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あきらの一歩(4/5)


 どれだけの沈黙を挟んだだろう。


 音を立てて夕食が届いた時には思考に疲れていたし、もとより食欲もない。黙ったままの悠真がいつ部屋から出ていくのだろうと思っていたから、悠真が立ち上がった時にはほっと息を吐いてしまったくらいだった。だが、彼は部屋を出ていくのではなく、配送ボックスに届けられた二人分の夕食を持って戻ってきた。


「相変わらずだな」


 そんなことを言われても意味が分からない。悠真を見上げていると、彼は食事トレーの一つを彰良に押し付けて、自分は机の上で食事を開いた。中から一口をすくって食べてから、悠真はミフユの腹を撫でるようにした。


「治せるかどうか、見てみてもいいか?」


 修理しようかということだろうか。表情や声は普段どおりの悠真で、怒っているようには見えない。そんな彼の言葉にしばし戸惑ったが、結局、彰良は自嘲するように笑ってみせた。


「……俺が叩きつけて壊したんだ。必要ない。なんなら持って帰ってくれ」

「俺のところには俺のミフユがいるからな」


 彼はそういうと、彰良の机の引き出しを勝手に開けた。いくつか開けてから、目当てのものを見つけたのか工具の入った箱を引っ張り出した。食事の手は完全に止めて、彼はミフユの腹を開いていく。


「本当に見たくもなくて壊したんなら、こんな目立つところに置いとかないだろうし、修理しようともしないだろ」


 そんな見透かすような言葉に、彰良はただ苦い気持ちになる。


 なんとか起動しないかとミフユをいじっていた痕跡でも残っているのだろうか。昔からこうした細かな作業は苦手で、彰良では中の部品を同じように戻せているか自信はない。そして、動かないミフユを机の上に置いていたのは事実で、どこかにしまう気になれなかったのだ。意味はないと知りながら、いつものように充電器がわりの台に座らせたままだった。


 慣れた様子で分解していく悠真を見ながら、ふと思い出したことがあり、声をかける。


「もしかしてミフユを治しに来たのか?」

「ん?」


 そんな生返事は手元の作業に集中しているためか。しばらく待ったが彼からの返答はない。


 前に悠真のミフユが壊れた時に、故障していることに気づかなかったから、通知を飛ばせるようにして欲しい、と言われたことを思い出したのだ。誰かのミフユが壊れたり通信が途絶えたりしたら、みんなの端末に通知が来るように設定していたはずだ。急に悠真が現れたのは、もしかしたらその通知を受けてミフユの様子を見に来たのだろうか。


 その証拠に、彼は自分のポケットから取り出した小さな機械に、ミフユから取り出した部品を置いて正常に動作しているかどうかを確認していた。工具はここで調達出来ると踏んでいたのだろうが、当然そんな専用の機械は彰良の部屋にはないし、さすがの悠真でも持ち歩いてるとは思えない。わざわざ準備して持ってきたのだとしたら、やはり始めからミフユを診にきたのだ。


 悠真は赤くエラー表示の出た部品を小さなピンセットでつまみながら、すまないな、と言った。


「いくつか部品の交換がいりそうだな。今日のところは動かせそうもない」


 いくら耐衝撃仕様に作ってあるとは言え、それはミフユを誤って床に落としても壊れない、という程度だろう。壁に叩きつけて部品が破損しないわけはないから、当然のことだという気はするし、そもそも頼んでもいないのだから、すまないもなにもない。


 彼は一通りの部品をチェックにかけると、それらを綺麗にミフユの中に戻していった。鮮やかな手つきに、思わずまじまじと見つめてしまっていると、悠真はちらりと視線を上げてくる。


「別に食事をしてもらってていい。俺ももうすぐ終わって食べるから」


 全く腹は空いていなかったが、促されて仕方なく小さな一口を口に押し込んだ。残せば残したで医師や船長に注意される。特に朝食と昼食はサプリだけを飲んで過ごしていることが多いから、夕飯だけは絶対に食べろと言われているのだ。

 

 ようやく何口分かを飲み込んだ頃に、悠真は手を止めて大きく伸びをした。ミフユの周りに散乱していた部品はなくなっていたから、全て腹に収まったのだろう。作業を始めてから三十分ほどしか経っていない。肩を回すようにしてから、一口しか口をつけていない食事に戻った悠真を見て、彰良は改めて問う。


「……何か俺に用があるのか? それとも、本当にわざわざミフユの修理のために来たのか?」


 別に、と彼は食べ物を口に入れたまま言った。


「とりあえずは、本当にご飯のついでにミフユの様子を見に来ただけだよ。どっかに仕舞い込んでるようなら、手を出す気はなかったし」


 だから彼は最初から机に座ったのだろう。そこはミフユの定位置で、彰良がどこかにしまっていない限りはそこでミフユの状態を確認できる。


 だが、当然のように飯のついでと言われても、昔とは違う。彼とはもう、そういった関係ではないと彰良は思っていたのだ。


 彼もまた、あの時に彰良を許してくれた那月のように、彰良を許しに来たのだろうか。もしくは何も言わないまま昔の思い出話でもして、何事もなかったことにしようとしているのだろうか。


