よく分かるな。頭が花になったみたいだった」


 そう言うと彼女は楽しそうに笑った。すぐ近くでこちらを見上げる顔に、どきりとした。すぐ触れられるところに彼女の唇がある。


 ——彼女はあの時のキスのことをどう思っているのだろう。


 嬉しかったのか迷惑だったのか困っていたのか、それともそのどれでもないのか。そもそも悠真のキスを本気のものだと思っただろうか、それともいつものスキンシップの延長くらいで捉えられてしまっただろうか。あのあとすぐに彰良が合流したのだが、那月はいつも通りに振る舞っていたし、二人きりではなかったせいか、特に何も言ってこなかった。


 彰良は昔から那月のことを好きだと主張していたし、那月は彰良のことも悠真のこともどちらも好きよと言っていた。だから悠真も、那月のことも彰良のことも二人とも好きだよなんて返していたのだし、冗談めかして頬や髪にキスをしたりすることくらいはあったのだ。男女もなかった幼い頃からずっと一緒にいるから、那月も自然な様子で悠真をぎゅっと抱きしめてくるし、悠真も同じように抱き返すことができる。


 そんな彼女をいつから異性として見ているのかは分からない。


 悠真も那月のことが好きだったが、だからと言って彰良に対抗するようにそれを主張することはできないでいる。彰良のことは尊敬しているし、親友だと思っている。裏切るようなことはできない——と思っているのだが、本当のところで言えば、単に彰良に勝てるわけがないと考えているだけかもしれない。


 那月のことが好きだなんて言って、彼女にふられたくはないし、彰良に嫌われたくもない。いずれ二人が悠真を置いて出て行ってしまう、なんて想像をすると本当に嫌な気分になるのだが、だからと言って自分から率先して三人の関係を壊すようなことをしたくはなかった。


 それならばなぜキスなんかしたのだろう、と思うのだが、困っている悠真をわざわざ助けに来てくれて、そばで無防備に頭を撫でてくる那月を見ていると、むしろ彼女の唇に触れずにいられる男がいるのだろうか、なんて思ってしまった。今この瞬間も、そんな願望と闘っているのだ。


「この髪を似合ってるなんて言ってくれるのは、なつだけだよ」

「先生に怒られちゃった?」

「怒られてはないけどね。先生には盛大に嫌味を言われたし、寮長さんにもお母さんにもすごく嫌な顔はされたかな」


 髪を染めるななどという規則はない以上、怒れる理由はないのだろう。だが、事件を起こして懲罰室に入れられて、その謹慎明けにわざわざ髪の色をきらきらに脱色してくるあたり、反省してないと思われるには違いない。


 だが、那月はなぜか、ふふと笑った。


「悠真が格好良いから、みんな嫉妬しちゃうのよ」


 そんなことを言われて悠真は、目を瞬かせる。


 那月の言葉を鵜呑みにするわけではないが、そもそも悠真は自分で似合うと思っているのだし、彼女に綺麗だと言ってもらえて、彼女に認めてもらえるのであれば、他の全員に似合わないと言われても構わない。


「それなら仕方ないな。嫌味くらいは甘んじて受けよう」


 そう言った悠真に那月は笑ってから、腕についている端末にちらりと視線を落とした。ゆっくりと立ち上がる彼女を見て、悠真は慌てて立ち上がった。


「ごめん、もうだいぶ時間が過ぎてるだろ」

「大丈夫大丈夫。いまから戻ってささっと準備すれば完璧だから。若いエネルギーをたくさん吸収したから、たぶんいつもの二倍速くらいで動けると思う」


 二倍速を表現しているのか、バタバタと手を動かして笑ってみせた彼女は、なんて可愛い生き物なんだろう。もともと二倍速の彼女がさらに二倍になれば鬼に金棒だろうが、きっとそれは悠真に気を使わせまいと言った言葉だ。元の持ち場に戻れば、誰かに怒られるのかもしれないが、彼女はそれを悠真に見せはしないだろう。


「ありがとう、助かった」


 悠真はそう言ってから、そっと彼女の頬に口付ける。


 また困った顔をされたらどうしようと少し怖かったのだが、那月は驚いた顔も困った顔もせずに、いつものようににっこりと笑ってくれた。ドアを開けて小走りでかけていく彼女を見送ってから、悠真は彼女が触れていた髪に自分で触れる。


 なんとなく衝動的に染めただけで、似合わないとは思っていなかったが、別に気に入っていたわけでもない。飽きればいっそ短髪にしてもいいと思っていたのだが、那月が気に入ってくれたのならしばらくこのままでも良いかもしれない、と。


 そんなことを考えた自分に苦笑する。


 そもそも自分は周りに反発して、大人達に眉を顰められるために髪の色を変えたのだし、那月に格好いいと言ってもらいたくてこんな格好にしているのだ。それはその通りの反応ではあったし、満足ではある。が、確固たる自分を持っているように見える那月や彰良に比べて、周りの反応ばかりを気にしている自分は本当に何なのだろう。



 



 

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