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あきらの一歩(1/5)

 

「少し待ってくれ。今日はもう一人呼んでるんだ」


 会議を始めようとした議長の言葉を遮って言った船長の言葉に、それぞれが驚いたような顔をするのが見えた。彰良はそれを眺めながら、密かに首を傾げて部屋を見回す。


 会議室に集まっているのは八名だった。

 三十名程は収容できそうな無駄に広い部屋の中央に、小ぢんまりと集まっている。部屋の中に他に空いている机や椅子はない。二名がけの机が四つ、それぞれ角を合わせるようにして真四角に並べられてあった。もう一人増えるのであれば当然、席が準備されているはずだと思うのだが、それが間に合わないほど急に決まったということだろうか。


「もうひとりとは? どこの」


 そう言ったのは基盤区長だった。


 どこの、というのはどこの所属の人間だ、ということだろう。


 一つの机には船長と居住区長、他の三つの机にはそれぞれ制御区、基盤区、研究室の人間が二人ずつ座っている。そもそもこの特別会議には船長、居住区長、制御士長、基盤士長、研究室長の五名が参加していたのだが、彰良が船長に連れて来られてきたのをきっかけに、制御区から彰良が参加することに対抗した基盤区が人を一名増やし、さらにそのバランスを取るためと言って研究室からも一名が増やされたという経緯がある。どこの人間か次第で、また基盤区の人間を増やす必要があるとでもいうつもりだろうか。


「どこ」


 船長はそう口にしたが、それが疑問形なのか確認や不満なのか、聞いている側からは分からなかった。


 そもそも船長は合理的な人間で、制御区と基盤区と研究室との対立などに全く興味はない。参加する人数のバランスなどどうでも良いし、参加するメンバもそれぞれの長でなく一番優秀な人間にすれば良いと公言しているのだ。とはいえ、対立して競い合うことも、それぞれ自身の職務にプライドを持つことも悪くないと言い、プライドの高い長たちに強く自身の考えを押し付けることはしない。それはそれで、うまく折り合っていくという彼の合理的な判断なのだろう。


 いつものように一本たりとも乱れの見えない髪に少しだけ触れて、船長は首を傾げる。


「所属という意味なら、基盤区か……居住区か。いや、それとも研究室かな」

「基盤区か居住区か研究室?」


 基盤区長が変な声を出す。


 研究室を兼務しているのは、稀にいないことはない。瑠璃だって居住区で医師をしながら研究室にも在籍していたはずだから、彼女の所属は居住区か研究室かになるのだろう。だが、それが三つになることは考えづらいし、制御区や基盤区の人間は本当に限られた数名だ。基盤区長が把握していない基盤士がいるはずもない。


「もしくは私の管轄だ」


 そんな船長の言葉に彰良はますます首を傾げたのだが、基盤区長は急に眉をしかめた。


 どういう表情なのだろうと思っていたら、蒼太か、と基盤区長ではない誰かが言った。それは彰良も十分に聞きなれた名前で、彰良も船長の言っている意味を理解する。


 蒼太というのは過去に犯罪を犯して船長と研究室の監視下に置かれた人間であり、かつ、基盤区内に設置されたレックスという大型機械を修理した人間だ。居住区の人間であるということは知らなかったが、そもそも制御区・基盤区・研究室に所属しない人間は全て居住区の人間である。彼は基盤士ではないはずだから、所属は居住区になるのかもしれない。


「どうして蒼太を?」


 そう言ったのは彰良の隣に座っている制御区長で、やはり基盤区長と似たような顔で眉根を寄せていた。あからさまに不機嫌な顔をしているのだが、それは蒼太が気に入らないのか、そうでないのかは分からない。彰良が入った時にも同じような顔をされた気もする。それも彰良個人が気に入らなかったのかもしれないし、そもそも船の中枢の会議に自分たち以外の人間が参加することが気にくわないのか。


 不機嫌そうな顔を隠さない長たちに、船長は一片の曇りもない瞳を向ける。


「逆に蒼太を抜いて何を話すんだ? どうせ何を進めるにせよ彼と彰良の頭はいる」

「寡黙な蒼太をここに呼んだところで、我々に有益な何かを発言するとは思えないが」


 そう言った基盤区長は、当然、蒼太を直接知っているのだろう。


 彰良は蒼太と仕事での絡みはあるのだが、実際に会ったことも話したこともない。必要最低限のやり取りをチャットでやっていただけだが、確かに無駄なやり取りを嫌いそうな印象はあった。そんなことを考えていると、なぜか基盤士長が彰良を見た。


