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空にかかる渡れない橋(1/3)


「誕生日おめでとう」


 お互いにそう言い合って、悠真とグラスを合わせる。


 今日は十九歳の誕生日で、那月は悠真と二人でお祝いをしていた。去年は子供たちみんな集まってもらってパーティをしたし、一昨年は花火を打ち上げて彰良と三人で乾杯をした。それと比べれば二人きりで静かな誕生日なのだが、せめて賑やかにと思って那月は部屋中にきらきらとした飾り付けをしていた。二人で乾杯をするためのシャンパンも準備したのだ。冷たいお酒に少し口をつけていると、仔犬が二人の足元に戯れてくる。


「おたんじょうびおめでとう! 今日はとっても素敵な日だね。なつきもはるまも嬉しい?」


 そう言ってユキがぴょんぴょんと跳ねて、悠真は笑う。ユキは小さな茶色の体を、部屋に合わせてきらきらとした服で包んでいた。ユキが体を動かせるたびに淡い光が舞う。部屋の中で一番賑やかな飾り付けはユキだった。ミフユも黒いふわふわとした毛に白い水玉模様をつけている。


「ああ。ユキもミフユも楽しそうだから俺も嬉しいよ」

「なつきも楽しそうだよ」

「もちろん、なつが楽しそうなのが一番嬉しいよ」


 彼はそう言って、水玉模様のミフユをユキの背中に乗せた。そして机の上に乗りきれないほどの料理を見下ろす。


「すごいな。こんなケーキ、どうやって準備したんだ?」

「食堂を借りて作らせてもらったの」

「那月が作ったのか? いつ?」


 そう言って目を丸くしたのは、普通であれば料理は予め注文して準備してもらったものを購入するからだろう。だが、注文できる料理はさほど種類も多くなく、それであれば自分で素材を手配して作ろうと思ったのだ。二十二時までなら、食堂の厨房を有料で借りることができる。


「昨日のうちに。本物の蝋燭を作って立てたかったのだけど、さすがに火気は厳禁ね」


 そう言って笑う。


 物語に出てくるような、丸いケーキを作ってみたかったのだ。二人で食べ切れる分をと思って小さなサイズにはなったが、見た目にはちゃんとした誕生日ケーキだ。蝋燭は人工灯を使っているため、本当に吹き消すことはできないが、その代わりにユキに消すタイミングを教えている。


「ねえ、なつき、もう歌を歌ってもいい?」

「もうちょっと待って。ケーキを食べる前に歌ってくれる?」

「えー、待ちきれないなあ」


 本当に子供みたいだ、と二人で笑う。尻尾を振って部屋の中を走りまわるユキを見て、那月は彼女の存在に感謝をした。二人きりでも寂しくないのは、他に話をしてくれるユキがいるからだろう。


 悠真とユキと話をしながら食事をとってから、部屋を暗くする。ケーキの上に立てたロウソク代わりの黄色い炎がゆらゆらと揺れて、部屋をぼんやりと照らした。悠真のきらきらとした髪の毛が、灯りに照らされて幻想的に揺れる。


「ユキ、歌を歌ってくれる?」

「やったあ」


 ケーキ以外を片付けていた机に飛び乗ると、ユキは誕生日の歌を歌ってくれる。昔の音楽から探してきたもので、誕生日を祝福するための歌だ。那月もそれを一緒に口ずさみながら、ぼうっとケーキの灯りを見つめる。


 昔は家族があって、自分の子供が産まれて、その子供たちと一緒にずっと過ごしていたのだ。産まれてくれたことを祝福して、一つづつ一緒に年を重ねていけることを祝福する。ここでは父も母もいないし、家族もなく、寮や保育所で誕生日を祝ってくれることもない。ここで産まれた子供たちに期待されているのは船のために働く一名になることで、それ以上でもそれ以下でもないのだ。もしも元気に育たなければ、他の人間が誕生させられるだけだ。


 だからせめて自分達で自分の誕生日を祝おう——と、那月はいつも悠真と彰良と三人で誕生日を祝ってきたのだ。幼い頃にはただ三人で集まって口々におめでとうと言いあっていただけだが、年齢を重ねるにつれてだんだん大がかりになってきた。


