8話 決意
前回までのあらすじ
【ダイヤガラガラヘビ】巻恵市を倒した那知恒久は【विशेष】回収班に保護を求める為、拐われた時任咲也と日隠あすかの救助を放棄した。
保護された先では恒久の狙い通り、阿知輪晋也とは別の関係者に接触出来た。
だが、その関係者、不知火凌との話は予期せぬ展開に進み、【グリア】の後継機種【シュワン】に時任咲也が指名される。
【グリア】から解放されたい恒久とは対照的に嬉々として【シュワン】を受け入れる時任。
恒久の混乱を解決に導くのは日隠のひと言だった。
落ち着かない夜を過ごす事になった那知恒久。
ベッドにうつ伏せになると、思い出さなくていい事ばかり頭に浮かんでくる。
父親は倒れていた。蜘蛛は“有能の証明の為”と言い、犀は“部屋に戻った方がいい”と言った。蛇は“グリアは世の中に不向き”だと……
誰かがやらなければならない。悪い奴はやっつければいい。単純だが正論、真理だと思う。
話せば分かるなど、既に問題の先送りで、降り掛かった火の粉は払うべきで、火の粉があるなら消しに行くべきだ。咲也は多分、そう考えている。だから【シュワン】になるなどと簡単に口走れるのだ。
自分もそう考えればいいのだと思う。だが、恒久はどうしても【विशेष】の正体が気になる。それを考えると担任の後ろを歩いた廊下を思い出し、自分でもよく分からない違和感がまた顔を出す。そして日隠の正論を思い出し、時任の無鉄砲に前向きな勇気を見習うべきだと。これをもう何周も頭で繰り返している。
本当は、隣で寝ている時任咲也に巻き込んでしまった事をちゃんと謝りたい。勿論、日隠あすかにも。
ビシェシュを倒すと回収班が来る、それには絶対の自信があった。だから、阿知輪とは別の関係者に近づく為に、保護される為に、2人には被害者のままでいてもらった。もう一度【グリア】になれば拘束を解く事は出来た。だがしなかった。危険な目に遭わせてしまったのは自分の不注意からで、加害者・巻恵市に対して、何でこんな酷い事が出来るんだ!許さない!と強い怒りを覚えたのに、助けに行ったのに、何も出来ないふりをして、利用した。
自分がやっている事は、あの男と変わらない。自己嫌悪から抜け出せず、時任に声をかけられずにいた。
ー咲也、寝てんのかなー
時任は朝が待ち遠しい。何もできなかった自分が情けなく悔しかった。仕方がないと割り切っても良かったが、窮地を脱したのは、助けてくれる人では無く、友人。それもよく知る同い年の普通の男子。よく分からないのは【グリア】というヒーローの様な姿に変身出来る事。【グリア】になれば自分にもあの窮地を脱する事が出来ただろうか。【シュワン】になれば好きな人を危険から救えるのだろうか。日隠あすかを守る為に誰かに頼る事なく自らの手で。
時任は【グリア】と【シュワン】を疑う事なく《正義の力》と認識していた。
2人は目を閉じているが眠れない。
別室の日隠あすかはダンス動画に夢中……になれない。
先程まで食事も会話も元気な様子だった。本人も自覚に無いが恐怖はしっかり根付いている。落ち着かない。窓やドアが閉まっていても、その向こう側に恐怖を想像してしまう。気が紛れないので恒久・時任の部屋を訪れる。
そっとドアから声を覗かせる。
「ちょっといい?」
「どうしたの?」
時任はあすかへの反応が速い
ドアを開けると枕を抱え掛け布団を引きずるあすか、いつもと違って弱々しい雰囲気。
何も言わず部屋に入ると、時任が使っていた枕と掛け布団を恒久のベッドに投げて占拠してしまった。
「あーちゃん、何してんの?」
「あっち嫌だから……」
「え?あぁ……でもなぁ。ナッツン?」
時任に助けを求められた恒久は日隠に投げられ枕と掛け布団を時任に放る。
「咲也、そこで平気?」
「え?ナッツン本気?」
「え?だって、ほら」
コチラの事はお構い無しな日隠あすかを指す。
「えぇ!まぁそうだけど、でも、えぇぇ!」
「うるさいなぁ。そっちでくっついて寝てればいいでしょ?おやすみ。」
