空にかかる渡れない橋(3/3)
「なんだ、これは」
同僚の一人が呟くのが聞こえて、彰良は席を立った。制御区の人間は彰良も含めて何故か朝が早い人間が多い。就業開始時間よりもだいぶ前に三人が椅子に座っていたのだが、彰良が外に出ようとすると、制御室に向かっていたもう二人ともすれ違う。二人は朝から外に出ようとする彰良を不思議そうに見たが、何も声はかけてこなかった。
制御区の外に出てしまうと、そこには居住区の空が広がっている。
空に映し出された七色の虹を見上げて、彰良はその場に座り込んだ。
いつもは青い空——といっても、日中は空などない制御区に篭っているから、こんな時間に空を見上げることなどない。だが、それでも空に出現した大きな色彩に、どこか違う世界に迷い込んでしまったかのような、そんな違和感を覚えた。こんな偽物のような空を簡単に作れてしまうのだから、自分の足元にへばりついた地面はやはり偽物なのだと思ってしまう。
だが、かつて人類が暮らしていた惑星では、本物の空に雲がかかり虹がかかり、夜にはオーロラがたゆたい星が流れたのだ。空を作って景観を重視したはずの船の設計者は、なぜ空をそうした生きた景色にしなかったのだろう。もしくはその人物も、本物の空など知らなかったのだろうか。
綺麗なのか感動的なのか彰良にはわからなかったが、少なくとも毎日が繰り返すこの小さな世界の中で、少しの刺激くらいにはなるような気がする。
彰良がじっと空を眺めていると、やがて虹は消えてしまった。少しは細工をしていたのだが、制御区のメンバーに突破されてしまったのだろう。思ったよりも時間がかかったな、などと思いながら、今度は手元の端末に視線を落とす。
昨日の0時直後に送られてきた那月からのメッセージと、今日の0時になる直前に送られてきた悠真からのメッセージは、どちらも全く同じものだった。
『誕生日おめでとう』
とだけ書かれたそれは、メッセージをひらかなくとも端末に流れる通知で読み取れる。彼らは彰良がメッセージを開いていないことをわかっているのかもしれない。
悠真はあれから全く連絡してこなかったし、那月も彰良のもとにやってきた時を最後に連絡してこなくなった。悠真からは怒りなのか軽蔑なのかをされていると思っていたし、那月のことはひどく傷つけてしまったと思っていた。彰良のところにやってきた那月は最初から泣きそうな顔をしていたし、彰良が話をすると本当に泣いているように見えた。那月のことを泣かせたくないから会いたくない——と悠真に言ったのだが、結局は何度も彼女を傷つけてしまっているのだと思う。
そんな彼らがわざわざ彰良に、誕生日おめでとう、なんて送ってくるのはどういう気持ちなのだろう。時間からすると、二人が一緒に送ってきたというわけでもない。
「——彰良、これはどういうことだ?」
いつのまにか彰良の目の前に船長と制御区長が立っていた。
近いと思うような場所から見下ろされ、彰良は首を上げて彼らの顔を見る。相変わらず船長は作り物のような顔をしていたが、表情には苛立ちのようなものは見える。彰良は地面に座り込んだまま、首を傾げてみせた。
「どう、とは?」
「何を馬鹿なことをしている。まだ那月たちとつるんでいるのか?」
「いいや」
那月の名前が出て、彰良は立ち上がった。彰良が勝手にやったことで、彼らに迷惑がかかっては困る。
「なつきもはるまも関係ない。俺が勝手にやったことだよ」
「彰良が? ひとりで?」
「ああ。彼らとは本当にずっと会ってもないし、連絡を取ってもいないんだ。信用できないなら通信記録でもなんでも調べればいい」
彼らからの昨日のメッセージは見られてしまうだろうが、おめでとうの一文だけだ。最近では彼らからの連絡は全くなかったし、訪問もない。
「彰良の端末の履歴が信用できるわけがないだろう。いくらでも改ざんできる」
「それならそれで別に構いやしないが、無関係の彼らに手を出すようなら、俺は死ぬまで懲罰室に籠るぞ」
彰良の言葉に船長は理解が出来ないような顔をした。
「那月たちが関係ないなら、お前がなんのためにこんなことをするんだ?」
「別に。単に変わり映えのしない空に飽きただけだよ」
「ろくに空を見もしないくせに?」
「俺だってあれくらい派手な空なら、たまには足を止めるよ」
彰良の言葉に船長はため息をつく。嘘だとは思っているかもしれないが、那月たちが関係ないというのは信じているかもしれない。これまで三人で何かをやる時には、誰かを庇うことなどなく三人で一緒にいて、三人で一緒に船長たちに拘束されていた。わざわざ彰良だけがこうしてひとりで詮議されるような真似を、悠真たちがするとは思えない。
しばらく考えるようにしていたが、やはり何故だかため息をつく。
「懲罰室に入れたところで効果はないようだし、減給しようが労働時間を伸ばそうが痛くも痒くもないのだろうな」
船長の言葉に彰良は首を傾げる。どうせまた懲罰室に入れられるか、減給なり強制労働なりを命じられると思っていたのだが、それが効果がないことは分かっているらしい。どうするつもりかと思っていると、船長はじろりと彰良を睨みながら言った。
「明日から制御区内にランニングルームを持ち込んでやる」
「なんだそれ」
「懲罰室に入れる代わりだ。しばらく毎朝入ってろ」
そんなことを言われて、彰良は思いきり顔を顰めた。
ランニングルームは狭い船内でも効果的に運動をするための小さなブースで、酸素濃度を下げたり速度が強制的に変えらりたりと効率的に体を鍛えられるようになっていたはずだ。学生時代は何度か強制的に入れられたのだが、そう言われるとたしかに懲罰室でじっとしているよりも運動させられる方が辛い。
「……いつまで?」
「お前の筋肉量が標準値の下限に入るまでかな。毎朝、システムは制御士たちにリセットさせるから、余計なことは考えないことだ」
とりあえず帰ってランニングルームの設定値をいじってやろうと思っていただけに、そんなことを言われて絶望的な気分になる。
「これ以上、馬鹿なことをしようと思わないようにせいぜい反省すればいい」
そんな捨て台詞を吐いて去っていく船長を見てから、彰良は少しだけ後悔をした。




