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あきらの迷い込んだ先は(3/4)


 色々と調査をしてみた結果、彰良の中では外部との通信は行われていないだろう——という結論には達していた。


 外部に救援信号を送る通信のログは吐かれているし、外部から何の信号も受信していない記録もある。だから毎日正常に動作していると判断されているのだし、監査が入ったところで何にも引っかかっていない。だが、結局のところ外部に送る記録を吐いた後に通信が遮断されているのだし、外部からの通信を受け付けていないのだから、信号を受信するログが出るわけがないのだ。そしてシステムが改ざんされた記録もなく、そもそも外部通信を守るためのセキュリティシステムに組み込まれているのだから、それが疑われるわけもない。


 ただ、該当のシステムが稼働しているのは百年も前からというわけではない。記録によればシステムが更新されたのは四十年ほど前で、これを構築した制御士は一名。名前も年齢も分かっているが、とうに死んでいる人間であるから話も聞けないし、人物の記録を見ても特にこれといった記載はない。ここにいる最年長の制御士長だって数十年も前の人間のことを知っているはずはない。その人物がどういうつもりでこのシステムを作ったのかは分からないが、それまでは通信は出来ていたのだろう。


 だが、それを知ったところで、彰良が取るべき道はよく分からなかった。


 それを制御士長や船長に報告すれば大騒ぎになるような気もするし、勝手に修正して彰良がシステムに改ざんを加えたと思われるのは面倒くさい。放置したところで今後、永久に誰にも気づかれないだろう。それで誰が困るのだろう、という気はする。百年以上も外部からの応答はなく、数十年も通信が遮断されていて、今からそれを再開したところで望みはあるのだろうか。


 皆は外部との通信が行われていると思っているのだし、どうせ通信が行われたところで何の情報も入ってこないことや、この生活が変わらないことも分かっている。その一方で、それでも通信が行われていなかった——という事実は何かしらの失望や絶望を与えるような気もする。全く希望を持っていないと思っている彰良でさえ、事実を知ってから、何となく気が落ちる。


 こんなこと、那月が知ったらどう思うだろうか。


 ふと考えてしまった思考を振り払うように、彰良はかぶりを振った。次いで、目の前にある顔に気づいて顔を顰める。


「近い」


 相変わらず距離の近い医師を睨みつけた。


 船長にどううまく根回しをしているのか、毎週のように診察と称して部屋までやって来る医師は、油断するとすぐに体が触れる距離まで近づいて来る。


「近いと——」

「なにが問題だって?」


 これまで何度も同じやり取りをして、まだ同じ台詞を吐くのか、とうんざりした気持ちになる。


「そのカルテに女性嫌いとでも接触嫌悪とでも頭がおかしいとでも書いておいてくれ。何でもいいから俺に必要以上に近づくな」


 なるべく強い口調で言ったつもりだが、彼女は楽しそうに笑った。


 寮にいた頃は、素で話すと周囲の子供達が怯えるなどと悠真に笑われて、なるべく柔らかい口調で話すようにと心がけていた気もするのだが、大人になってからは敢えて不機嫌さをアピールしたところで、軽く受け流されることばかりだ。会話をするのが船長や瑠璃、そうでなければ制御士の仲間くらいだから、寮にいた頃よりもずっと子供扱いされている気がする。


「そんなに私が気になるの? 近づいたら思わず手が出そうで困る?」


 そんなことを赤い唇で言われて、彰良は嫌な顔をする。


 どれだけ自己評価が高いんだと言ってやりたいところではあるが、半ば図星であるところが腹立たしい。毎週のようにやってくる彼女が鬱陶しいのはたしかだが、それでもだいぶ会話をすることに慣れてきたのだ。彼女自身がわかっている通り、彼女の外見が魅力的であることは間違いない。ふと、誘いに乗りそうな自分もいて、何なら彼女を抱くことに何の問題があるのだろうと考える自分もいて、頭が痛くなる。


 別に彰良としては、力の及ぶ範囲であれば彼女の望みを叶えてやって構わないのだ。望みが何かは知らないが、情報であればある程度は手に入るし、制御区外のシステムを書き換えることも容易い。自分がやったとばれれば多少の罰は受けるだろうが、それが何だと思うくらいには、彰良は大人ではない。


