花火の次は(2/4)
「今度は本物の花火でも作って打ち上げようか」
軽い口調でそんなことを言った悠真に、那月は苦笑して、彰良は真剣な顔をして首を振った。
「さすがに船内で火気は厳禁だな。システムが検知して本気でその区画が隔離される。下手をすれば酸素濃度を下げられて付近の人間も火と一緒に消されるよ」
何か問題が発生すれば、基本的には一番に制御区と基盤区を守るようになっているため、本気で居住区は隔離されかねない。
そんな事態も想定して、昼間はばらばらの場所で働き、夜も皆が休む住宅が四区画にわけられているのだ。犠牲が出たとしても、制御区と基盤区が残れば船体の機能は維持できるし、居住区で半数がいなくなったとしても、残りの半数でまた新しい生命を誕生させられる。
彰良の言った内容に、悠真はわざとらしく両手で体を抱くようにした。
「シャレにならんってやつね。俺もキャンプファイアー、やりたかったんだけどな」
悠真はそう言って那月を見た。
那月は何度かキャンプファイアーをやりたいと言ったことがある。夜にみんなで焚き火を囲んでお菓子を食べながら語り合うなんて、そんな夢みたいな情景に憧れていたのだが、さすがに本物の火を使うのは無理かなと那月も思ってはいた。
「火を使わずに擬似炎と煙を使ってやるか?」
「それって小細工に労力を使うわりにしょぼそうだよな」
「本物の火を使うのもそれなりに労力は使うだろ。火を起こすのも、船内で大量の可燃物を準備することも何気に面倒だ。システムが検知するまでの時間を本気で試してみたいなら、とりあえず着火の方法を調べてみるが」
話が物騒な方向に向かいかけて、那月が首を慌てて横に振った。
「別に外でキャンプファイアーなんてしなくても、浴室にこっそりキャンドルをたくさん持ち込んで語り合うのも楽しそうよ。もちろん人工灯のね」
「混浴でやってくれるなら喜んで」
彰良の部屋のベッドに寝転がったまま、にっこり笑って見上げてきた悠真に、那月はにっこりと笑顔を返す。
「こちらは女の子限定ね。男の子は男の子同士でどうぞ」
「男たちで集まって裸でキャンドルを見つめたいと思うか? あき」
「なにをしたらそんな懲罰室に入れられるんだ?」
「全く同感だよ」
そんなことを言って二人に同時にため息をつかれて、那月は首を傾げる。それはそれで楽しそうだと思うのだが、男性たちの中に賛同する人間は少ないのだろうか。
「なつきがやりたいなら協力はするよ」
そう彰良が言ったのは、彼なら時間外でも浴室のロックを解除できると言うことだろう。那月は笑って首を横に振る。
「大丈夫。やろうと思えば普通にね、入浴の時間にこっそり持ち込むから。真っ暗にしてキャンドルの灯りだけにするだけでも楽しそう」
那月はそう言ったが、残り少ない時間で本当にそれを企画することはないだろうと思っていた。
時間外に仲の良い人たちでこっそりやるならともかく、全員が入浴できる時間内にやるにはハードルはある。美織たちにも同意を取らなければならないのだ。彼女たちは静かで秩序のある寮生活を乱す那月のことを嫌っている。話をすれば、すぐさま寮長やお母さんに言いつけに走るだろう。
悠真はベッドに横になったまま、何気ない様子で那月の髪を触った。見下ろすと、彼はどういうつもりか首を傾げる。那月に許可を求めているのかもしれないが、彼が那月の髪に触れることくらいは良くあることで、別に気にはならない——が、それが見えているはずの彰良の視線は気になった。
彼も良くあることだと思ってくれているのだろうか。それとも、相手が親友であっても、やはり何かしら嫉妬するところがあったりするのか。
何を返そうかと困っている那月に気づいたのか、彼は自然な様子で手を離す。そして那月と彰良を交互にみてから、肩をすくめた。
「キャンドルくらいなら良いが、本気で何かやるなら今年は結構大変だろうな」
彰良は特に表情も変えずに頷いた。
「まあな。そろそろ誕生日が近いからだいぶ警戒されてる。俺も毎日のように船長や制御区長に釘を刺されてるよ」
去年の誕生日は天空盤に花火を映しているし、何年か前にも誕生日に小型の鳥形ドローンを飛ばしたことがある。その時は雪の雰囲気を味わうために、そして自分達の誕生を自分達で祝福するために、宙から大量の白い羽や綿毛を降らせたのだ。
次の誕生日は大人になる節目の年でもあるし、また何か計画するのではないかと警戒されているのだ。
那月も少し前に船長から直接、次に何かをやれば必ず前回以上の懲罰を課すと脅しを受けている。よく分からない薬の実験に使われて苦しんでいた時のことを思い出すと、本当に気分が悪くなるのだが、きっとそれは那月だけの話ではないだろう。彼らもきっとそれぞれに脅されているのだろうし、本当に何かをすれば、彼らもきっとこれまで以上の罰を受けるはずだ。
——それでも彼ら二人は、那月がやりたいことがあると言ったら反対しないのではないか、と思っていた。それは那月のためでもあるだろうし、きっと彼ら自身のためではないだろうか。彼らは二人ともそれぞれにとても優秀な人間で、この小さすぎる世界には収まりきれないはずだ。
「次の最後の誕生日。前から考えていることがあるのだけど、話してみても良い?」
案の定、そんなことを言っても二人は嫌な顔も意外な顔もせずにこちらに視線を向けた。黙ってこちらの話を聞く姿勢の彰良に対して、悠真は上体を起こしてから髪をかき上げる。彼はどこか楽しそうに言ってきた。
「なんだ? なつの石像でも建てとくか?」
思いもかけない単語を返されて、那月は瞬きをする。
「……なんで石像?」
「なつがいなくなると悲しむ人が山ほどいるからな。せめて顔だけでも残しておきたいのかと」
そんな言葉に苦笑する。そうした理由なら、那月でなくよほど悠真の写真でも貼っておいた方が喜ばれるのではないだろうか、と。そんなことを考えていると、彰良が理解できないような顔をした。
「なんで顔だけなんだ? どうせなら全身像にすれば良い。施設のプリンタを使えば丸一日もあれば出来上がるだろ」
「全身像にしたら何を着せるのか、それとも何も着せないか迷わないか?」
「そういう問題か?」
「俺の像を作ってくれるなら、別に全裸でも構わないんだが」
「そんな猥褻物は一瞬で撤去されるだろ」
そんなおかしなやりとりを真面目な顔で言い合っている二人に、那月は苦笑する。
「悠真と彰良が二人の立像を建立したいなら私も協力するけど……せめてモデルは服を着ててね?」
那月の言葉に二人は同時にこちらを見てから、二人とも同じようにゆっくりと頭を振る。全く性格も見た目も違うのに、ずっと一緒にいるからか、彼ら二人の仕草やタイミングはびっくりするほど合う時がある。
「俺を巻き込まないで欲しい。それよりなつきのやりたいことって?」
「盛大に話を逸らして悪かったよ。石像に未練はないから、なつの話の続きをどうぞ」
彼らはそう言って那月の話を促してきた。
那月が彰良と二人だけで過ごした時間や、悠真と二人だけで過ごした記憶があるように、彼ら二人にも同じだけ二人きりで過ごした時間や記憶が当然あるのだろう。那月には見せない彼らの顔を、二人は知っているのだろうか、なんて思うと、改めて不思議な気がしてしまう。
「ここでの最後の日はね——」
那月はそうして、ずっと考えてきたプランを話す。彼らは話を遮ることなく最後まで聞いてくれた。