顔を出しもせず、潜り込んだ布団の隙間から日隠の声。沈黙と共にすごすごと恒久のベッドに潜ろうとする時任に呆然とする恒久。
「ナッツン、もうちょい端寄ってよ。」
「え?やだよ。」
「え?ナッツン本気?」
「えぇ!咲也平気なの?」
「は?何が?」
「くっついて寝るの、気持ち悪くないの?」
「え?」
「え??」
「だって俺、寝るとこ無いんだよ?」
「え?平気でしょ?」
「えぇ!絶対ベッドでしょ?」
「……足の方にしてよ。」
「もうちょっと上行ってよ……」
ひとつのベッドでポジションの取り合い。足での押し合いが、段々楽しくなってくる。そして恒久は、難しく考えず、コレを守る為の【グリア】でいようと、それ以上考える事なく眠りにつく。
はしゃぐ2人のやりとりに少し安心を取り戻した日隠は、布団の中で笑いをこらえ、温もりを噛みしめる。
➖国立大学付属高校1年0組➖
敢えて《巻》については誰も触れない。
普段より少し静かな教室、朝のHRで4時限目に特別授業があると担任から伝えられる。《巻恵市》の姿が無い事と関係が有る事は、全員察しがついた。
「特別だって!なんだろね!」
「ちょっとぉ、はしゃがないでよ。」
柚留木美香を窘めるのは恋塚涼子の役目。いつもならここで、巻が茶化して場が和むのだが、教室の中で2人が浮いてしまう。
「ほんと、やめてよね。」
松浦彩花の叱責は、1年0組の面々が保っていた学生らしさの崩壊を予感させる。
越猪崇も珍しく落ち着きがない。ギクシャクとした教室でいつもと変わらないのは砂月玲奈【マウイイワスナギンチャク】。人間関係の構築を避けている彼女は元々浮き沈みが無いのだが、男性不信である為、巻の姿が見えない事を喜んではいけないと戒めながらも、安心という心理状態への喜びは認めていた。
4時限目、特別授業の講師は不知火凌。越猪と松浦の焦り様から、その人物が今迄風紀委員だけに直接姿を見せていた《QUEST》依頼者であると自己紹介の前に分かる、数人を除いて。
「はじめましての人が殆どだね。改めまして、不知火です。」
「はい!はい!あの不知火さんですか?」
「ちょっと!静かにして……よ……ね……」
柚留木は期待を裏切らない。恋塚は空気に耐えられない。
「急にお邪魔して申し訳無いね、大事なお知らせがあってね。直接伝えようと思って時間を作って貰ったんだ、他人に任せたくないからね。」
静かに暗く冷たい洞窟へ入ったかの様な雰囲気に教室が浸透してゆく。
「君達【विशेष】は【एकीकरण】において重要な役割を担っている。文字通り《特殊》な存在だ。私達は社会から君達を守る義務がある。しかし、私達にも不可能はある。【グリア】既に稲葉公太君と巻恵市君を重傷に追い込んだ【एकीकरण】を妨害する邪魔な存在だ。排除しなくてはならない。」
有働和也【タイワンアリタケ】が口を開く。
心理学とマジックをこよなく愛する有働は張り詰めた空気が大好物。複数の意識が集まっている所へアクションを起こす。他人に強い印象を与える絶好の機会。
「それは《QUEST》ですか。」
「そうだ《QUEST》だ。」
《QUEST》と聞いて目の色が変わる。0組は選ばれた存在【विशेष】としての活動《QUEST》に疑念を抱かない、むしろ積極的だ。
「君達は【अंडा(アンダ)】で姿を変えるが、【グリア】は《ベルト》で姿を変える、これを奪取して欲しい。参考までに蜘蛛と蛇の戦闘データを各自の端末に送っておいたが、相手の土俵で戦う必要は無い。それと【日隠あすか】の確保をお願いしたい。【पागल】の完成も近い、従来の《QUEST》も自ずと多くなるだろうから、その辺も踏まえておいて欲しいね。何か質問は?」
風紀委員・越猪が速やかに立つ。
「【グリア】と戦闘になった場合、加減をする自信がありません。何%までの破壊が許されるでしょうか。」
「そうだな……理想は40だが、100でもまぁ良しとしよう。」
少しおどけた表情の不知火に、越猪は優しさを感じなかった。
「質問がなければ自習だ、楽しみにしているよ。」
不知火は教室の空気を凍らせて去って行った。
残された0組に亀裂が生まれる。