あきらの一歩(2/5)
意外に大きい、というのがいちばんの感想だった。
制御士とは違って基盤士は実際に精密な機器を扱うことも多いし、レックスはそんな精密部品を詰め合わせしてできたような機械だった。繊細で根気強い作業が必要となり、それでいて人工知能が一度は白旗を揚げた壮大な回路の破壊と創造に取り組んでいくには、やはり抜群の頭脳がいる。なんとなく小柄でひょろりとした人物を想像していたのだが、実際の蒼太は長身で大柄だった。
まるで悠真のようだ、と思ったから、生まれつき体の線が太いというわけでなく、鍛えているのかもしれない。背筋がぴんと伸びており、立っているだけでなんとなく強そうな雰囲気がある。短い黒髪やのっぺりとした顔や服装には特に目を引くところはなく、代わりに鈍い色の金属の輪がやはり目に付いた。
何色か形容しがたい金属のそれは、首に張り付くように装着されている。
外界を監視するためのカメラやセンサーなどが組み込まれているはずだが、それとわかるようなものは何も見えない。正面から見る限りはなんの突起も光も模様もなく、継ぎ目すらなかった。一度つけると死ぬまで取り外せないと言われているが、どういう仕組みなのだろう。なんとなく見ているだけで息苦しくなるような気がして、彰良はその金属から視線を剥がした。
部屋の中に入ってきた蒼太は、ちらりと視線だけで会議室の中を見回してから、立ち止まる。
「急に呼んですまないな。その辺で話を聞いておいてくれ」
はい、と想像よりも低い声がする。
すまないと船長は言ったし、別に命令するような口調でもないのだが、その辺と言ってもそこには床しかない。いったいどういう扱いなのだろう。自分で椅子を持ってこいということか、それとも立ったままで聞いていろということか。彰良であれば、座る席もないなら帰ると言うところだが、蒼太の方に戸惑っている様子はない。
彼は入り口近くの壁に背をつけると、ポケットから小型の端末を取り出して、そこに視線を落とす。
そこで聞くという意思表示なのだろう。あまりに慣れた様子に、もしかしたらいつもこうしているのだろうか、と彰良は密かに眉を寄せた。首輪はもともと他害行為を起こす可能性のある人間が、他の人間に近づくことができないように設計されている。人が一定距離内に近づくと、動きを止められる程度、もしくは意識を無くさせる程度の電圧がかかるようになっていたはずだ。下手に出歩いて人と接触するたびに気絶させられるのはたまらないだろうから、彼は基本的に部屋から出ることはできないだろう。首輪をしているからみんなの輪に加われない、というのはわかるが、それはそれで椅子くらいあってもいいのではないだろうか。
会議が始まっても、蒼太は端末に視線を落としたままだった。
たまに船長が名前を呼ぶと、彼は顔を上げ、そして求められた意見を述べる。少しゆっくりとした話し方なのは、頭の中で言葉を選んで組み立てているからなのだろうか。寡黙だと言われていたが、低い声は聞きやすいし、内容も明確で分かりやすい。話を聞いている限りでは、自身の才能や功績を武器に他を見下すような様子もないし、誰彼かまわず攻撃するような危険人物にも見えなかった。
なんとなく見てしまっていると、視線に気付いたのか蒼太が彰良を見た。
じっと真っ直ぐにこちらを見た黒の双眸は、彰良の容姿を確認しているようだった。一緒に仕事をしたことはあっても、お互いに姿を見るのは初めてのはずだ。この場で彰良も何度か船長とやりとりをしていたから、彼もこちらが彰良だと認識しているだろう。特別に友好的という視線ではないが、敵意がある感じでもない。彰良が目を逸らそうかと考えているうちに、彼は自然な様子で目を伏せた。端末に視線を戻したのを見て、彰良はふと思いついてメッセージを送ってみる。
彼のアドレス宛にメッセージを送った瞬間、蒼太の口元がわずかに綻んだ。
普段は他人に話しかけることなどなく、彼とこれまでやり取りしたのも業務的な連絡以外になかったから、自分でもどうしてそんなことをしたのかは分からないのだが、『立っていて疲れないのか』と送ったのだ。
蒼太の表情はすぐに真顔に戻り、それと同時に返信が来た。
『問題ない。ありがとう』
確かに彼は背に壁をつけながらも姿勢は良かったし、体幹も両足も全くぶれる気配はない。少しでも立ったり歩いたりするとすぐに座りたくなる彰良とは、そもそも人種が違うのだろう。
メッセージを閉じた時、アニマ、というキーワードが耳に飛び込んできた。
彰良がちらりと視線を上げると、声の主である船長以外は驚いたような顔をしているようだった。レックスの次はアニマの改修に手を出そうと発言したのだろうか。周囲を見まわしてから蒼太を見たが、彼は特に表情を変えていない。
