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花火の次は(4/4)


 那月は全員に作ったカードを配っていきながら、ひとりひとりにお別れの挨拶をする。


 みんなの一番の笑顔をプリントして、それぞれの素敵なところを書き出したカードは、完全に那月の自己満足ではあるのだが、出来れば何人かにでも部屋に飾ってもらえれば、と思って作ったものだった。


 仮想現実の中では沢山の服やアクセサリーや小物を集めていたり、部屋の壁面ディスプレイを好きにカスタマイズすることはあっても、自分の部屋に物を飾っている人は少ない。そもそも支給されるものが少ないし、部屋も小さいのだ。だが、小さな部屋で長くて寂しい夜を過ごしているときに、満面の笑顔が飾られていれば、なんとなく気分が明るくなるのではないかと思ったのだ。那月も机の上にはいつも三人の笑顔を飾っている。


 いつの間にか残りのカードが二つになっていて、全員がここに集まっていたのだ、と気づく。中には那月のことを好きでない人間もいるだろうが、全員がカードを受け取ってくれたし、今日は当然ながら那月だけでなく悠真や彰良とのお別れの日でもある。それぞれの別れを惜しむために集まってくれたのだろう。悠真はずっと人に囲まれていたし、彰良もそれなりに話をしているようだった。


「これは悠真に」


 那月は近づくことすら難しいほどに囲まれている悠真に、なんとか近づいてからカードを渡した。彼は那月の差し出したカードを見て破顔した。


「俺のもあるのか?」

「もちろん。でもカードは三人の顔ね」


 そう言って悠真にカードの表面を向けた。そこには三人が並んで楽しそうに笑っている顔がある。それはここ数年のもので、山ほどあった映像の中から選びに選んだ一枚だ。


「おお、あきが笑ってる」

「彰良が笑ってるスリーショットを探すのが大変だったのよ」

「そうだろうな。よく見つけたな」


 悠真に渡してやると、彼はそれをどこか眩しそうに見てから、那月の頬に彼の頬をつけてハグをしてくれた。


「ありがとう。さよならとは言わないけどな」

「もちろん。明日もまた会いましょうね」


 那月はそう言ってから、すぐに悠真の元を離れる。彼らの貴重な別れの時間を邪魔するつもりはなく、そもそも那月は彰良や悠真と別れるつもりはない。会える頻度は減るだろうが、必ず定期的に会おうと約束しているのだ。


 那月が彰良の元に向かうと、彼は食堂の隅で窓枠に腰をかけていた。もう必要な別れは済んでしまったのか、一人で座っている。


「はい。これは彰良に」


 そう言って手渡すと、ああ、と言って彼はそれを受け取った。


 彰良は穴が開くのではないかというほど、笑顔の三人を見下ろしてから、那月を見る。そこに浮かんでいた顔は、笑顔を作ろうとして失敗したような、どこか複雑なものだ。


「ありがとう」


 そんな言葉に那月は首を横に振る。


「こちらこそ。彰良が船長を説得してくれたおかげで、最高の誕生日が過ごせたもの」

「去年も最高の誕生日と言ってなかったか?」

「毎年、新記録を更新してるわね。それでいくと来年はもっと楽しい誕生日になるかしら」


 那月はそう言ってから、なんとなく苦い気分になる。


 そんなことがあるはずがない——と自分でも分かっているからだろう。


「そうだな。そうなるといい」


 そう言った彰良もどこか切なく見えて、急に現実に戻されたような気持ちになる。


 那月たちは、明日の朝には船長から配属先と住居を告げられて、明日の夜からはそれぞれが別の場所で眠ることになるのだ。きっと子供たちとも会えなくなるし、色々な職場で色々な人たちと話をしたり、食堂で毎日のように同じ顔ぶれでご飯を食べたり出来なくなる。ずっと遠い未来の話だと思っていた日であり、ずっと来なければ良いと願っていた日が、気づけばすぐ目の前にあるのだ。


「なつき?」


 さらりと髪を揺らした指先に視線をやる。そして彰良を見ると、彼は触れていた手を引いた。彼の方から那月に触れてくるのはあの日以来で、どきりとしてしまった。だけどそれ以上に、どこか昔に戻ったようで、ほっとしたような気分もある。


 那月が暗い顔をしていたから、心配したのだろうか。


 なんでもない、と笑ってから、先ほど悠真がしてくれたようなハグをする。


「ありがとう。さよならは言わないけどね?」


 悠真の言葉をそのまま言うと、彼も二人のやり取りを見ていたのだろう。那月が悠真に返した、また明日、と言う言葉を言ってくれた。


「——その前に、だな。あき」


 いつの間にかぞろぞろと人を引き連れたまま悠真がやって来ていた。悠真は手に綺麗な箱を抱いており、それを彰良に渡した。赤いリボンのかかったそれは、仮想現実の中で贈り物をするときに出てくるプレゼントボックスのように見える。