「彰良がここにいて自ら口を開くのを見たこともない」


 勝手に人を巻き込まないでほしい。


 喧嘩腰にそんなことを言われたところで腹も立たないのだが、彼はどういう反応を期待しているのだろう。別に彰良はいたくてここにいるわけでもなく、話を振られた時にしか口を開く気もない。船長からは端末を持ち込んでもらって良いと言われているから、会議の内容もほとんど聞き流しているのだ。この会議室は居住区内にあって、制御区のネットワークには繋がらないのだが、自宅で使用している端末にアクセスすることはできるから暇つぶしはできる。


 それは彰良だけ特別だというわけでもなく、研究室から参加している二人も大抵は手元の端末を操作していた。仕事をしているのか、彰良のように暇つぶしをしているのかは知らないが、彼らは建設的な話題にしか参加してこない。会議の趣旨に反するくだらない会話は時間の無駄だ、というのが彼らのスタンスらしい。


 反応のない彰良を睨みつけるようにしてから、基盤士長は今度は船長の方に視線をやる。彰良をこんなところに連れてきているのは船長で、今度は船長を責めているつもりなのかもしれないが、船長こそそんな嫌味を気にする人間ではない。


「無駄な発言をして皆の時間を削るよりずっといいだろう。彰良と蒼太は私が発言を求めた時にだけ口を開けばいいのだし、それ以外は時間を無駄にしないように作業でもしながら状況を把握してもらえればいい」


 船長の言葉は純然たる本心だろうが、そこに嫌味や皮肉を含ませているのかは分からない。


 無駄な発言をする人間の筆頭である基盤士長は盛大な舌打ちをした。それを見て制御士長が笑ったが、彰良から見れば彼らはほとんど同じ人間だ。ほぼ同年代でどちらも若い時から優秀だったという二人は、どちらもプライドが高くいつも競い合っており、どちらも無駄な発言ばかりで、なんなら見た目すらほとんど変わらないように見える。


 そんなことを考えていると、小さく来場者を知らせるブザーが鳴り、彰良は視線を入り口に向けた。


 ほとんど他人に関心はない彰良だが、さすがに蒼太については多少の興味はあった。


 修復不可能だとされて半世紀も放置されていたレックスを、一人で再稼働させられるような天才。かつ、この船で唯一、生かされている重犯罪者でもある。子供の頃から優等生で問題など起こしたことはなかったという蒼太だが、彼は十八になる前に、当時の医師や研究員、それから船長に対する殺人未遂の罪で逮捕されているのだ。武器はなく素手で殴ったとされているから、それが傷害でなく殺人未遂とされたのは余程の殺意があったのか、余程の暴力だったのか。


 素行は悪くなかったというから、何かしらの事情なり精神疾患なりがあったのかもしれない。が、なんにせよここでは傷害や殺人は事情がどうであれ、死罪という決まりがある。通常なら形だけの審議を経てすぐに処刑されていたはずだ。


 にも関わらず、そうはならなかったのはやはり彼を殺すのが惜しかったからだろう。本来なら罪を下す立場であり、被害者でもあるはずの船長がほうぼうに訴えて命を救ったらしいから、超法規的な措置ということだ。


 自分を殺そうとした相手の命乞いをするというのは、よほど自身たちに後ろ暗い事情があるのかもしれないが、船長の場合は単に感情よりも利をとったというだけだと思っていた。殺してしまえばそこで終わりだが、生かしておけば犯罪者として一生、自身の監視下に置いてコントロールすることができる。レックスの修復についても、表向きには蒼太の名前は出ていないのだ。それが狙いかどうかは分からないが、船長の偉大な功績ということになっており、彼の船長としての発言権はますます高まっている。


 もしも彰良が同じことをしたとしても、船長は同じようにするのではないだろうか。首輪をつけられ生殺与奪を握られたまま、彼の望む世界を作り続けるのだろう、と。そんなことを考えてから、彰良はなんとなく自分の首に指を当てる。


 そこには当然、首輪などない。


 が、ならばなぜ彰良は寝る間も惜しんで、彼の望む世界を作り続けているのだろう。強制されているわけでもないし、自由が抑圧されているわけでもない。——ただ、命すら勝手に誕生させられるこの船に、そもそも自由などあるのだろうか。


 きっと彰良が自分で望んで叶えられる自由は、命を捨てるタイミングを選ぶ、というものだけで、それは蒼太とたいして変わりはしないのかもしれない。


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