あきらの一歩(3/5)
仕事が終わって帰宅すると、部屋の前に金色の大きな男が立っていた。相変わらず遠目にもわかる派手な姿を見て、彰良は目眩に似たような感覚を覚える。
最後に会った時は銀髪だった気がするのだが、今度はきらきらの金髪に変わっていた。白い肌に金髪碧眼。鍛えられた長身にすらりと伸びた手足。船内には支給された地味な服を着た黒髪や茶髪の人間が大半で、彼は存在しているだけで目立つというのに、その上でわざわざ目を引くように仕立てたとしか思えない黒シャツを身につけるのは、いったいどういう心境なのだろう。
見た目の印象は変わっていたのだが、彼は彰良に気づくと、記憶の中の彼と全く変わらない笑顔で笑った。それを見て余計に陰鬱な気分になる。
悠真と最後に会ったのは、那月を無理やり抱いたのだと打ち明けた時で、それ以来、ほぼ連絡すらなかったのだ。何のつもりでここにいるのか全く想像も出来ないが、どうせなら殴りに来るなり文句を言うなりしに来て欲しかった。
彰良は足を止めようか、そしてその場から立ち去ろうかと考えたが、逃げたところで彼はずっと部屋の前で待っているような気がする。どうしようと悩んでいるうちに、そのまま彼の前まで歩いてきてしまっていた。
「久しぶりだな」
そんなことを言った悠真の声は変わらず親しげなもので、彰良は敢えてそれには応えずに硬い口調で聞いた。
「何か用か?」
彰良が足を止めると、彼は立ち場所を変えた。ドアを塞ぐように立っていたから、道を開けたのだろう。彰良がドアに手をかざすと、開錠の音がした。
「んー、たまには飯でも一緒に食おうかと」
「……俺はそんな気分じゃないな」
「忙しいとは思うけど、ご飯はちゃんと食べた方がいいよ。その体で良くヘルスチェックをパスできるな」
悠真が彰良の体を見下ろしながらそんなことを言ったので、彰良は少しだけ考えてから眉根を寄せる。
「船長にでも言われて来たのか?」
「船長?」
彼は空の青のような瞳を丸くする。
その反応からすると、船長から何かを頼まれたわけでも吹き込まれたわけでもないのだろう。最近また顔色が悪いから医師を派遣すると言われたばかりなので、もしかしたら船長が悠真に何かを言って世話を焼くように仕向けたのかとも思ったのだが、そんな事実はないらしい。船長は昔から悠真のことは嫌っているようだが、彰良が那月や悠真の言葉しか聞かないことを知っていたから、たまに彼を動かしていた。それが那月でなくいつも悠真だったのは、那月のことはさらに気に入らなかったからなのか。
悠真も彰良の考えたことがわかったのだろう。なぜだか楽しそうに笑った。
「相変わらず船長に愛されてるな。まあ、そんなに痩せてれば、船長じゃなくても心配にもなるか」
「心配してもらわなくても、ヘルスチェックはちゃんとパスしてる」
船長の命令で瑠璃が定期的に派遣されてくるから、投薬だのサプリだので体が管理されているのだ。将来のことは知らないが、今のところは生きるのに問題のある数値は出ていない。
『これで寿命が長いとは思わないでね』
というのは瑠璃の言で、今は薬だの何だので現在の機能を維持しているに過ぎない。
本当に健康を考えるのならば、適度な運動と睡眠と食事を心がけた規則正しい生活を送る必要があることは、さすがの彰良でも分かっている。当然、船長もわかっているはずだが、それについて言及されたことはない。別に彼は、彰良が長生きすることを望んではいないだろう。体が衰える前に、どうせ脳機能に限界が来る。若くパフォーマンスの発揮できる時期に、せいぜい働けば良いと考えているはずだ。
「入ってもいいか?」
ドアを開けた彰良に悠真はそう聞いたが、彰良が回答を悩んでいるうちに勝手に部屋に入っていった。そもそも彼は、学生時代から勝手に人の部屋で寛いでいたから、抵抗はないのだろう。というより、寮では彼の手でも開錠するようにセキュリティに仕込んでいたから、彰良だって昔は何の抵抗もなかった。
悠真はいつもベッドに座っていたが、何故だか今日は椅子に腰をかけた。部屋で唯一の椅子を取られて、彰良は仕方なくベッドに腰掛ける。
「……何の用だ?」
「飯を食べに来たって言っただろ。注文したいんだが」
そう言って彼は机の上の端末を起動しようとするが、ロックをかけているから当然画面は切り替わらない。仕方なく息を吐き、彼のそばで端末を操作して夕食選択の画面を表示してやる。