 悠真は人との距離が近く、優しくて誰とでも仲良くなれる。が、優しいからこそ本心は言わないし、人が傷つくようなことも言わない。人によっては思いやりと呼ぶだろうそれを、上辺だけの薄っぺらい会話と思ってしまう彰良は、子供なのだろうと自覚はしている。


 だが、彰良が那月にしたことをどう思っているかも言わず、彰良がミフユを壁に叩きつけたことを責めるわけでも、ずっと二人を傷つけている彰良を責めるわけでもない。ただ痩せている彰良を心配し、頼まれたわけでもないミフユを何も言わずに修理しようとする悠真のことを、彰良は全く理解ができなかった。


「急に来て迷惑だったか?」

「ああ」


 思ったままを口にした彰良に、悠真は怒らずにやはり笑った。何がおかしいのか分からない、と思っていると、彼は急に笑顔を消して真顔になった。


「悪いな。あきは俺のことを嫌いなのかもしれないし、二度と会いたくないのかもしれないが、俺はあきに会いたかったんだ」

「なんのために」

「会いたいに理由がいるのか? 俺はあきのこと好きだもん」


 そんなことを言われて彰良は顔を顰める。やはり中身のない言葉だと思ったからだが、彼は彰良の顔を見て困ったような顔をした。少し考えるようにして、言いにくそうに口にする。


「こないだの話だけど」


 聞きたかった話ではあるが、それでもどきりと心臓が跳ねる。


「あきがなつにしたことは許せないし、なつのことを考えたらどうして良いのか分からないけど……それでも俺はあきのことは嫌いになれない。ずっと一緒にいたあきに会えないのはやっぱり寂しいし、たまには会って話がしたかったんだ」


 それは彼の本心なのだろうか。許せないけど嫌いにはなれないけど会いたい。彼の気持ちなど全く分からないけれど、彰良にとっても悠真は生まれた時からずっと一緒にいる片割れのようなもので、彼に会えない喪失感だけはよく分かる。


「あきがもう俺の顔も見たくないなら単なる俺のわがままで、あきが俺たちを避ける本当の理由は俺の方に原因があるかもしれないけど。そうでなくとも、俺なんかがあきの時間を潰すのも申し訳ない気もするし、昔みたいに話が出来るかなんて分からないけど……でも悩んでても答えはわからないからな。どうせ会えないならこれ以上、嫌われようもないし、それでもっと嫌われたところで会えないのは今と変わらない。話ができるまで会いにくれば良いかと思って——」


 ゆっくりと言葉を重ねていた悠真を遮るように、彰良は何故か「おれは」と小さく口にしていた。


 悠真が口を閉じて彰良の話を促すような視線を向けてくるが、自分では全く口を開いたつもりもなく、それから何を言おうとしていたのかも分からない。口を開こうとしても、何を言って良いのか本当に分からないのだ。


 俺は悠真のことが嫌いなわけではない、と言おうとしたのだろうか。彼には何の落ち度もなく、ただ彰良のわがままで、悠真が悩むべきことは全くない。


 それとも、俺は悠真のことが嫌いなんだと言おうとしたのだろうか。そうすれば今度こそ彼は彰良の前に姿を見せなくなるだろう。二度と彼の顔を見ずに済むし、彼も二度と彰良などのことで悩むことはなくなるだろう。


 だがどちらの言葉も口には出せず、悠真の視線に耐えかねて彰良はただ首を振って下を向いた。しばらく彰良の言葉を待っていたようだが、沈黙だけが続くと、悠真はまた口を開いた。


「もしかしたら、ミフユが壊れて困ってるかなと思って。俺があきに出来ることはそれくらいしかないから。自分で壊したとは思わなかったけど」


 責めるような口調ではないが、悠真の言葉に彰良は胸が痛くなる。


「……ミフユのことはもういいよ。どうせ治ってもまた俺が壊すだけだ」

「まあ、それならたしかにミフユはちょっと可哀想だけど」


 ミフユはたかが機械で、実際に痛いはずもないのだが、それでも傷つけていることへの罪悪感はあるし、可哀想と言った悠真もミフユがただの機械だとは思っていないだろう。


「ミフユなら何回でも俺が治せるよ」


 彼はそう言ってから、何故か「なつは」と言った。


 ちらりと視線をあげると、悠真の方がこちらを見てはいなかった。先ほどの彰良と同じように視線を伏せている彼は、床を睨みつけるようにして言った。


「なつを傷つけることは出来ればしないで欲しいし、同じようにあきが自分を傷つけるようなこともしないで欲しいけど……。なつやあきは俺には治せないかもしれないけど、でも一緒にいて話を聞くくらいなら出来ると思うから」


 そんなことを真剣に話す悠真は、自分も彰良に傷つけられているとは思わないのだろうか。


 相変わらず優しい悠真に、彰良はどこか途方に暮れたような気持ちになる。そんな明るさとか優しさが一緒にいて苦しいのだと思う反面、やはりそんな彼だからこそずっと一緒にいられたのだ。




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