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はるまの迷い込んだ先は(3/4)



 艶やかな黒髪を見下ろして、その髪に触れたい衝動にかられた。


 さらりと肩に流れる黒はとても自然で美しくて、悠真のニセモノの髪色とは全く違う。さらりと指に流れる髪は手触りが良くて、いつまででも触れていたくなるのだ。前は隣に座って別に下心もなく髪に指を絡ませられた気がするが、今はなにも考えずにそれは出来そうもない。


 そんなことを考えていると、黒くて綺麗な宝石のような丸い瞳に自分の顔が映っているのが見えた。吸いつくようなその視線に、地に足のついていないようなふわりとする気分と、いたたまれないような感情が混ざった。自分でもその正体を掴めないまま、ドアのノブに手をかける。


「おやすみ」


 うん、と那月が頷いた。


 そして彼女の口がおやすみという言葉を発するのを見てから、そっとその唇に口付ける。唇を軽く押し当てると、温かくてやわらかな感触に指先が震えた。もう慣れても良いはずなのに、未だに初めてキスをした時のような緊張がある。いや、初めての時の方がまだ、自然にそれをやれていたかもしれない。顔を離すと、少し潤んだようにも見える彼女の瞳が見えてどきりとした。自分はどんな顔をしているのだろう、なんて急に不安に思ってしまって、悠真はにっこりと笑った。


「おやすみ、なつ」


 子供のように彼女の頭を撫でると、那月もにっこりと笑った。



 何日かに一度、会う約束をして食堂で夕食をとる。そして那月の部屋に移動して、ユキやミユキと一緒に他愛のない会話をする。——帰るときにキスをする、ということだけがこれまでと違うところで、それは先日の誕生日から毎回欠かさずに行っていた。


 キス以上のことを望まないように、キスをするのは必ず帰る直前にしている。


 門限までには必ず自室に戻る必要があるから、いくら離れがたくなったとしても、部屋に戻らないという選択肢はない。二人きりで話をしているとその唇に触れたくなるのだし、さらりと流れる彼女の髪に指を絡めたくなるのだし、華奢な体を抱きしめたくなる。だがそれを出来ない自分もいて、それならばいっそキスをすることもやめてしまいたい気もするのだが、それはそれで出来ないでいる。


 ふと彼女の白い肌を想像してしまって、劣情にかられる。

 

 行動したところで、那月もそれを拒まないのではないか——と思ってはいるのだが。






「よく分からないけど」


 瑠璃はそう言って瞳をぱちりと瞬かせた。


 今日の彼女は黒いワンピースを着ていた。それは漆黒の髪と瞳、そして白い肌によく似合う。いつも白衣で診察室にいる、医師としての彼女しか見ていなかったので、先ほど待ち合わせた時には思わず目を見張ったし、純粋に綺麗な女性だと思った。決して派手な格好ではないが、漆黒の出で立ちは彼女のスタイルも合わせて目を惹いた。瑠璃の耳に並ぶピアスは、食堂の眩しい照明を受けてきらりと光る。


「なんで押し倒さないの? その子が前に言ってた、好きな女の子なんでしょ?」


 彼女は食事の手を止めて悠真の話を聞いてくれていたが、そう言ってから小さくちぎったパンを口に入れた。それを食べ終わるのを見てから、悠真は口を開く。


「そうしても良いと思う?」

「ダメな理由がありそうには聞こえなかったけど」


 そんな言葉に、悠真は敢えて声を出して笑った。


「そうだよね」


 悠真はずっと那月のことが好きだったのだ。

 そうしたことも考えていなかったわけではないし、もちろん望んでいないわけでもない。


 那月の方も悠真のことを好きだと思っていてくれるのは間違いない、と思っている。好きの種類は、恋人というよりも家族や兄弟なのかもしれないし、もしかしたら彰良の代わりなのかもしれないが、それでも彼女はいつも悠真の訪問を純粋に喜んでくれる。自分が誰かに必要とされている、というのはそれだけで本当に幸福なことで、幸運なことだ。


