花火の次は(3/4)
「誕生日おめでとう!」
きらきらとした色とりどりの光の粒が、広い部屋の中で弾けた。ふわふわとした小さな光の球は、壁や天井にぶつかって、大きくなったり小さくなったり消えてしまったりする。プロジェクターで投影された幻想的な光の花で装飾された室内は、まるで別世界に来たようだった。
食堂に集まっているのは夕食を終えたばかりの子供たちだった。いつもはそれぞれの時間に食事をとっているから、席が満席になるようなことはない。だが今は立っている人がいるほどだった。
寮の子供たち全員が揃うことなどなかなかないから、それだけでも那月は嬉しかった。こんなに多くの人がいるのかと思うような気もしたし、一人一人の顔を見ながらみんなが集まってもこれだけしかいないのかと思うような、そんな切ない気分も覚えた。
テーブルの上には小さなお菓子がたくさん乗っており、中には那月が作ったものもある。子供たちは好きな飲み物を持って、ふわふわとした光が舞う幻想的な空間を楽しそうにみまわしていた。
そして子供達は那月のところに来て、楽しいとか、寂しいとか、おめでとうとか、口々に口にする。那月もひとりひとりにそれを返していると、うしろからぼそりとした声が聞こえた。
「——自分達の誕生日を祝ってもらう会なのか、別れを惜しんでもらう会なのかは知らないですが、それを自分達で企画するなんて発想が全く理解出来ないんですが」
那月が振り返ると、そこには和志が立っていて、その横にいた悠真が彼の頭に手を乗せているところだった。
「なんだよ羨ましいのか? 来年は俺が和志の誕生日を祝いに来てやろうか」
「羨ましいわけはないでしょう。資材やこんなものは自費で手配してるんでしょう? まったく良くやりますよね」
和志はそう言って、小さな虹色の包装紙に包まれたお菓子を摘んだ。
たしかにテーブルのうえに置かれているお菓子や皆が飲んでいるジュースは那月が準備したもので、そのために那月は毎月割り当てられているお小遣いをずっと使わずに貯めておいたのだ。とはいえ、プロジェクターやその他の資材は彰良や悠真が持っていたり借りてきたりしてくれたものだし、装飾などは三人で協力して作った。那月が準備したのはささやかなお菓子と飲み物だけだ。
「誕生日とか送別会というわけじゃなくて、私が最後にみんなに『ありがとう』って言いたかったの。和志くんも来てくれてありがとう」
那月がそういうと、和志はどこか難しそうに眉根を寄せる。
彼は一つだけしか年齢も変わらず、付き合いも長い。真面目な彼は、那月のことをあまり好きではないのではないかとも思っているが、それでも小さな頃は仲良くしていた時期もあり、思い出はたくさんあった。
那月はここで暮らす最後の日に、子供達と全員で集まってパーティがしたいのだと彰良や悠真に頼んで、色々と準備を協力してもらっていた。
昔、こっそりと夜中にパーティをやった時には、仲の良い子供達だけを集めて、こっそりと持ち込めるものだけ持ち込んだのだが、今回は出来れば正式に許可を取って堂々とやりたかったのだ。
そもそも誕生日と言っても祝う習慣があるわけでもなく、寮を出る時になんらかの会が開かれるわけでもない。例年、個人的にこっそりと仲の良い子に別れの挨拶をして出ていくくらいなのだ。那月はそれを寂しいと思っていたし、できれば皆で誕生日や別れや旅立ちを共有できればと考えていた。
那月が好きな遠い過去の物語などには、家族が描かれ、友人が描かれ、恋人が描かれて、そしてそこで行う誕生日や休日や卒業などいろいろなイベントが描かれていたりする。那月はそれを羨ましいと感じていたし、限られた世界だからこそ、誕生日を祝ったり皆で顔を合わせて楽しみたかったのだ。
そのためには許可を取るということが必要で、事前に船長には話をしていたし、お母さんや寮長さんにも話をしている。それぞれに最初は難色を示していたのだが、船長は最終的には彰良が頼み込むことで許可してくれたらしいし、お母さんや寮長さんには悠真と那月で二人で話をして許しをもらっている。
