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なつきのディストピア(4/5)


 彰良の部屋の前に立つと、自動でドアが開いた。すでに二十一時をすぎており、各部屋のドアは自動でロックがかかっているはずなのだが、彰良が解除しているのだ。


 この世界をコントロールする仕事をしている彼にとっては、自分の部屋のシステムを書き換えることなど容易いらしく、子供の頃から色々な仕掛けをしている。制御区内からしか動かせない基幹のシステムとは違って、寮や居住区内のシステムは穴だらけだから簡単だ、と彼はこともなげに言うが、那月からするとまるで何でもできる魔法使いのようだ。


 上の人間も彰良がそうしたことをしていることを知っているらしいが、システム上で厳しく取り締まるようにするにはコストがかかるし、禁止するためには彼から物理的に端末を取り上げるしかない。それで彰良がスペックを発揮できないよりは、と考えているのか、自室のシステムを書き換えるくらいなら容認しているという状況なのだそうだ。


 なんにせよ彰良の部屋は特別で、那月達はときおり彼の部屋に集まって夜中まで話をしている。基本的にはただ他愛のない話をしているだけなのだが、たまに先日の花火のような計画を立てたりもする。彰良の部屋は色々な監視の外にあるし、だから悠真も謹慎中に彼の部屋を何度か訪ねたのだと言っていた。


 部屋に入ると、そこには彰良だけが椅子に座っていた。那月に気づいていないわけはないだろうが、彰良はしばらく机の上の端末に向かったまま背を向けている。


 しばらく髪を切っていないのか、固そうな黒髪はいつもよりも少し長くなっていた。髪の長さなどには興味もないらしく、彼は目にかかって邪魔になるまではそのままなのだと前に言っていた。邪魔になったら一気に短髪にしてしまうからいつも驚いてしまうのだが、どちらにせよ似合ってはいる。もともと黙っていると冷たく近寄りがたくも見えてしまうのだが、短い黒髪は彼を明るく見せるし、少し長くなると雰囲気が柔らかく優しげになる。


 集中して何かの作業をしているのだろうか、と黙ってその背中を見つめていると、やがて彼は、くるりと椅子を回して那月を見た。


 ふっと口元に笑みを浮かべたが、それは楽しげな笑みというよりは、どこか困ったようなものだ。


「はるまは部屋を出そびれたらしい。彼の部屋のロックも解除しているから、少し待ってもらえるか」


 ええ、と頷いてから、那月は首を傾げる。


「何かあったのかしら」

「ミフユの充電が切れてたって言ってたから、単に時間に気づかなかっただけだろ」


 そう言って彼は、手元に置いてある茶色のねずみを指で撫でた。


 美冬(ミフユ)というのは彰良が作った人工知能(エーアイ)で、器用な悠真が作ってくれた可愛らしいマウス型の機械に入れられている。那月がデザインしたものを二人がそのまま形にしてくれたもので、三人は昔からお揃いでそれを使っているのだ。


 謹慎中は通信可能な機械は全て取り上げられていたから、ミフユも没収されていたのだが、謹慎が解けると那月の部屋にも帰ってきた。単なるデバイスというだけでなくミフユには愛着があるから、それは外出禁止が解けたことより嬉しかった。本物の動物のように懐いてくれるし、部屋にある電子機器の操作なども全てミフユに頼むことができる。そしてミフユを使えばこっそり三人だけで会話をすることもできるのだ。


「大丈夫? 時間がかかりそう?」


 何気なく言った言葉だったのだが、彰良はなぜだかふっと表情を翳らせる。彼は視線を外してから首を横にふった。


「大丈夫だ。じきにシステムから応答がある」


 こちらに完全に背を向けてしまった彼を見て、もしかしたら那月がここに彰良と二人きりでいたくないと思われたのかもしれない、と不安になった。そしてそれを考えると、これまで意識していなかったことを意識してしまう。


 那月を泣きそうな目で見下ろしていた彰良の顔と、那月の肌に触れる彼の肌の熱を思い出して、心臓が痛くなる。



 

 彰良は昔から那月のことを好きだと言ってくれていた。那月も彼のことは大好きなのだが、それが果たして異性として好きだというものなのか、親友や家族として好きなのかは自分でも良くわからない。それは彰良だけでなく、悠真に対しても同じだ。彼らは幼い頃からそれぞれに魅力的で優しくて、那月は本当に二人のことが同じくらいに好きなのだ。


 彰良のことも悠真のことも大好きよ、と。そう答えた那月を、彼は力で押さえつけた。


 それは恐ろしいというよりもただただ悲しくて、そして那月の名前を呼ぶ彼の声が本当に切ないものに聞こえて、助けを呼ぶことはできたのだが那月は動けなかった。彼が真剣に那月のことを想ってくれていたのは知っていたが、那月はそれに真剣な言葉を返せなかったのだし、敢えて向き合おうとしていなかったのは彰良も分かっていただろう。


 じっと固まった那月に触れる彼の指は、まるで壊れ物を扱うように優しかったし、肌に触れた彼の唇は温かく、微かに震えているようで、それが余計に悲しくなった。体に感じるものが痛みなのか何なのか分からないまま、那月はどうすれば良いのだろう、と頭の中ではどこか冷静な思考が浮かんでいた。


 自然交配が出来なくなった時点で、私たちはとっくに滅んでいるのだ、と。


 そんなことを言ったのは誰だっただろうか。


 子供を産むことなんてできないのに、それでも体を求めることに意味があるのだろうか。それどころか、そもそも特定の相手と恋愛をすることに何か意味があるのだろうか、なんて。


 そんなことすら考えてしまうのは、那月がどちらかを選ぶことで、三人だった関係が、二人と一人の関係になってしまうことが怖いからかもしれない。ただでさえ小さな小さなこの世界の中で、二人になるのは怖いし、一人になるのはもっと怖い。


 大昔には、恋愛をして結婚をして家族になって子供を作る——なんて流れがあったらしいが、今では結婚をしたり家族になったり子供を作るなんて仕組みはない。恋愛をするのは自由で、決まったパートナーがいる人もいれば、そうでない人もいる。那月達もずっとこのままの関係でいられるのではないかと思っていたのだが、彰良はどちらが好きなのかと答えを求めてくるし、悠真は優しく恋人同士のようなキスをしてくる。


 どちらにせよあと一年もすれば、寮から出ざるを得ない。住む地域が分かれてしまえば、これほど会うことはできなくなってしまうだろうし、もしかしたら彼らの方が那月よりも素敵なパートナーを見つけるのかもしれない。


 どれほど望んだところできっと、これまでのような関係は無くなってしまうのだ。


 だからせめてそれまでは、このまま三人で仲の良い親友のようにいたい——と。そんなことを考えるのは、那月の自分勝手な願望だろうか。



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