「——悠真くん、とっても素敵だと思うけど」


 少しだけ首を傾けながら言われた言葉に、悠真はどきりとする。何を言い返せば良いのかとっさに浮かばずに、自分の髪をつまんだ。


「この髪とか?」

「見た目もだけど、雰囲気とか性格もね。一緒にいて楽しいわ」

「ありがとう。瑠璃さんは優しいね」


 素敵な笑顔で言われた言葉に、悠真は笑顔を返す。

 急に悠真を褒めるような言葉をくれた瑠璃は、悠真の葛藤をどこまで分かっているのだろう。そんなことを考えていると、瑠璃が悠真の瞳を覗き込んできた。


「お世辞だと思っているでしょう?」

「んー、どうかな。とりあえず見た目は頑張ってフィクションの中の主人公っぽくしてるつもりなんだけど」


 どう、と顔の角度をつけて表情を見せると、瑠璃は楽しそうに笑った。


「そんなコンセプトがあったのね。そのために体も鍛えてるの?」

「え、わかる?」

「ええ。筋肉のラインが綺麗だもの。触ってもいい?」


 頷くと彼女の手が悠真の腕を掴む。布越しに感じる瑠璃の指先に緊張していると、彼女はそのまま悠真の胸の辺りに触れた。心臓の鼓動が彼女の手のひらに伝わっているのではないかと思って、妙に焦ってくる。悠真はことさらに軽い口調で言った。


「鍛えてもなかなか悪の組織と戦う機会はないんだけど」

「悪の組織どころか、彼女に因縁をつける不良すら出てこないものね」

「そこなんだよね。頭の良さでは誰にも勝てなくても、腕力だったら負けないと思うんだけど」


 悠真はそう言って、やはり笑う。


 だが物語の主人公はともかく、この船で腕力など何の意味もない。力仕事など機械に任せれば良いし、暴れる人間を取り押さえるのも意に沿わない人間を従わせるのも薬品を使用して簡単にやれるのだ。ここでは、機械や人工知能に出来ないことを行える技能や知能を育まなければ、生きている意味がないと言われて育つ。


 それでいくと悠真は完全に生きる価値のない人間であり、幼い頃から知能テストの結果に何度ため息をつかれたか分からない。


 特に一緒に生まれた彰良や那月は幼い頃からとても頭が良かったから、いつも悠真は比べられるか、いないものとして無視をされるかだったのだ。だからせめて体を鍛えたり、見た目だけでも格好をつけたりして、自分を主張していたのだが、それに意味があったとは自分でも思ってはいない。余計に馬鹿みたいだし、周りに呆れられていただけだろう。


 幼い頃は悠真のことを慕ってくれていた子供でも、少し大きく賢くなってくると、悠真に向ける視線が見下すものだったり憐憫だったりするものに変わることがある。それはとても傷つくことで、だがそれに傷ついていると思われたくなくて、悠真はいつも笑うようにしている。全く気にしていないふりをして、楽しそうにしていれば、自分も本当に気にならないような気がしてくる。


「格好良さも誰にも負けないんじゃない?」


 考え込んでいたからか、急に返された言葉の意味が一瞬わからなかった。悠真は瞬きをして瑠璃をみる。彼女は少し首を傾げて悠真を見ていた。


 医師と研究職を兼任するほどに優秀な彼女からすれば、悠真の存在など視界にも入らなくて当然だ。かけられた言葉も普通なら皮肉か、もしくは馬鹿にされていると捉えるところだが、声にそうした感じはない。


「顔も体もね。服を着てるのがもったいないくらい」


 そう言って悠真の体を見つめる彼女の視線には、お世辞だけでないものが見える気がして、悠真は素直に嬉しくなった。


 白衣を着ていた時から気づいていたが、瑠璃の腕や足には適度に筋肉がついていて、彼女も運動をすることが好きなのだろうと思っていた。船の中では健康維持の最低限度の運動のほかは時間の無駄だとする人間が多いので、密かに共感に似たものを抱いていたのだ。


 それは彼女の耳に光るピアスも同じで、仮想現実上で簡単に理想の姿になれるのに、わざわざコストをかけて身を飾る人間は少ない。そんな彼女に格好いいと言ってもらえたことが、素直に嬉しい。


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