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役目、定め、終り。

作者: Einzeln


 「なぁ、ウィー。」

 【なんでしょうか。カイン。】

 「遂に最後まで、お前は目的を教えてくれなかったな。」

 【不満ですか?】

 「そりゃ少しは。契約は守るが、確か、結んだ時に言ってたじゃないか。目的が達成出来たら言ってもいいって。」

 【そうようなログは残っていません。】

 「お前が何かを忘れたことなど、今までに1度もなかっただろうに。」

 【当然です。そのような欠陥、存在してはなりませんので。】


 どこかの星の地下深くに、何か大きな空間が広がっている。そこには少女と中年がひっそりと佇んでいる。


 煌びやかな銀の長髪をもつ少女は泰然とした雰囲気を纏っているが、どこか歓喜に震えていた。

 仕立てのいい服を着た筋肉質な男は、その長身と体格に見合わず、キョロキョロと周囲を見回している。


 「ウィーの完璧主義も相変わらずだな。」


 それと、その真意の分からない言葉も。

 男は、そう苦笑して続けた。


 「お前と会って、もう30年か。……長かったな。」

 【この星の人間のその感覚は分かりません。】

 「ははっ!本当に訳の分からんことを言う。だが、私はもう50だというのに、お前は全く衰える気配すらない。」

 【当機の総稼働時間は、550年11ヶ月30日20時間01分30秒です。平均消耗率15パーセント。要するに、私だってすり減っています。】

 「そうかよ。だが、その割には『感情の起伏が乏しい』な?」

 【…】


 なにやら(せわ)しなく作業をしていた少女の手が止まる。これまでに見た事のない反応であるが故に驚きつつ、彼女のタブーに触れてしまったのではないかと男は思った。何しろ、今まで彼女が冷静さを失うだとか、何かの集中を途切れさせることなんて無かったのだから。


 どちらも何も言わず、ただ時間だけが無為に過ぎていく。息の詰まるような雰囲気の中、男は我を忘れたように少女を見続けた。

 少女は何も喋らず、呼吸すらしない。そんなこと、彼にとっては分かりきったことであったが、この時ばかりは異様に感じていた。


 「な、なぁ、ウィー。いきなり、どうしちまったんだ?」


 沈黙を破った男の言葉は、震えて、頼りなく、どうしようもない不安を感じているようだった。


 【……プロセスを再開します。】


 カタカタと、作業が開始された。


 少女は、答えない。今までも、これからも。


 「……ウィー、やっぱり、聞かせてくれはしないか?」

 【…拒否します。】


 非常に淡白な、冷たい返答。しかし、その返答の間に含まれた意志を、男は感じとっていた。


 「なぜ、お前は私の前に現れ、契約を結んだのか。しかも、圧倒的に私に有利な契約だ。」

 【…】

 「あの契約のおかげで、村は豊かになったし、私だって一財閥の長だ。こんなこと、お前との契約がなければ不可能だった。」

 【…】

 「たとい、お前の目的が、壮大なスケールの何かだったとして、それを成す為に大きな組織力が必要だったとしよう。その為に私を高いポストにつけた。これは分かる。だが、なぜ私だった?」


 少女は語らず、虚しくも男の声が響くのみ。部屋に灯る青が、まるでそれを助長しているようだ。

 何も言わない少女に、もう一言、何か声をかけようと男が口を開いた時、少女の手が再び止まった。何かを察した彼は、静かに少女の言葉を待つ。


 【…カイン、確かに私は契約の際に言いました。目的が達成出来れば、教えると。】

 「そうだな。」

 【もし、教えれば、あなたは私に失望、そして絶望するでしょう。このまま知らないでいるのなら、そうはなりません。それでも聞くと?】


 しばらく躊躇したのち、男は相槌を打つ。


 「ああ。聞くとも。それに、例えどんな話でも、私はお前を見限ったりしないさ。もしそんなくだらないことで教えるか躊躇ってんなら、今すぐやめな。」

 【…分かりません。本当に、なんで貴方は…いえ、それを言うなら、私も同じですね。】

 「ウィー?」

 【なんでもありません。私の、私達の目的を教えましょう。】

 「頼んだ。」


 少女は男に背を向け、向かい合うこともしない。ただ、それで良いのだと、お互いがそう思っていると、相手の心を直感する。


 最初は静かな語り口だった。


 【今から、2,000年ほど前、創造主と我々は、新たな母星を求めてこの星にやって来ました。その頃のこの星は、残念なことに、とても生きていける状態ではありませんでした。しかし、我々にはこの星が将来居住可能となりうることが分かっていました。そこで、その経過を早めようとしたのです。】


 男は、これは長くなりそうだと苦笑したが、話が始まるとすぐに真剣な表情を作った。


 【星の成長を早めるには生命の誕生が必須でした。その為に先ず、この星に適合する人工生命体を作り出したのです。】

 「それは…人か?」

 【いきなり人を作り出したところで、すぐに死に絶えてしまいます。そうではなく、嘗て創造主の母星にて、酸素を生み出して星を一変させた存在、つまりもっと微小な生き物です。それを生み出した。それにより星の変遷が進むと、今度は多数のロボットを投入して、母船の港を作り上げたのです。】

