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あきらのディストピア(2/4)


 彰良が仕事先から部屋に戻るなり、自分のベッドに人が寝転んでいて驚いた。


 そこにいたのは外出禁止を言い渡されているはずの悠真であり、彼は靴のままベッドに横になり、天井のモニターに映る花火の動画を見上げていた。彰良のものである黒縁の眼鏡をかけている悠真の髪は、なぜか見事なまでの白髪になっている。


「おかえり、あき」


 普通に挨拶をされたが、彰良は反応に困って頭をかいた。


「なにからつっこめば良いのか分からないんだが」

「なにがだ?」


 どこまで本気で言っているのか分からないが、彼はそう言って首を傾げる。持っていたバッグを寝転んでいる彼の腹の上に投げると、悠真は痛いよと笑ってから、腹筋だけで上体を起こした。声を潜めているのは、廊下の外などに声が聞こえないようにするためか。未成年の住む寮の部屋の壁は、敢えて防音にはなっていない。


「ミフユ、音楽を。——外に向けてだ」


 彰良が机に乗っている小さなマウスに声をかけると、可愛らしいねずみ型のデバイスはぴょこんと尻尾を動かした。適当な音楽がかかり始める。会話の邪魔をするほどの音量でもないが、ドアの外にはそれなりの音量が漏れてるはずだ。ベッドの上であぐらをかいた彼にもそれは伝わったのか、今度は先ほどのような小声ではなかった。


「大丈夫だったか?」

「なにがだ?」

「懲罰室に入れられなかったのか?」

「はいってたよ。相変わらず最悪の場所だな」


 そんな言葉に悠真は楽しそうに笑った。言い方からすると彼も同じように懲罰室にいたらしいが、それで笑えるというのは本当に尊敬する。


 ——とはいえ彰良もあそこに何度か入れられていても同じことを繰り返しているのだし、悠真や那月も同じで、一向に懲りている気配はない。心理学には詳しくないが、あの懲罰室というのは意味があるのだろうか、なんて、なんとなく首を傾げてしまった。二度と繰り返さないと思うわけでも、思想を矯正できるわけでもない。洗脳や強制的に脳に情報を埋め込む懲罰や刑罰は廃止されて久しいから、その程度にするしかないと言うことかもしれないが。


「謹慎中じゃなかったのか?」

「まだ外出禁止だぜ」

「どうやって抜け出してきた?」

「ドアはロックがかかってるが、別に窓は普通に開くからな」


 ふうん、と頷きかけてから、彼の部屋は三階だということを思い出す。


「窓が開いたからってどうするんだよ」

「飛び降りた。三階くらいなら余裕だな」


 これもどこまで本気で言っているのだろう。彰良は窓から外を見下ろした。ここは二階であるのだが、それでも彰良がここから飛び降りろと言われたら怪我の一つや二つは覚悟せねばなるまい。彼は日頃から部屋でせっせと鍛えているおかげか、運動などしない彰良から見ると驚くほど身が軽いのだが、だからと言って三階から飛び降りられるものだろうか。


「降りるのは良いとしても、どうやって部屋に戻る気だ? 壁をよじのぼる気か?」

「まさか。正面から普通に戻るよ。俺のところの見張りは和志だ。抜け出す前ならともかく、抜け出した後ならドアのロックを開けてくれるだろ。あいつなら騒ぎはしないよ」


 和志が騒がないというのは、悠真が頼めば見逃してくれるということか、もしくはみすみす悠真を逃したことを自ら上に報告はしないということか。


 和志というのは一つ年下の男だった。やたらとプライドが高いのが鼻について、彰良はあまり好きにはなれないのだが、悠真はそれなりに親しくしているようだった。というよりも、彰良には悠真と那月以外に親しくしている人間などいないし、明るい悠真は年齢問わず友人も多い。


 彰良はそんな悠真をまじまじと見てから、眉をあげる。


「で、その白髪はどうした」

「白髪とか言うなよ。プラチナブロンドだ」


 そう言って彼は髪の中に手を入れた。長めの前髪をつまむようにして上げられると、確かに白髪というよりはシルバーといった光沢がある。髪と眼鏡のインパクトが強すぎて気付いていなかったが、よく見るとメガネの奥に覗く瞳の色もいつもと違った。レンズで髪色と合わせているのか、薄い灰色をしていた。先日、別れた時にはいつも通りの明るい茶髪に茶色の瞳だったから、違和感がすごい。


「びっくりするほど似合ってなくないか?」

「失礼だな。あきが見慣れないだけだろ」


 彼はそう言って笑うと、眼鏡を外してこちらに渡してきた。そして髪を手櫛で整えるようにしてから、どうだ、なんて顔を向けてくる。


 変に主張していた黒い縁の眼鏡がなくなれば、もとより悠真は目鼻立ちが整った容貌ではある。似合っていないのではなく単に見慣れないだけだ、と言われればそんな気もした。


 彼はよく楽しそうに笑っているからいつも無邪気な少年のように見えるのだが、冴え冴えとするような綺麗な銀髪と、落ち着いたグレーの瞳は、彼をいくつも年上に見せる。もとより長身でもあるし、運動をしてバランスよく筋肉のついた体も、男性としての魅力を感じさせるものだ。