 毎年、今年が最高の誕生日だと言って笑っていた気がするが、少なくとも今年は最高とは言えないだろう。内容はともかく、今年は三人が揃うことすらできていない。


「誕生日おめでとう!」


 歌を歌い終わってからユキがそういうと、ふっと灯りが消えた。一瞬だけ部屋が暗くなってから、すぐに部屋の明かりが点く。明るくなると、悠真は那月を見つめていた。コンタクトを入れて涼しげに見えるグレーの瞳は、昔の彼とだいぶ印象が違う。優しくて柔らかな雰囲気はそのままに、いつの間にか少年では無く、大人びて素敵な男性になってしまった。


「おめでとう、なつ。色々と準備しくれてありがとう」

「ううん、準備するのも楽しかったし、悠真と一緒にお祝いできて嬉しいな」


 そう言うと、悠真は少しだけ複雑な顔をした。


 那月も言いながら彰良のことを考えていたので、彼も同じで彼のことを考えてしまったのだろう。


 大人になったら会いにくるよ——と言って別れた彰良のことを誘うことなど出来るわけがなく、那月は声をかけられなかった。悠真も何も言わなかったから、彼も彰良のことを誘わなかったのか、それとも密かに誘って断られてしまったのかは分からない。最初は悠真もよく那月と一緒に彰良はどうしているのかと話していた気がするが、何かしらの事情を察してくれているのか、途中から何も触れなくなった。


 彰良は今ごろひとりでいるのだろうか。


 そんなことを考えていると、彼は服から小さな箱を出した。視線で促されて手のひらを出すと、それを手の中に落としてくれる。


「素敵なケーキのお礼に、俺からプレゼント」

「え、私は何も準備してないんだけど」

「だからケーキのお礼だよ。大したものじゃない」


 ありがとう、と言って箱を開けると、中から出てきたのは小さなクリスタルのような石と、そこにつながる鎖だった。


「わあ、綺麗。なに?」

「ブレスレットかな。本当はネックレスにしたかったんだけど、鎖の長さが足りなくて」

「悠真が作ったの?」

「作ったって言っても、ほとんどプリンターの作業だけどね。でも石の細かな飾りは自分でカットしたんだ」


 ここでは欲しいものは基本的に全て一点ものだ。欲しいものは、材料や設計図を指定して注文すれば、立体プリンターが作成して届けてくれるのだ。


 那月は小さな石を摘んで見上げる。天井からの光に透かせると、小さな石はきらきらと色々な色に煌めいた。精巧に石をカットしているのだろう。


「すごい、こんなものまで作れるの?」

「こっそり作業室に持ち込んで少しずつね。なつに監査されたらバレるだろうけど」


 悪戯っぽく言われて、那月は笑う。


 たしかに作業中に真面目に作業をしているか、というのも監査の対象ではあるのだが、那月はあまり真面目に見てはいない。他人の粗探しをするようで気分は良くないし、それよりは人が相手であれば悪意のある不正を見逃さないようにするのが主な仕事だ。また、どうせなら人間でなくシステムに潜在する不具合を指摘して、システムを是正してもらう方がこの船のためになると思っていた。


「仕事中に作ってもらえたなんて嬉しいな。でも高かったでしょう?」

「そうでもないよ。その石や鎖の素材で貴重なものは何もないから」

「本当? 付けてみてもいい?」

「もちろん」


 那月は細い鎖を手にして、利き手と反対側の手首につける。片手でつけることに苦戦していると、彼が手を出してくれる。ブレスレットを渡すと、彼は近づいてきて那月の手首に巻いてくれた。


 すぐ近くに彼の瞳があり、長いまつ毛があり、いつも笑っている唇がある。


 那月は思わず首を伸ばして、悠真の唇に口付けていた。


 瞬間、悠真はピタリと動きを止めて、那月の手首からするりと鎖がこぼれ落ちる。唇を離すと、驚いたような顔をした悠真の瞳があり、那月は咄嗟にその瞳から目を逸らして床に落ちていたブレスレットを拾った。


「ごめんなさい」

「いや……こっちこそごめん」


 手を出されて、那月は拾ったブレスレットを彼に渡す。彼も那月の方を見ずに、那月の手首を見下ろしてから慎重に金具を止める。何も言わない悠真を見つめていると、彼はしばらくブレスレットを見下ろしてから那月を見た。


 真っ直ぐにむけられた瞳にどきりとしていると、彼は口元に笑みを浮かべた。


「キスしてもいい?」


 うん、と言って目を瞑ると、ゆっくりと口付けられる。ふわっと体が熱くなるような感覚を覚えながら、今年の誕生日もきっと幸せなのだろう——と。


 那月はそう思うことにした。


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