 那月や悠真の望みならなんでも叶える——と、かつてはそう思っていたのだが、実際には彼らのためにやったわけではなかったのだろう。彰良はきっとただただ何かに反抗したかったのだし、自分がこの小さな世界の中で都合の良い歯車になることが嫌だっただけだ。


 それを考えると、なにかしらの企みを持って彰良に近づいてくる女性に、それなりに興味は湧いている。船や船長の意思に従う優等生にしか見えていなかった彼女だが、送信元を偽造した不正なメッセージを送ってきたことから考えても、型にはまった品行方正な人間なわけがない。瑠璃に協力するのも面白そうだと思う自分もいるのだ。


 どうせ時間を持て余しているし、現在進行形で罰をうけているところでもある。やりたいことも失うものも何もなければ、怖いものなどなにもない。


「なにを考えているか分からない人間に近づく気になれないだけだよ」

「そんな人間に成分もわからない薬は投与されてもいいくせに?」

「別にそれが毒薬だと言われたところで、望むところだよ」


 そう言って腕を出すと、彼女は呆れたような顔をする。


「希死念慮? ま、この船では珍しくはないけれどね」


 瑠璃は彰良の腕に注射を差し込む。特に痛みもないのだが、前回投与された時には数日間は食欲が全くわかず眠れなくなった。だが今回もその程度であれば、特に問題はないと思っている。もとより食欲も睡眠欲もあってないようなものだ。


 成分のわからない薬、と彼女は言ったが、瑠璃は成分や副作用を説明してくれたはずだ。彰良がろくに話を聞いていないことを分かっているのだろう。彰良としては自分の筋肉量が規定値に入り、毎朝走らされるという罰が免除になるのであれば、成分や副作用などどうでも良い。


「言っておくけれど、安楽死のために楽に死ねる薬を出すほど、私は優しくないわよ。じわじわ苦しめて弱らせて経過を観察するんだから」

「……あなたの嗜虐趣味に興味はないが、あなたにだけは自殺幇助をお願いしないように気をつけるよ」

「そうしてくれる? 彰良くんが死んだら困る人間がたくさんいるもの。船長とか制御士長とか私とかね」


 そんな言葉に、彰良は短く笑う。


 死んだら悲しむ人間ではなく、死んだら困る人間——というところが、彼女の嘘偽りないところなのだろう。実際、困る人間はいるのかもしれないが、彰良が死んで悲しむ人間など、那月と悠真以外に思いつかない。その二人もそろそろ彰良のことなど忘れているかもしれない、と思えば、もはやいつ死んでも全くかまいはしない。


「死ぬ前にやらせたいことがあるのなら、さっさと話したらどうだ?」


 俺にやらせたいことがあるなら別の方法を考えてこい——と言ったからか、彼女は筋肉量を上げる食事と薬を持ってきた。船長に出す報告には医療補助として必要なサプリを提供しているというていにして、実際にそのサプリも接種させながら、不自然すぎない程度に徐々に数値を上げるように計算しているらしい。おかげで彼女の計算どおりに数日中には基準値に到達する見込みになっている。


 毎日、走ることを強制されていることが最近では何よりストレスだったから、そうした意味では瑠璃に感謝していた。


 運動をすること自体も苦痛だが、それ以上に強制されていることが苦痛なのだろう、と彰良は自覚している。これまで門限だろうがシステム的な制限だろうが勝手に書き換えてきたのだし、何をしたところでそれなりに許されてきた。そんな自分がただ命令に従わなければならないことが許せない——などと思ってしまう自分がいて、そんな自分が傲慢だと思う程度の理性はある。だが、それでもやはり、特別でないただの船員の一名だという枠にはめられるのは苦痛で、だからこそ瑠璃に特別な抜け道を作ってもらえたことに意味があったのだ。走らなくて済むようになる、というよりもきっと、自分にとっては有意義なことだ。


 そんなことを考えながら目の前の女医を見つめていると、彼女はふっと口の端を上げた。


「欲しい情報が一つと、やって欲しいことが一つあるのだけど」

「具体的には」

「聞いてくれるの?」

「聞くだけだ。やるとは言ってないが、いつまでも部屋に来られると迷惑だからな」


 彰良の言葉に、瑠璃は笑う。


「そんなことを言われると毎日でも来たくなるけれど、とりあえずはお願いさえ聞いてくれれば関わる必要はないわね」


 そんな現金な言葉がいっそ清々しくて、彰良も笑った。

 


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