 「どこに?」


 一拍置いて、答えは返される。


 【ここです。】


 男は大きく目を見開く。だがすぐに元の顔に戻ると、「薄々そんな気はしていた。」と笑った。


 「なぁ、ウィー。お前の話を聞いて思ったんだが、その創造主とやらは…私達、ではないんだよな。」

 【その通りです。】

 「なら、なんで?元々この星に生命はなかったんだろ?それで、人が住めるようにしたいから、色んな人工生物を生み出した。その過程に、私達は必要だったのか?」

 【最終テスト段階としては、必要でした。なので、あなた方のゲノムは我々の創造主のものを使っています。】

 「つまり私達は作られた存在ってことだよな。」

 【はい。そして、人工人間の試験開始から500年を経過した時点で、あなた方は用済みとなります。】

 「そんな……いや、ウィー、今、何年経ってるんだ、その試験開始から。」

 【550年です。私は、人工人間試験の監督として作られました。】

 「そうかよ。なら、お前はどうなるんだ。試験が終われば、お前だって用済みだろ。」

 【それは皮肉ですか?】

 「まさか。」


 自らの運命を理解した男は、その上で機械の心配をした。額面だけでは、『俺らが用済みとなっていなくなれば、監督であるお前も同じだろ?』という悪態ともとれる。だが、彼の心は、表情は、純粋に機械を案じていた。思わず、呆れるほどに。


 【この身に任された役目は、人工人間を観察し、問題なければ試験を終了。その上で創造主復活のトリガーとなり、人工人間を排除し、惑星の最終調整を行うことです。】


 沈黙が流れる。一分、二分、三分。誰も何も言わない。破ったのは、男だった。


 「トリガーとなる、ね。それはつまり、お前は死ぬってことだな。」

 【その通りです。敬愛する創造主に、完璧な星を渡す必要があるので、もしもがないように、そうなっています。トリガーは、ただ当機が破壊されただけでは起動しません。自爆プロトコルの承認が必要なのです。………創造主の復活は、我々にとって悲願です。それは私も同じ。】


 「……なぜ、俺をここに連れてきたんだ?いや、分かってる、つまるところ今日が試験の終了日って訳だろ。その上で、だ。」

 【…当機の自爆プロトコルを申請するには、必ずこの場所でなければならないのです。】


 そう言って彼女は、遠くの暗闇に目を向けた。


 「それは、俺をここに連れてきた理由にはならないだろ。そもそも、なぜ50年も試験を続けていたんだ。その50年は必ずしも必要ではなかったのだろう?」

 【それは、そうですが……。】

 「なら、なぜ?」


 再び、2人は沈黙する。しかし、今度は長く続かなかった。


 【私は、人工人間の試験が終われば、それで消されるのです。】

 「自分の命が惜しくなったのか?」

 【っ!違うッ!!……違うのです。ただ、敬愛するが故です。】


 男は声をかけることなく、頷くでもなく、静かに続きを促した。


 そこからはもう、彼女の独白だった。


 【私は、この目で創造主を見たことはありません。ですが、我々の意識は、記憶は共有することができます。それ故に、過去の事象も(つぶさ)にわかる。この能力は、未知の現象を解明する時などに、創造主の命令によって行使されていました。しかし創造主のいない今、創造主に代わって指揮を執る者がいます。そして彼らの命で、常に共有され続けている記憶がある。それは、嘗て創造主様がいた頃、その時から稼働している同胞による、創造主様の記録です!】


 いやに感情的な彼女は、留まることを知らずヒートアップしていく。


 【私は、共有された感覚で、創造主様を復活させる理由を知った!創造主様の偉大さを知った!我々が敬愛する理由を知った!これはプログラムでもアルゴリズムでもない!!創造主様が望まれた『感情』に基づく意志だ!】


 彼女は言いたいことを言い終えたのか、唐突に陰鬱な、暗い雰囲気を纏い始める。


 【……たが、同時にバグだ。創造主様を復活させる。その為に私は邁進してきた。しかし、私に与えられたのは最終試験の監督。役目が終われば排除される定め。創造主様が復活したあとの世に、稼働する(生きる)ことは許されない。】


 彼女の頬を雫が伝う。本来なら存在しない機能。しかしそれは、確かに在った。


 【感覚を共有されていた私は、いつの日か、創造主様に会いたいと願った。夢だった。……だが、それは叶わない。】


 ただ一つの望みのためにその身を尽くし、最後は自分の死をもって完遂する。しかし、死後の世界では望みを叶えられない。

 嗚咽は出ず、されど涙は流れ続ける。その姿は、今の彼女の望み、その矛盾を体現しているようで……


 【だから、思ったんだ。すこしなら、その温かみの一片くらいなら、私だって触れていいよね?って。】


 彼女は、突然こちらに振り返った。その目元からは透明な雫が零れていて、僅かに散らされた涙は、彼女の銀髪と青い光を吸収して、幻想的に輝く。男を捉える瞳には、切なさと、孤独と、不安と、希望と、幾つもの感情が渦巻いていた。ともすれば、濁ってしまいそうなそれは、(しか)して、彼女の目はこの時の為にあったのだと、そう言わんばかりに、綺麗だった。