アニマというのは基盤区の中枢にあるエネルギーの生成装置で、名前通りノアの生命のようなものだった。造船当初からほとんど手は入っていないはずだが、特に不具合などは出ておらず、今のところ老朽化も喫緊の問題になってはいない。
そこに手を入れるのなら、何かの修復ではなく機能強化なのだろう。
エネルギー不足は恒常的な問題で、資源については研究室が常に研究開発を行なっているし、制御区や基盤区では常にエネルギー効率の良いシステムや機器の開発を進めてきた。もちろん、本来であればアニマそのものの改善を考えるべき、ではある。アニマをアップグレードすることができれば、手っ取り早く抜本的な解決に繋がるのだが、誰もそこに手をつけなかったのはただただ壁が高かったということだろう。
アニマは船体維持の中核を担う大型の装置であり、かつ制御システムも複雑で、それらを扱うことの出来る基盤士と制御士はほとんどいない。また資源効率の面では研究室が何年もかけて算出するシミュレーション結果も必要となるため、研究室の協力も必須だ。
何をどこまで成すかにはよるが、下手をするとレックスにかかった十年よりも遥かに長い時間と人的コストがかかる。
「蒼太の感触は?」
「アニマ本体に手を入れるつもりなら、まずは現状を解析するために専用の人工知能の開発が必要だな。それを使ってある程度の解析を行わないことには、実現可能性は全く分からないとしか言えない」
水を向けられた蒼太がそう答えると、船長は即座に聞いた。
「蒼太がやってどれくらいかかる?」
「開発と解析を並行して実施したとして、一年かな」
「彰良がやったら?」
船長の問いかけは、引き続き蒼太にしているものかと思っていたが、船長の視線はいつの間にか彰良に向けられている。
「開発を?」
「解析をするのは蒼太だ」
彰良に対する質問かどうかを確認するために聞いたのだが、船長には別の意味に捉えられたらしい。言われずとも、解析は実際に修復をする蒼太がやる方が効率が良いに決まっているのだから、そちらに彰良が手を出す気はない。
「リクエスト次第だが、アニマの解析というだけならすぐにでも試作は作れる。あとは解析してもらいながら都度こっちで調整、といったところだろうな」
言いながら、すでに頭の中で流用元のシステムを検索し始める。
レックスの修復の時も、同じように人工知能の開発などでは支援をしていたから、蒼太が無謀なリクエストを出してこないことは分かっていた。もともと彼がやっても一年では出来ると言っているのだから、彼自身、知識も能力もあるのだ。時間さえあれば彼は一人でレックスを修復できただろうし、アニマすら一人で修復できてしまうのかもしれない。
彰良にそれがやれるだろうか——と考えると、なんとなく面白くはない。すぐにでも試作は作れると言ったのは、多少の対抗心が混ざっていたかもしれないが、実際、彰良も時間さえかければ一人でやれないことはないのだと思っている。機器を扱う部分はそれ専用のシステムを一から作り、研究開発についても一から頭に叩き込めばいい。
「ならやはりそちらは彰良に任せよう」
船長はそう軽く言って、蒼太もわずかに頷いた。
一人でそれをやらないのは当然ながら時間の無駄だからで、それぞれ得意な分野で得意なことをやらせた方がいいに決まっている。だからこそ船長はここに制御士と基盤士、研究員を集めているのだ。
「まずは蒼太と彰良。それから研究室からは誰でも良いが、いったん和志でも入れてみるか」
ここにいない和志の名前が出て、彰良は思わずどきりとした。
有望だから選ばれたのか、長期戦になることを見越して一番の若手を入れたのかは分からないが、何となく陰鬱な気持ちになる。和志自身はどうでも良いのだが、一つしか年の変わらない彼とやり取りをしていると、学生時代のことが——彰良の人生の大半を占めていた那月と悠真との時間が、浮上してしまうような気がしてしまったのだ。
二人のことを考えても心が揺れない程度には、一人の時間に慣れてしまった。だが、ふと二人と過ごした過去の時間を思い出してしまうと、今の自分が一点の光もない深淵にいるような気持ちになる時がある。
そこにあるのは孤独や絶望ではなく、絶えることのない飢餓のようなものだ。空腹を紛らわせるために目の前の水をひたすらに喉に流し込むのだが、飲んでも飲んでも満たされない。ならばいっそ渇いて死にたいと、三人で作ったミフユを壁に叩きつけ、自室にある端末を床に投げ落として再起不能にしたこともあるが、空腹に渇きが追加されただけで深淵の底は見えなかった。
きっと一生、彼らの存在が懐かしく温かな思い出になることはないのだろう。




