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はるまの迷い込んだ先は(1/4)


 

 作業が終わってぼうっとしたら、大きなため息をつかれた。


 明らかにこちらに聞かせるためのものだろう。悠真は内心では飛びあがったのだが、努めて聞こえていないふりをして次の作業にとりかかった。すっと姿勢も正したいところではあったのだが、あからさまに背筋を伸ばすのも気まずい。少し手を動かした後にちらりと視線だけ向けると、先輩の整備士である満彦はこちらをみてはいなかった。


 視線を逸らされたのか、それとも最初から悠真のことなど見ていなかったのか。


 胡座をかいて背中を丸めて作業をする彼は、まさに職人といった雰囲気で、繊細で鮮やかな手仕事ぶりも含めて、悠真がここであと二十年ほど歳をとったところで満彦になれる気はしない。目指しているかと言われれば、別に目指しているわけでもないのだが、それならば悠真はいったい何を目指してここにいるのだろう。


 ただただぼうっと機器と向き合ったまま二十年も三十年も生きて、そして死んでいく。そんな未来しか思い浮かばなくて、陰鬱な気持ちになった。配属されたばかりの頃は怒られないように仕事をするのに必死だったのだが、さすがに一年も経てば仕事にも慣れる。怒られる頻度が減ったのは喜ばしいことだが、新鮮さや緊張感は減って、ただただ延々と作業を繰り返すことにも飽きてきた。


 ——特に、最近は忙しくもないから余計、そんなことを考えてしまうのだろう。


「随分と不良品のストックが減りましたね」


 満彦の手が止まったタイミングを見計らって、明るく声をかけてみる。


 日に何度かは雑談めいたことを言うように心がけている。あまりいい顔はされないが、それでも密室で二人きりでいるのに完全に会話が無くなって、業務連絡か叱責だけをされる関係になるというのも何やら恐ろしい。こうして話をしていれば、いずれは情でも移してもらって友人にでもなれるのではないかと、僅かばかりの期待を抱いているのだ。


 満彦の機嫌が良い時にはそれなりに会話も続くのだが、今日はそうではなかったらしい。彼は丸めていた首を伸ばすと、何故か怒りに満ちた顔で悠真を睨みつけた。


「仕事が減ってそんなに暇をしているのか?」

「とんでもない」


 首を振って、作業室の端に積まれている不具合品の山に視線をやる。


「まだまだ片付くには時間がかかるでしょうし……そうでなくてもチェックする機器の数は増えましたからね」

「そりゃお前の仕事が遅いからだろ。わざとやってんのか?」


 とんでもない、と悠真はやはり首を横に振る。


 わざとらしいほどに首を振ったのは、何やら虫のいどころが悪いらしい、と思ったからだ。タイミングが悪かっただろうか、とも思ったが、そもそも最近は満彦の機嫌が良かったことはない。話しかけたとしても、無視をされる日もあるのだ。


「作業が遅いのは単純に私の力不足ですね、すみません。無駄口は叩かず仕事します」


 ピンと背筋を伸ばして頭を下げる。


 心がこもった言葉に受け取られるとは思えないが、とりあえずさっさと会話を切り上げる方が得策だと考えたのだ。満彦も盛大にため息をつきながらも、彼の仕事に戻るだろう——と。そう考えていたのだが、彼の方はため息をつきながら、思いがけないことを言った。


「別に急いでもらわなくていい」

「は?」

「レックスの修復は船長の悲願だからな。この調子でいけば、急がずともいずれ俺たちの仕事は無くなるだろうよ」


 苦々しい口調で言われた言葉に、悠真は目を瞬かせる。


 レックスというのはノアの基盤区に設置された造船当初からある大型機器だ。機器の修理や修繕を行う機械で、もう五十年以上も前に壊れて使えなくなっていたのだが、最近になってようやく修理されたらしい。


 これまでは毎日毎日追いつかないほどの故障機器があり、子供達の手を借りても、優先度の低いものが積み上がっていくような状態だったのだが、レックスが稼働をし始めてからは徐々に余裕が出てきた。最終的なチェックは整備士である満彦や悠真がする必要があるが、それだけで元の場所に戻せる機械も多くなったのだ。