 彰良はそれを受け取ったが、何故か悠真に返そうとする。悠真はそれに笑って首を振ってから、那月を見た。


「なつ、誕生日おめでとう。これは俺たちからのプレゼントだ」


 そんなことを言われて驚いた。彰良がその箱を那月に渡してくれる。ちょうど腕の中に抱えられるくらいの大きな箱で、重くもないが、軽くはない。


「おめでとう、なつき。俺たちって言っても、はるまと俺だけじゃないよ」

「もちろん。ここにいる、なつのことが大好きなみんなから」


 悠真の言葉にやはり驚いて、那月は周りを見回す。


 そこには幼い陽菜ちゃんから年の近い康太や紗南たちまで、たくさんの人が揃ってくれている。口々におめでとう、と言ってもらって、那月は胸がいっぱいになった。


「ありがとう」


 小さい声でそう言うのが精いっぱいで、何の言葉を返せば良いのか、どうやってこの感動を表せば良いのかと固まってしまう。笑顔で嬉しいと言いたいのだが、なんだか涙が出そうになってしまった。


 必死に涙を堪えているのに気づいたのか、悠真は軽い口調で言ってくる。


「出来れば開けてみてもらえないか。まだみんなも中身を見てないんだ」


 そう言って悠真が那月から箱を受け取って、こちらに赤いリボンを示す。那月は光沢のある手触りの良いリボンをするりと解いてから、箱の上についたボタンを押した。するりと開いた箱からは、クリーム色をした動物のようなものが丸まって出てきた。


 よく見るとそれには耳がついており、四本の足と尻尾もある。柔らかな毛並みの体をくるりと丸めて眠っているようなそれを見下ろしてから、那月は思わず声を上げる。


「うわあ、可愛い。仔犬?」


 同じように周りで見てる子供たちも、可愛い、と目を輝かせる。


「ああ。起動スイッチは耳のとこだよ」


 そう言った悠真が耳を触ると、長いまつ毛の下から微かに黒い瞳が覗く。それはしばらく微睡むように薄めを開けてから、顔を上げた。まん丸の濡れたような黒い瞳が、悠真の腕の中から那月を見上げる。


「なつき?」


 見た目から想像できるような、可愛らしい子供のような声がして、那月はまた声をあげる。悠真から受け取って抱かせてもらうと、クリーム色の心地の良い毛の下から、温かな体温が伝わってきた。まるで本物の生き物のようだ。両脚を持って目線のところにまで抱き上げると、ぶらんとぶら下がった体がとても可愛い。


「こんにちは、喋れるの?」

「いまはあかちゃんだから、すこしだけ」


 そんなことを愛らしい舌足らずの口調で言われて、たまらずにぎゅっと抱きしめる。どういうことかと彰良を見ると、彼が説明してくれた。


「学習前の幼児型人工知能を選んでる。部屋で色々な映像を見せたり、色々と話しかけてたら自然と学習してくれるよ」

「成長するんだ、賢いね」


 ふわふわの毛に顔をつけると、なんとなく悠真の部屋の匂いがした。


「悠真が作ってくれたの?」

「外側はね。とは言っても元々その子の原型があったから大した仕事じゃないよ。みんなから少しずつお小遣いを出し合ってもらって手配したんだ」

「それは本当に嬉しいけど……でも、わたしだけ大丈夫?」


 誕生日おめでとうと言うのなら那月だけでなく悠真や彰良もそうだし、そもそも去年まではお別れの会もできていないし、物もなにも渡せていない。自分だけがこんな大変なものをもらって良いのか、と申し訳ないような気持ちになる。


「別に俺とあきで考えたわけじゃないよ。ひな達から、なつに何かプレゼントしたい、って言われたんだ。なつが喜んでくれたから大成功だな」


 な、と言って悠真は陽菜を抱きあげる。


「うん!」


 そう言って本当に嬉しそうな顔をした陽菜をみてから、那月は仔犬をそっと彰良に預ける。


「ひなちゃんありがとう。本当に嬉しいな」


 そう言って陽菜を抱いている悠真ごと、ぎゅっと抱きしめた。


 しばらくそのまま彼女たちの体を抱いていると、ふと、頭に小さな手が乗せられる。いい子いい子をするように撫でられて、那月は陽菜を見る。


「那月ちゃん、泣かないで。悲しいの?」


 ううん、と首を横に振る。


「大丈夫。ひなちゃん達がみんな優しいから嬉しいだけ」


 それは本当の言葉だった。


 でも嬉しいのは本当だけれど、同時に寂しい気持ちにも悲しい気持ちにも不安な気持ちにもなっていた。今日が素敵すぎる一日であるからこそ、そして周りの子供達が優しすぎるからこそ、明日が来るのが怖い。


「ありがとう。またすぐに会いにくるからね」


 那月はそう言って、陽菜の温かい体に顔を伏せた。


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