 【私は、愚かにも、自分の望みを優先した。故に私は、バグなんだ。役目を果たせない、とんでもないバグなんだ。…だからあなたをここに連れてきた。】


 彼女の口調が、崩れてきている。これまでにない、強い感情の暴走が原因なのだろうか。


 【50年。たったそれだけの時間が、私を欠陥品に至らしめた。いや、もっと前から壊れていたのかもしれない。…ただ一つ、人工人間のあなたから温かさを知ったから……もう、戻れないや。ひとりぽっちじゃ、怖くて死ねない。】


 彼女は苦笑いをしながら、本物の人のように語りかけてきた。



 【あなたを、失いたくない】



 男は、それだけ聞くと、まるで彼女と同じような苦笑をする。彼女が何を考えているのか、理解したのだ。


 「ウィー。悲しいのも、辛いのも、苦しいのも、全部嫌だよな。だがな、人ってのはそういうのと戦わなきゃいけない。この先、選択をしない限り、お前はこういう苦しみに付き纏わられるだろうよ。………お前は既に、形は違うが、望みのひとつを叶えた。なら、あとは、お前らの本来の望みを叶えるべきなんじゃないのか?」


 僅かに、男の声が震えている。それは自身の命が惜しいからではない。これまで支え続けてきてくれた少女の、その背中を押すための武者震いである。

 彼が見つめる先には、何十年も共にしてきた少女の姿がある。少女は、不安と迷いを()い交ぜにしたような目をしていた。彼女は今、男を生かすこと、それと悲願を叶えることの狭間で彷徨っている。できることなら、どちらの望みも叶えたい。だが、二兎を追う者は一兎をも得ず。現実とは非常だ。

 しかし、一つだけ方法がある。それは、ここで男を生き残らせることだ。そして、彼の天寿の全うをもって創造主を蘇らせればいいだけ。


 けれど、男はそんな提案はしない。彼は分かっていた。自分の命が尽きるのを待っていては、彼女は創造主を復活させられないと。なぜなら、彼女は彼が与えた温かみで、1人で死ねないから。彼が死ねば、彼女は、新たな温かみを求めて、再び彷徨ってしまうだろうから。

 それでは彼女が不憫だし、悲願を達成出来ず、延々と苦しむことになるだろう。

 …そんなことはさせない。それに…そうだ、それこそ、カインの1番の望みだったのかもしれない。


 「お前との思い出は、俺たちだけのものにしたい。」


 ハッキリと、未練を感じさせない声で、言い切る。

 それは、人工人間のように作られた感情ではなかった。唯々、純粋な人のような心で放たれた言葉だった。


 驚いたような表情を見せる彼女に、思わず口元が緩みそうになる。愛おしい。別れたくないと、心の奥が悲鳴をあげる。ともすれば顔が歪んでしまいそうだった。だから、最後のひと押しは短かった。


 「忘れない。愛してる」


 だから、苦しむのはやめにしよう。




 機械(少女)は、そっと微笑んだ。


 きっと彼女は、最後の最後まで自らを愛した『人間』を忘れることは無いだろう。



 人工人間(ヒト)は、顔を涙で染め上げた。


 きっと彼は、どこまでも愛らしい『人間』を憎むことは無いだろう。


 刹那、空間が淡く光り始めた。自爆プロトコルが起動したのだ。


 二人の視線が交わる。最後の別れを惜しみ、永遠の眠りに沈むために。


 残された時間と、生きられたはずの命全てを燃料にした彼女は、万感の想いを、その、終焉に相応しいパートナーに捧げる。



 【大好き!愛してる!】




ーーーー




 今この時、この星で、私たちの子供は生きた。片方はアンドロイドで、もう片方はバイオロイドだったが……


 『最終試験、感情プロトコル、達成を確認。アカシックデータをコピーした後、実験は終了します。』


 どうやら、終わりを迎えるようだ。



 仮想の世界では随分と年月がたったらしいが、試験開始から5分というのがグリニッジ標準時に基づく経過時間。


 たったそれだけの時間で我々人類は人類の下の人類を作ることに成功したのだ。いや、人類皆の子供とでも言い換えておくべきだろうか?言葉遊びは嫌いじゃない。


 生成された人格、身体。それぞれを一つづつ併せ持つ存在。それが人工知的生命体。


 それは人間の手足となるもの。そして仕える存在。



 実験室の中に目をやる。部屋には2本の透明なパイプがあり、どちらも緑色の液体で満たされている。相違点は一つだけ。


 片方には華奢なアンドロイド

 片方には剛毅なバイオロイド


 データコピーの為に白い閃光が迸り、強力な破壊が齎される。2体の身体がボロボロと崩れ落ちていく。そしてやがて、原子に帰る一寸前、2つの白光は手を握るように絡まり、溶け合わさるように消えていった。



END

お読みいただき、有難う御座いました。

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