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なつきのディストピア(5/5)


「——手間をかけて本当にすまないな。ミフユは充電切れじゃなくて死んでたな」


 いつのまにか部屋のロックの解除が終わっていたのだろう。急に部屋に入ってきた悠真は、小さな白いマウスを手のひらに乗せていた。死んでた、なんて言葉にどきりとしてしまってから、那月は振り返る。聞き返したのは彰良だった。


「故障したのか?」

「充電しても動かないな」

「強制起動は?」

「もちろん試してみたが、うんともすんとも」


 そもそもミフユは自分で動いて充電器に座っているから、確かに普通であれば充電切れなんてことはない。悠真はベッドに腰掛けてから、那月の視線に気づいて手のひらをこちらに差し出した。那月はふわふわの白いマウスを受け取って、彼の横に腰かける。


 那月の手の中にある悠真の白いマウスは、いつもは赤くてくりくりとした瞳がとても可愛いのだが、いまは固く目を閉じてしまっていた。普段なら手のひらに乗せていると感じるほんのりとした温かい熱もなく、電源が入っていなければ当然ながら冷たい機械なのだ、と思った。


「どうしよう。治せるかな?」


 単なる人工知能(きかい)なのだと分かってはいるのだが、そう言った那月の声は自分でもびっくりするほど暗いものだった。ちょうど三人の関係について考えていたからだろう。壊れてしまったミフユに、なんとなくこれからの自分達の姿を投影してしまった。


 悠真と彰良が視線を交わすのが見える。


 マウスを作ったのは悠真だが、ある程度は元となるチップや資材があったのだし、機械の仕組みにそれほど詳しいというわけではないだろう。彰良も中のシステムは直せても外側は専門外だ。悠真がまた新しいマウスを作ればきっと彰良が同じシステムを入れてくれるだろうが、それはもう別のミフユだという気もした。


 そんなことを考えていると、悠真は那月の手からそっとミフユを抱き上げた。そして彰良はこちらに背を向けて端末に向き直る。


「とりあえずはミフユの通信記録を見てみよう。可能性は薄いがエラーが出ているかもしれない」

「チップ内のログも解析できるか?」

「ミフユを分解して取り出してもらえればな。本当にエラーが出てるとすればそちらだろうな」

「なら分解してみるかな。中身を見てもらって、エラーの箇所が特定できればそのまま部品を変えられる」


 そう言った悠真に、彰良は机の中に入っていた箱を放った。中を開けてみると、精密機器を扱うための小さな道具がいくつも入っている。悠真はそれを見下ろしてから、なぜだか笑った。


「あきでもこんなの持ってるんだな」

「……不器用のくせにって言いたいのか?」

「可哀想だから明言は避けよう。使ったことあるのか?」

「一回だけな。端末を分解して組み立てようとしたんだが、再起不能になったな」

「もう一度、筐体内に全ての部品が収まっただけでも奇跡だと思うんだが」

「収まらなかったから再起不能なんだ」


 そんな彰良の言葉に悠真は楽しそうに笑ってから、手の中の白いミフユを見る。


「うちの子で良かったな、ミフユ。あきのとこの子だったら今ごろ頭と尻尾が逆に付けられてたかもしれない」


 そんな悠真の言葉に彰良が顔を顰めると、やはり悠真は笑った。そして那月が心配していると思ったのだろうか、彼は何も言わずにぽんと片手を那月の頭に乗せてから、道具箱を探り始める。


 器用な手つきでミフユの体を開いていく悠真を見てから、机に向かって通信記録を見ているのであろう彰良の背中を見る。


 彰良はしばらく画面と向き合っていたようだが、何故だかちらりと那月を振り返った。そして彼は少し何かを考えるようにしてから、手元のマウスを指で撫でる。


「ミフユ、なつきのところに」


 作業を始めてしまった二人に対して、那月が退屈をしていると思ったのだろうか。もしくは悠真のミフユが動かないことに心を痛めている那月を慰めようとしたのか。


 ふわふわの茶色のネズミは彰の手元でくるくると回ってから、ベッドを上って那月の膝の上までやってくる。黒いくりくりとした瞳に見上げられると、なんとなく赤ちゃん達のまん丸とした無垢な瞳を思い出した。それはきっと、彰良や悠真の幼い頃の瞳にも似ているのだろう。


 手のひらに乗せて、視線の高さまで上げる。


「こんにちは、ミフユ。心配しないでね。あなたの大切な友人は、私の大切な人たちが直してくれるわ」


 二人の優しさがとても心地よくて、そしてとても心が痛い。


 どうして三人ともこのまま子供ではいられないのだろう。大人になって決まった役割を果たすためだけに毎日働くことも、みんなで食堂や学校で顔を合わせられなくなることも、彰良か悠真かのどちらかを選ばなければならなくなることも、どれも世界が狭められていくようで怖かった。


 幼い頃には保育所の中だけで生活していても、大人やたくさんのお兄さんお姉さんに囲まれて何ら閉塞感など感じていなかった。保育所のルームも園庭もとても広く見えており、その外の世界はさらに大きく無限に広がっているように見えていたのだ。


 だが徐々に体が大きくなるにつれて部屋も狭くなり、十歳になって研修などで外に出ていくと、世界は無限どころか歩いても簡単にその果てまで辿り着けることを知る。


 そして幼い頃から様々な教育プログラムを学ぶことで、この世界の限界を知るのだ。世界の大きさが決められているから、その中で生み出せる資源は決まっており、そこに暮らす人たちの人数も生活も変えようがない。ここに生きている限りはこの世界の維持に必要な働きを求められるのだし、必要な振る舞いを求められる。


 そんなもともと限りのある小さな世界の中で、大人になるにつれて更に未来も選択肢も可能性もどんどんと消えていく。


 那月は昔から大人になることが怖いのだ。


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