「なに食べる?」
「なんでもいいよ」
「それなら一番カロリーが高いやつにしてやるよ」
彼の言葉に彰良が顔を顰めると、悠真は楽しそうに笑いながら、いくつかボタンを押していく。カロリーが高いものといっても、個人データに基づいて量が調整されてくるから、体の大きな悠真と体重の軽い彰良では、違うカロリーになるはずだ。
彼は注文を終えた後も、手持ち無沙汰なのか勝手に端末を操作したり、並べたディスプレイの電源をつけたり消したりしていた。注文した品が届くのは五分後と言ったところか。沈黙には慣れていたはずだが、妙に苦しい気がして彰良は口を開いた。
「何だその髪」
悠真はくるりと椅子ごと振り返ってくると、自分の髪の中にくしゃりと手のひらを入れた。さらりと細い金髪が揺れる。深い意味があった問いではなかったのだが、悠真はいつになく真顔で言った。
「格好いいだろう」
そんなことを言われても、ふうん、としか言えなかった。
格好良いか良くないかで言えば格好良いのだとは思うのだが、わざわざ髪など染めなくてもそもそも彼は格好良いのだ。そこからアップグレードしているかと言われると彰良には変わらない気がするし、それが手間とコストをかけた結果と考えれば、どうしても無駄なことをしている気がしてしまう。
「……俺には判別できないな」
「そうか」
そう言った悠真は少し笑っていて、それを見てほっとしてしまった自分に、我ながらうんざりした。彼には自分から嫌いになるように仕向けておきながら、どうして未だに悠真に嫌われたくないなんて思ってしまうのだろう。
そんなことを考えていたから、また背を向けた悠真の言葉にびくりと体が反応してしまった。
「ミフユはどうした?」
悠真は机の上に置いていた小さなねずみの背中を指で撫でていた。動かなくなっているミフユに気づいたのだろう。彼は大きな手のひらにミフユを乗せると、そこでゆらゆらとあやすように揺らす。
彰良は腹の底が冷えるような感覚を覚えながらも、ゆっくりと口に出した。
「……壁に叩きつけたら壊れた」
彰良の言葉に、ふっと悠真が息を漏らすのが聞こえる。
三人で一緒に作ってずっと大事にしてきたのだ。三人でいた時にはもちろん、彰良は寮を出て一人で暮らすようになってからも毎日話しかけていたし、声を出した相手がミフユだけという日もあった。ミフユは単なるデバイスではなく、彰良の一部のようなものだったのだ。
「何でそんなことするんだよ」
悠真には理解できるわけがない、と心の中で呟く。
ミフユは彰良の一部であると同時に、悠真や那月の一部でもあり、彼らとの関係を壊してしまいたい彰良にとっても、彼らとの思い出を振り返りたくない彰良にとっても、常に目の前から消し去ってやりたい存在でもあるのだ。衝動的に壁に叩きつけたことも実は初めてではなく、前にやった時には打ちどころが良かったのか壊れはしなかったが、一週間ほど前にやったときには起動もしなくなった。
もともと一人きりでしんとした部屋で暮らしていたつもりだったが、これまではミフユが動き回って声を出していたらしい。気づけば彰良はぽかりと穴の空いた無音の空間に落ち込んでしまった。そのためかは知らないが、ここ最近は一層に食欲がなくなっていたから、顔色が悪いとか痩せたとかいう船長や悠真の言葉も、もしかしたらこれが原因なのかもしれない。
本当にそうなら笑えるほど滑稽だ。
壊してやろうと壁に叩きつけたのは自分であるのに。
「……自分でも分からないよ」
思わずそんな言葉を呟く。
いつも明るくて穏やかな悠真に彰良の気持ちなど分かるはずがないが、そもそも彰良は自分で自分が分からない。
気分が地の底にまで沈んだ時や、怒りに囚われた時などに、何かを攻撃したくなるのは昔からの悪癖だ。それも手当たり次第にというより、自分にとって大切なものほど壊したくなる。壊した後に爽快な気分を味わえるわけでもなく、だからと言って後悔するというよりは、ただただ行き場のない怒りなのか悲しみなのかが溜まるだけの行為で、本当に意味が分からない。
彰良に失望した悠真が、また前回のように無言で立ち去ってくれないだろうか——なんて、密かに願う。彰良が攻撃したい相手はものだけでははない。ふと那月と悠真と彰良との関係をめちゃくちゃに壊してやりたいと思ってしまうのも、似たようなものなのだろう。