 那月が見ても、きっと同じように魅力を感じるはずだ、なんて思ってしまうと苦い気持ちになった。悠真に比べれば彰良の外見など、特段に見るべきところもない。


「……まあ、眼鏡がなければ見られるが。なんで変えた?」

「別に? 部屋で閉じこもっていろって言われても、俺は彰良と違ってやることもないからな。暇つぶしに髪をいじって遊んでるだけだ。紫よりは似合ってるだろ」


 そう言うと彼はなにを思ったか手元の端末を操作した。そして天井を見上げる彼につられるようにして上を見ると、そこには薄い紫色の髪をした悠真の全身が映っていた。髪に合わせてなのか黒いジャケットを着た彼は、カメラに向けてポーズをつけている。ポーズ含めて格好良いといえば格好良いが、紫の頭はやはり顔から浮いている。


「暇すぎだろ」

「だから遊びに来たんだ。メガネも取り上げられたしな。それ、使ってないなら持って帰っていいか?」


 彰良は手の中にあった眼鏡をかけてスイッチを入れる。レンズ越しに、艶かしい下着姿の女性が現れて苦笑した。彼は天井を見上げて花火の映像を見ていたのではなく、こうしたコンテンツを楽しんでいたのだろう。


「取り上げられたって?」

「俺の処分は外出禁止と電子デバイス没収だ」

「ふうん」


 彰良は眼鏡を外して悠真に投げる。


 彰良のものを使用禁止にしなかったのは、電子デバイス全てを禁止にすると仕事に支障が出るからだろうか。彰良はよく自室の端末で色々なアルゴリズムを試しているのだし、その結果を仕事場に持ち込むことも多い。もしくは、単にこの眼鏡などを使う時間が少ないせいかもしれない。取り上げられたところで、別に痛くも痒くもない。


「持って帰ってもらっていいが、あんまり人格を疑われるようなコンテンツばかり見ないでくれよ。閲覧履歴(ログ)は定期的に収集されて分析されてる」

「まじか」


 彼は受け取った眼鏡を嫌そうに見下ろした。


 眼鏡は、さまざまな映像コンテンツや仮想現実の世界を楽しんだり、各種情報を検索してアクセスするために、ひとりひとりに支給されているものだ。だが、彼が何を見ていたのかは知らないが、そもそも見られる情報自体を管理されているから、別に彼がアクセスできる何を見ていたところで咎められることなどない。ただ見ている傾向から、個人の思考や趣味や性癖などがバレるというだけだ。


 本来は虹彩認証で他人が使えないようにもなっているのだが、彰良のものは過去にも彼に貸したことがある。こっそり認証機能を解除していた。


 悠真はメガネをかけてスイッチを入れる。先ほどの女性が部屋に現れたのだろうか、彼は一瞬、何もないところに視線をやったが、すぐに彰良の方を見て笑った。


「これからは過激な映像を見るときは、あきのヤツを借りにこよう」


 どんな過激な映像を見る気かは知らないが、未成年のうちは先ほどのような下着姿の異性が出てきたり、ベッドインを匂わせるシーンがあったり、性の知識を伝える教育動画などがせいぜいだ——と。そう考えた時に、女性の裸が脳裏に浮かんでどきりとした。


 白くて柔らかい肌に触れた時の温度までもが、先ほどの映像よりも鮮明に思いだされて、彰良は慌てて頭を振った。


「どうした?」

「いや……なんでもない」


 一気に苦しくなった呼吸を落ち着かせるように、彰良はゆっくりと息を吸う。奇妙な顔をしてこちらを見ている悠真に首を振ってみせてから、ごまかすために口を開いた。


「なんなら酒も持っていけばいい。伝票を操作して運ばせたものだ」


 那月が言ったように、本来は未成年はアルコールなど手配できないのだが、彰良はたまにシステムから伝票をごまかして配送している。どうせ人の手を介さずに、自動で梱包されて出荷されて部屋まで配送されるのだ。システムさえごまかせれば、なんだって手に入る。面倒くさくてデータの不整合までは対処していないのだが、自動で突合しているような処理もないし、いちいち全ての明細をチェックする暇な人間はいない。たまに監査などはあるようだが、バレたところでその時はその時だと思っている。


 悠真は目を輝かせながら彰良が示した部屋の棚を探り、何本かある酒のうち一番大きなボトルを取り出した。


「いつ聞いても羨ましいな。どうせならこれの年齢も誤魔化せないか?」


 メガネのフレームを指で弾きながら笑う悠真に、彰良は顔を顰める。


 そのメガネには彰良の情報がインプットされているから、年齢を誤魔化すのは難しい。一時的に別人の情報を入れてやることはできるかもしれないが、そこまでして悠真の成人コンテンツ視聴に協力しなくても良いだろう。


「どうせ来年には好きなだけ見られるようになる」


 彰良の言葉に、悠真はやはり楽しそうに笑った。


 いつも笑っている彼は、何がそんなに楽しくて笑っているのだろう。もう十七年も一緒に生きてきているのだが、悠真のことは全然分からなかった。いや、幼い頃はいつも一緒にいる彼を自分の分身のように感じていたし、彼の考えていることはなんでも分かるつもりだったのだが、一緒に年齢を重ねていくうちにどんどん分からなくなった気がする。


 彰良はここにいることも大人になることも、全く楽しくないし楽しみでもない。


 周囲には生きることに疲れたようにしか見えない大人たちばかりだから、余計にそう思うのかもしれない。一緒にいるだけで気が滅入るのだが、いつも笑っている悠真や那月とはいくら一緒にいても嫌な気分にはならないし、疲れもしなかった。


 そういえば他人と会話をするのは久しぶりだ、となんとなく思った。



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