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あきらの現在地(3/5)

 

 すぐに二人分の夕飯は運ばれてきて、彰良はそれに口をつける。


 食べている間、悠真は以前と変わらぬ明るい様子で話をしていた。色々な機器を整備する仕事を任された彼は、毎日のように何かが動かないと言われていろいろな場所に派遣されていると言っていた。先日は天井盤の一部が故障していたから、空まで歩いて行って修繕してきたんだと楽しそうに語る。


 彰良からするといくら重力があるとはいえ、空を歩いて地面を見上げたいとは思えないのだが、彼にとっては貴重で楽しい経験だったらしいから、やはり適材適所なのだろう。彼は昔から手先が器用だし、どんな場所に行っても楽しそうにしている。いくら仕事に空きがあっても、全く適性のないところには任命されないらしいから、やはり船長が悠真の適性を考えて配置したということか。


 彰良の話も聞かれたが、彰良の方は何も変わりはない。正式には制御区の人間になったばかりだが、やっていることは十歳の頃から変わらないのだ。


「——なつが寂しがってるよ」


 そんなことを言われて、彰良は視線を上げる。


 彼は相変わらず髪を銀だか白だかに染めており、瞳にはグレーの色を乗せている。自分が痩せたと言われたからかどうかは分からないが、鍛えられて筋肉のついた彼の体は、健康的でますます大きく見えた。


 鋭くも柔らかくも見える独特の色の瞳は、真剣に彰良を見ていて、彼はきっとそれを伝えに来たのだろう、と思った。那月からも悠真からも定期的に会おうという連絡は来ているし、そうでなくとも健康を気遣う連絡はきていたが、ろくな返事を返していない。


 じっと見つめられたところで、特に返す言葉もなくて、ああ、とだけ言った。しばらく彼は黙ってたが、食事が終わった頃に口を開く。


「会えない理由があるのか?」


 そういうわけじゃない、と彰良は呟く。


 だが、やはりそれ以上の言葉は出てこない。会いたくないのかと聞かないのは、そんなわけがないと思っているからだろう。彰良が那月に会いたくないわけはない——実際、会いたい気持ちはもちろんあるのだが、会わなくとも別に生きてはいけている。


 昼間は制御区にいて、夜は部屋にこもっていれば、那月や悠真と顔を合わせる機会などない。ずっと顔を合わせていなければ、それにもすっかり慣れてしまったのだ。それはとても寂しい気はするのだが、なんとなく安堵するような気持ちもあった。


 那月と一緒にいると、とても満たされるのだが、常に不安だったり葛藤だったり嫉妬だったりが渦巻いていて苦しい。悠真も一緒にいてとても心地が良い反面、やはり苦しい時がある。悠真と那月が二人で楽しそうに笑っている姿を見ていると、どうしても自分だけが違う世界に住んでいるような気がしてしまって、どろどろとした嫌な感情が浮上してくる。


「それならまた今度、三人で会おうよ。なつがユキをあきに会わせたいって」


 ユキというのは彰良達が贈った動物型の人工知能で、那月はその仔犬にユキという名前をつけたらしい。


「ああ。また今度」


 彰良はそう言って目を細める。


 だがその言葉に、悠真は僅かに目を伏せた。彰良の答えに心がこもっていないことは気づいているのだろう。前にもそう言って悠真と別れたきり、那月からの通信にも悠真からの通信にも返信していない。そのまま今日の別れの言葉にもしたつもりだったのだが、悠真は座ったまま立ちあがろうとはしなかった。


 彼が視線を上げて言った言葉は、これまで彼が触れたことのないことだった。


「あきは、なつのことが好きなんだろう?」


 急にそんなことを言われて彰良は首を傾げる。


 彰良は那月のことが好きだと、彼女に何度も伝えていたし、悠真にも言ったことがある。その時の彼の反応は困ったようなもので、それは那月の反応と同じものだった。彼らは三人で仲良く過ごしたいと言い、それを壊そうとする彰良の言葉はスルーするのだ。悠真は彰良のことを応援するとも言わず、彼も那月のことが好きなのだとも言わずに、ただ静かに頷いただけだった。


 そんな彼が、自分からそれを持ち出すのは予想外ではある。


「それがどうした」

「あきが会いたくないのはなつか? それとも俺か?」

「……別にどちらにも会いたくないわけじゃない。ただ今は会おうと思わないだけだ」

「違いが分からないよ」


 そう言ってゆるゆると頭を振った悠真に、彰良は眉を寄せる。


「よく分からないな。はるまはなつきのことが好きなんじゃないのか?」


 彰良の言葉にやはり悠真は困った顔をする。だがじっとその顔を見つめていると、彼は少し息を吐きながら彰良と同じ言葉を言った。


「それがどうした」

「俺を呼び戻してどうする? 俺がいなければ那月と二人で仲良くやれるだろう。それとも俺なんかいても邪魔にすらならないのか?」


 彰良の言葉に、彼の顔が一瞬固まった。その後に浮かんだ表情は、怒っているような、戸惑っているような、そんなよく分からないものだ。


「俺のために身を引いたって言いたいのか?」

「そんなつもりはないよ。俺が勝手に三人でいることに疲れただけだ」

「だけど……なつは、あきのこと好きだよ」


 そんなことを言われても、何ら心は動かなかった。那月が彰良のことを好きで、大切に思ってくれていることは分かっている。


「家族としてだろ」

「もしかしたらそうかもしれないけど……それじゃダメなのか? 家族っていうのはたぶん、なつにとっては最高の言葉だよ」


 そもそもこの船に家族なんて言葉はない。恋人とか友人とか仲間とか、そんなカテゴリーが存在しないのだ。だが皆がそれを知っているのは、過去の物語(フィクション)の中に出てきたり、仮想空間の中にあったりするからだろう。彰良はほとんどそうしたものを見ないから、正直なところを言うと家族というのはよく分からない。だけど那月はずっと一緒に育ってきた彰良や悠真のことを、常々家族のようだと言っていたし、ずっと一緒にいたいと話していた。


「はるまはそれでいいのか?」


 彰良の言葉に、悠真は意味が分からないといった顔で首を捻る。


 彼は那月のことを奪いたくなったことも、彰良のことを邪魔だと思ったことも、三人の関係をめちゃくちゃに壊したいと考えたこともないのだろう。明るく快活で優しい悠真に、彰良の言葉など分かるはずがない。


「俺は——なつきの身体を奪ったことがあるよ」

「は?」

「泣いてるなつきを無理やり押さえつけて犯した。俺のことだけを見て欲しかったんだが、結局は何も変わらなかったな」


 息をすることすら忘れたように、全く動かない悠真に、彰良は椅子をくるりと回転させて背を向ける。


「軽蔑すればいい。俺はなつきに好きだと言ってもらえるような人間でも、はるまに心配してもらう価値のある人間でもない。——なつきを二度は泣かせたくないからな。もう会いたくない」


 しばらく悠真は部屋の中に黙って座っていたのだが、やがて何も言わずに部屋を出て行った。


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