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なつきの現在地(4/4)


 ——自分は本当にここにいて良いのだろうか、と。


 何度も部屋の前を行ったり来たりしてから、那月は壁を背にしてその場に座り込む。こうしてうろうろと動けなくして覚悟を決めたつもりが、すぐに逃げ出したくなって立ち上がる。何度目かに立ち上がったところで、彰良の姿が見えてどきりと心臓が跳ねた。


 彼は部屋の前で待っていた那月の姿を見つけると、黒い瞳を少しだけ大きくした。だが、驚いたようなその顔は、すぐにその表情を翳らせる。その顔を見て那月は、やはり来るべきではなかったのだろうかと胸が痛くなる。彰良が制御区から部屋に戻るより、那月が仕事が終わって彼の部屋に行く方がきっと早いだろうと思って、部屋の前で待っていたのだ。


「久しぶり」


 にっこりと笑って見せたつもりだったのだが、本当に笑って見えるかどうか自信はなかった。彰良はゆっくりと那月に近づいてきてから、困ったような微妙な顔をする。もしかしたら彰良も笑って見せようとしたのかもしれない。


「久しぶりだな」


 彼はそれだけを言って、彼の部屋のドアの前に立つ那月の前に立った。何も言わずにこちらを見ているのは、言葉を探しているのか那月の言葉を待っているのか。もしくは単に部屋に入るのを邪魔されているため、入れずにいるだけかもしれない。


「急に来て迷惑だった?」


 那月はそう聞いたが、彼は何も反応してくれない。だが、迷惑ではないよと言ってくれないと言うことは、迷惑なのだろう。何度も会えないかと連絡して、それでも何の返事もなかったのだから、急に会いに来て迷惑でないはずはない。


「彰良に会いたくて来ちゃった。少し話をしてもいい?」


 そう言えば部屋に入れてくれるのではないかと期待していたのだが、しばらく沈黙した彰良は口を開くなり、送るよ、と言った。


「なつきの部屋まで送るよ。話ならその途中で聞かせてくれ」


 口調は柔らかかったが、言葉の内容は明らかな拒絶だ。ぎゅっと心臓が痛くなり、那月は泣きたくなった。歩き出した彰良の背中についていきながら、瞳に溜まってしまった涙を気づかれないように慌てて拭う。


 直接会いに行けば、もしかしたら笑って迎えてくれるのではないか——なんて、そんな淡い希望を抱いていたのだが、彰良の顔に浮かぶものは嫌悪、もしくは困惑しかないように見える。もう一人で部屋に逃げ帰りたい気分だったのだが、話をしたいと言ったのは那月だ。無言でいるのも辛くて、こちらに合わせてかゆっくりと歩を進める彰良に、とにかく明るく口を開いた。


「元気にしてる?」

「ああ」


 彼はそう言ったが、前に見た時よりも痩せているようにも見えた。もともと細身なのだが、気づけば食事を抜いてしまうから、すぐに痩せてしまうのだ。寮にいた頃は那月や悠真が声をかけて食事に誘ったりしていたが、彼はひとりでいてきちんと食事をとっているのだろうか。


「なつきも元気そうだな」

「ええ。彰良にもらったユキも元気にしてる。ミフユはこの間、壊れかけていたのだけど悠真が治してくれたの」


 そうか、とだけ彰良は言った。

 

 彰良の口数が少ないのは珍しくはないが、話かけていてもこちらを振り返ってくれないことは、これまでなかった。那月のことを見てくれない背中に向けて、那月は言葉を投げる。


「……私のこと、嫌いになったから会ってくれないの?」


 今度は返事もなかった。


 ゆっくりと歩いている彼に他に言葉をかけられないまま、気づけば那月の住む建物が見えてくる。近くまで来てから、彰良は足を止めた。


 那月を振り返った彼は、やはり少しだけ困ったように見える表情で、微かに笑った。


「ごめんな」


 唐突に謝られて、那月は息を止めた。彼はもう何も言わずに戻るつもりなのだろうと、ぎゅっと手のひらを握る。だが、彰良は足を止めたまま、口を開いた。


「俺は、なつきやはるまみたいに大人じゃないみたいだから」

「え?」

「未だにわがままな子供のままで、システムを書き換えるみたいに、なんでも自分の思い通りにしたいと思ってしまうんだよな、たぶん」


 そんな言葉に、那月は驚いた。


 彼は昔から大人たちと一緒にいたし、誰よりも賢くて、この船になくてはならない人間で、那月の夢みたいな希望を何だって叶えてくれる。自分の意志を持っていて、相手が誰であろうとそれを主張できるし、相手に流されることもない。そんな彰のことを、那月は周りの子供たちよりも大人なのだと思っていたし、何よりみんなの中で大人になれないのは那月だけなのだと思っていたのだ。


「二人はそれでも優しいけれど——このまま一緒にいると、俺はなつきのことを傷つけてしまうし、はるまのことを嫌いになってしまうと思うから」


 また、と彰良は困ったような顔で笑う。


「いつか大人になったら会いにくるよ」


 そう言ってくるりと背を向けた彰良に、何も言えないまま那月は俯いた。


 

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