密室の謎を解け!
「被害者は都内の商社に勤める長谷川健一、四十二歳。妻子はなく、この家で一人暮らしだったようです」
若手刑事がメモを片手に報告する。ベテラン刑事が遺体の傍らであごを撫で、眉を寄せた。
「腹部をナイフで何度も、か。相当恨まれてるな、こりゃ」
そう言ってベテラン刑事はぶるっと身体を震わせる。
「おお、寒いな」
「もう十二月ですから」
平気そうな若手刑事を恨めしげににらみ、ベテラン刑事はコートの襟を立てた。歳を取ると寒さにめっぽう弱くなる。
「第一発見者は?」
うるさく響く車の走行音に顔をしかめながら、ベテラン刑事は問う。交通量の多い県道沿いにあるこの平屋は、防音という観点が欠落しているらしかった。外部の音がやけによく聞こえる。
「大家です。無断欠勤を不審に思った会社の同僚が大家に連絡し、大家がスペアキーで玄関を開けて、ということでした」
「どうして通報がこんな時間に?」
「大家が離れた場所に住んでいるらしくて」
ああ、と納得したベテラン刑事の吐息が白く煙る。日没はとうに過ぎ、空には星が瞬く時間だ。昼間のうちに通報してくれたらもっと暖かかったのに、とベテラン刑事はぼやいた。
「窓にも玄関にも鍵が掛けられ、こじ開けた形跡もありません。鍵は本人が一つと大家が一つの計二つで、それ以外にはないそうです」
「要するに――」
ベテラン刑事は少しばかりうんざりした様子で頭を掻いた。
「――不可能犯罪、いわゆる密室殺人ってわけだ」
「そうなりますね」
他人事のようにうなずく若手刑事に、ベテラン刑事は恨みがましい目を向ける。日本全国どこを見渡しても、密室殺人などそうそう起こりはしない。それがよりによって埼玉の、しかも自分の所轄管内で起こるなど、めまいがするような奇跡だ。全く有り難くない奇跡。
「……めんどくせぇなぁ」
思わず本音が口をつく。若手刑事が咎めるような目でベテラン刑事を見た。
「そういう本音は人に聞かれない場所で言ってください」
わかってるよ、とつぶやき、ベテラン刑事は天を仰ぐ。周辺の聞き込み、防犯カメラのチェック、人間関係の洗い出し、やらねばならないことは山ほどあるというのに、さらに今回は密室の謎まで解かねばならない。現実から目を逸らすように、ベテラン刑事はぽつりとつぶやいた。
「今日は、月が綺麗だな」
若手刑事もつられて顔を上げる。
「本当ですね」
吸い込まれそうな満月を、ふたりは魅入られたように無言で見つめていた。
名探偵の諸君。
この密室の謎を、果たして解くことができるかな?