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あきらの現在地(2/5)


「相変わらず、彰良の頭の中はすごいな」


 任されているシステムの改修状況や、新しく試作している制御プログラムの内容をざっと説明すると、そう言って船長は頷いた。この短期間で、という言葉を彼は何度も使っていたが、暇つぶしに今日のように朝まで家で試作したりしているのだから、実のところ生産効率が良いのかどうかは分からない。


「今度、制御区長と基盤区長と研究室の面々で今後の施策を擦り合わせる会議がある。彰良も連れてくるといい」


 船長がそれを言ったのは制御区長に対してで、それを受けた制御区長は少し間を置いてから「はあ」という気のない返事をした。


 その反応を見ていると、表立って反論はしなくとも、納得はしていないのだろう。プライドの高い彼にとっては、まだ若い彰良をそこに連れて行くことも、船長のお気に入りである彰良を特別扱いするということも、気に食わないに違いない。


 制御区長は彰良が十歳の頃からその地位にいる。長い付き合いではあるはずなのだが、彰良の好きなタイプの人間ではないし、相手も彰良に積極的に近づいてはこない。制御区長と名前がついてはいるが、彼に制御士たちをまとめる気はなく、単に一番在籍が長いから任されているというだけだろう。かつては抜群に有能だったと聞いているが、頭脳には当然、年齢的な限界がある。昔ほどのパフォーマンスは発揮できていないのだろうが、それでも矜持は高いままだ。


 同じようにプライドの高い年配の基盤区長とは反りが合わないとも聞いているし、研究室にいるのはそもそも変わった人間が多い。その面子で集まって話をしたところで、まともな会議になっているのかははなはだ疑問だ。


「会議も形骸化してきているからな。新しい視点を入れた方がいい。彰良も視野を広げられるし、勉強になるだろう」


 今度は彰良を見ながら言われて、はあ、と答える。


 制御区長に倣ってそんな気もない返事をしてみても、船長の方はさほど気にした様子もない。一人で満足そうな顔をしている彼は、きっと本気で相手の反応などどうでも良いのだろう。周りからは嫌われていることの方が多そうだが、何にせよもともと研究室にいた船長が有能なのは間違いない。きっと形骸化している会議を取りまとめて進めているのは彼なのだろうし、研究室とは畑違いの制御システム群にも詳しい。


 先ほども、適当に端折りながら概要を説明したのだが、ちゃんと話は通じたのだ。その上で、後で強化しようと思っていた試作の脆弱性もすぐに見抜かれたのだから、その辺りの鋭さには舌を巻くしかない。


「彰良のタスクは状況も方針も問題ない。そのまま続けて欲しい。次は誰のを聞こうか——」


 そう言って船長が場を見回すと、微かな緊張感が走る。


 この場には制御区内で働く五名——彰良を入れると六名が揃っている。大半を同じ部屋で過ごしているのだが、社交的な一名と以外はほとんど会話はない。それぞれに優秀な人間が揃っており、かつては彰良も色々と教わってきた面々なのだが、それでも船長を前にすると多少の身構えはあるらしい、と少し意外に思った。


 基本的には自動で動き続けるシステムに監視やメンテナンスは不要で、定期的な検査や不測の事態などに対処はしても、日常の制御士の役割というのはないに等しい。それは基盤区にいる基盤士や研究室にいる科学者達も同じで、現在だけを見れば、彰良も彼らもこの世界にさほど必要な存在ではないのだ。


 それでもここには、船内でも優秀で勤勉な人間ばかりが揃えられている。ただでさえ少なく限られた人材の中から、有能な人間をわざわざここに充てるのは、日々老いていく船体や船内の資源を、なんとか今後も維持していくための投資なのだろう。人々は新しく誕生させられるし、システムも新しいものを実装できるが、船体自体を新しくはできないし、船内の資源を劇的に増やすこともできない。リソースが限られた中で船体を補強し、システムなどで代替や効率化できるものは効率化していかなくては、いずれ船は朽ち果ててしまう。


 そのために、制御士は常に新しいシステムを作り続けているし、基盤士は古く錆びていく物や仕組みを新しくしていく。そして科学者達はここで人々が生きるための最適解を探し続けていくのだ。





 午前中には制御士達の監査なのか視察なのかは終わったのだが、結局、船長は夕方まで制御区内にいて、彰良の席の隣に座って色々と話をしていた。


 そもそも眠っていないこともあり、日が暮れる頃にはどっかりと疲れて部屋に戻ってきたのだが、ドアの前に人が立っている。遠くから見ても一目で誰だかわかる派手な姿に、彰良の足は重くなった。もう夕食も取らずに寝てしまおうと思っていただけに、思わずため息が出た。


 遠くからでもそれを聞き咎めて、彼は眉を上げる。


「久しぶりに訪ねてきた親友の顔を見てため息をつくとは、失礼なやつだな」


 悪いな、と呟いてから部屋の中に入る。当然のように一緒に部屋に入ってきた悠真は、いつものように断りもせずに人のベッドに腰掛ける。


「どうした、疲れてるな」

「一晩寝てないうえに、今日は朝から晩まで船長の相手をさせられたよ」

「なんだそれ。そんな最悪な日があるのか?」


 悠真は楽しそうにそう笑ったが、こちらの表情を見てふっと笑いを消した。


「大丈夫か? 痩せてるな」

「そうでもないよ」

「ちゃんと食べてるのか? 夕飯は?」

「お母さんみたいだな、はるまは」


 そう言ってから、彰良は机の上のモニターを起動する。


 いつもの癖でシステムの試作をしている仮想端末にアクセスしかけて、スイッチから指を浮かせた。部屋に戻ればすぐに寝ようと思っていても、いつもこうして惰性的にコードを表示してしまい、気づけば夜が更けているのだ。


 仮想端末の電源を入れる代わりに、夕飯の配送をしてくれるサイトを表示する。朝食は自動的に部屋に届き、昼食は自動的に職場に届けられるが、夕食だけは食堂で好きなものを食べるか、部屋まで配送してもらうかを選ぶことが出来る。


「はるまは?」


 本当は一緒に夕飯を食べる気分でもなかったが、わざわざ足を運んでもらって、すぐに追い返すのはさすがに気はひける。それなら夕飯でも食べてさっさと帰ってもらおうと、彼に画面を見せた。


「食べる」

「どれを?」

「あきと同じやつで」


 分かったと返事はしたが、彰良は上から二種類、別のものを頼む。選ぶのも面倒だったし、彰良にこだわりなどない。二つ頼めば彼が勝手に好きな方を取るだろう。


「何しに来た?」

「なにって別に、たまにはあきの顔を見に来ただけだよ」


 ふうん、と言ってから彰良は悠真を見る。


 船長に言った言葉は嘘ではなく、寮を出て以来、悠真とも那月ともほとんど会っていない。那月とは初めの頃に三人で一度会ったきりで、悠真ともその後に一度会ったきりだ。その時も彼がこんなふうにふらりと訪ねてきた。


「忙しいのか?」

「それなりに」

「学生だった頃と違って?」

「そうだな」


 悠真がそんなことを聞くのは、彼らから会おうと誘われるたびに、忙しいとか疲れているとか言って彰良が断っているからだろう。忙しいと言っても全員は夜になれば部屋に帰るはずで、仕事を理由に断ることなど本来は出来やしない。だが、彰良は寮にいた頃から夜にも色々とシステムを作っていたし、今も本当に昼夜を問わず仕事をしているようなものだ。


 嘘をついているわけではない——が、それが事実ではないことを彼らもとっくに気づいているだろう。


 


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