ただし部屋がロックされる二十一時までに部屋に戻ること、それまでに片付けなどは全て終えておくこと、というのが条件なので、あまり時間はない。
「——俺はもう戻りますよ。どんなものをやろうとしてるのか、覗きに来ただけです」
彼はそういうと摘んでいたキャンディを机に戻した。そのまま背を向けようとしていた和志を、那月は引き止める。
「なんです?」
「もうちょっとだけ待ってて。悠真、見張っててね」
「かずが逃走しないように?」
「うん」
そう言って那月は隅に置いていた箱の中を探って、目的のものを探す。
「どうした? 大丈夫か?」
薄暗い食堂の隅の方で座り込んでいたからか、彰良が声をかけてくれた。彼は那月が何かを探していると気づいたのか、持っていた端末で手元を照らしてくれる。
「なんだ、それ」
「ふふ、秘密」
那月はそう言って唇の前に人差し指をたてると、目的のものを探し出す。
彰良と一緒に戻ると、悠真に肩を掴まれたまま不機嫌そうな顔をした和志が立っていた。那月の顔を見ると、和志は悠真の手をふりほどく。
「触らないでくださいよ。相変わらず悠真は那月のイヌなんですね」
「そりゃ俺が犬のように賢くて可愛いってことか?」
「那月の奴隷ってことだろ」
冷静に言った彰良に、悠真は灰色に染色している眉を上げる。
「ふざけんな、って言いたいところだが、別に望むところではあるな。——なあ、あき?」
「知らないよ。俺を巻き込むな」
「まあ、たしかに彰良こそ、って感じはしますが。何が楽しくてこんな二人とつるんでるんです? 知能指数が違うと会話が成立しないって聞きますけど」
「なるほど。だから和志とも会話がかみ合わないんだろうな」
彰良にしれっとした顔でそんなことを言われて、和志は嫌な顔をする。和志の知能テストの結果は飛び抜けているのだが、それをさらに上回るのが彰良の数値だ。
「……確かにここにいても会話も噛み合わないですし、時間の無駄みたいですね。もう戻っていいですか」
「うん。最後にこれだけ渡していい?」
そう言って那月が渡したのは、小さな和志がにっこりと素敵な笑っているカードで、それを渡された和志は怪訝な顔をした。ちょうど手のひらサイズのカードには、表には彼の顔が印刷されており、裏は那月の手書きのメッセージが書かれている。
和志はちらりと裏面を見てから、あからさまに嫌な顔をする。
「……何かの嫌がらせですか?」
予想通りの反応に、那月はにこりと笑う。
「和志くんの好きなところたくさん書いてみたの。顔も一番笑顔が素敵なのを選んだんだけど、もう十年くらい前のやつかな? 最近の映像はぜんぜん笑ってないから」
「本当だ、和志も昔は可愛かったんだな」
カードを覗いた悠真がそんなことを言うと、和志は手にしたそれを那月に返そうとする。
「いらないの?」
「大人しく部屋に持って帰った方がいいと思うけどな。ここに置いてったら誰かに食堂の扉にに貼り出されてるぞ」
悠真がカードを取り上げようとすると、和志は慌てて手を引っ込めた。そしてカードを隠すようにそれをポケットに入れると、深くため息をつく。
「こんな会場を準備したり、俺にまでこんなもの作る時間があるなんて、那月はどれだけ暇なんですか」
「夜はいくらでも一人の時間があるじゃない」
那月はそう言って笑う。和志のように勉強することもなければ、彰良のように夜までシステムを作っているわけでもない。眼鏡をかけて空想に浸る時間さえ削れば、何かを計画する時間も作る時間もたくさんあるのだ。
和志はまたため息をついてから何かを考えているようだったが、結局は頭を横に振った。そして彼は別れの言葉を口にする。
「さようなら」
うん、と頷いた那月を和志はまっすぐに見た。
「那月達がいなくなるのは少し寂しいですよ。こんなくだらないことをする人たちは他にいないでしょうからね」
そう言って目の前に飛んできた光の球を鬱陶しそうに払った彼に笑ってから、那月は彼の体をぎゅっと抱き締める。急なことで驚いたのだろう、腕の中で和志が固まるのがわかった。とっくに那月よりも背の高い彼の体は、思ったよりも大きい。
「さようなら、また会いましょうね。いままでありがとう」