 悠真はどちらかと言えば仕事が減ってラッキーだと考えていたのだが、満彦の方はそうではなかったらしい。仕事が奪われると不安を感じているのだろうか、と悠真は少し首を傾げる。


「でも、レックスでは対処できないイレギュラーなものとか、複雑なものも多いですよね? 変わらず満彦さんの手は必要だと思いますけれど……」


 複雑すぎる機器や大きくてレックスに入りきれないようなもの、その場から動かすことのできないものなどは、基盤区にある機械で直すことはできない。レックスで対応した機器の最終的なチェックもどうせここで人の目を使って実施しているのだ。仕事は減るかもしれないが、整備士という仕事が無くなるなんてことは考えていなかった。


 そんな悠真の言葉を、満彦は鼻で笑うようにしていった。


「どうかな。船長や研究室なんかの連中からすれば、俺達の手を借りるより、レックスの機能を強化するか、修復できない機器の方を改修するか、そっちのほうが効率的だ」


 思いがけない言葉だったが、思わずなるほどと呟いてしまった。


 悠真にはなかった発想ではあるが、船長の性格を考えるとあながち外れてもいない気がする。彼は機械や人工知能でやれることは全てそちらにやらせて、人間は全て彰良のような頭脳労働をすれば良いと思っているように見えるのだ。


整備士(おれら)なんて結局は、機械(レックス)が壊れてる間の代替機みたいなもんだからな」


 呟くような言葉に、最近の満彦の機嫌の悪さの原因はこれだったのか、と悠真は思う。


 淡々と仕事をしているように見える満彦だが、役割だから仕方なくと嫌々仕事をしているようには見えない。仕事が無くなるというよりも、自分の存在が必要とされなくなるということが不安なのだろうし、これまで彼が人生の大半をかけてやってきたことが、機械によって簡単な作業にされてしまうことは、プライドを砕かれるようなものなのかもしれない。


 プライドというのは、まだ一年ほどしかここにおらずろくな技術もない自分には分からない感情だが、不安の方はよく分かる。本当に整備士という仕事がなくなったとしたら、自分は次は何をするのだろう。船長は今後も人間の仕事を機械や人工知能に置き換えていくのだろうし、学生にでも手伝えるような簡単な仕事は、子供の手を借りれば良いのだ。


 大人になってしまった悠真にはそれなりの仕事が期待されるのだろうが、機械の代替機にはなれたとしても、彰良や那月の仕事なんて逆立ちしたって出来やしない。もしも本当に自分達の存在が不要になってしまったたとしたら、いったいどうすれば良いのだろう。


 そんなことを考え込んでいると、隣の部屋のドアが開いた。悠真、と声をかけられて振り返ると、海斗が立っていた。


「どうかしたか?」

「え?」


 暗い顔でもしていたのだろうか。顔を見るなりそう問いかけられて、悠真はなんとなく満彦をみた。彼は既に何事もなかったかのように作業にとりかかっていて、視線を戻すと修繕士をやっている海斗はこちらを気遣うような顔をする。悠真が満彦に叱責でもされて、落ち込んでいたところだとでも思われたのかもしれない。


 悠真は首を振ってから立ち上がると、笑顔でいった。


「なにかお手伝いですか?」


 歳の離れた満彦とは違い、海斗はさほど年も離れていないし、明るい人柄で話しやすい。とはいえ、何の用もなく入ってくることはないから、何か依頼があるのだろう。渡りに船とばかりに立ち上がった悠真に、海斗は笑った。


「悠真を借りてもいいですか? 外の作業を手伝ってもらいたくて」


 言ったのは悠真に対してではなく、黙々と作業をしている満彦にだった。満彦は顔も上げず、部屋から追い払うように手だけを振る。そんな仕草にも慣れてしまって苛立ちもしないが、海斗も慣れたものだ。特に気にした様子もなく、ありがとうございます、と軽く言った。


 部屋を出ていく海斗について、悠真は嬉々として重苦しい部屋を後にする。


「行ってきます」


 一応は声をかけてみたが、当然のように満彦は何の反応も見せなかった。



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