7話 迷いの中で
前回までのあらすじ
拐われた 時任咲也・日隠あすか を助ける為、巻恵市に指定された場所へ走る那知恒久。
巻は【グリア】の存在を否定し、恒久は【विशेष】を否定する。互いの意見が食い違う中、戦闘を好まない2人が姿を変える。
体長12m 射程4m のダイヤガラガラヘビに防戦一方のグリア。遂にその体躯に捕まり絞め上げられ……
変身後、グリアは外した関節を戻し、跳ぶ。
「テメー逃がすかよ!」
ーいける!ー
バスケットゴールのリングを掴み、その上へ着地すると、バッグボードをスターティングブロック代わりに大蛇めがけてクラウチングスタート、躰を前方回転1/2捻りで急降下。流れる様な動きは宛ら跳弾の様。その弾丸が跳ね返るかの様な勢いを、ダイヤガラガラヘビのピット器官は熱感知で的確に追う。獲物を狙う牙と、狩人の弾丸と化した脚が交錯する。
グリアが大蛇を貫いた。
口腔内下顎から胸を裂かれ、地面にへばりつく大蛇の頭を踏み潰す。
「2人は何処ですか。」
返事は無い。
大蛇に頭から呑まれた様な格好で腹に収まっている巻恵市本体に外傷は殆ど無い、だが【विशेष】は脳波とデバイスの相互受信により対象をコントロールするシステム。つまり新しい躰を装着すると言っても過言では無い。その躰を大破された影響で脳がショックを受けて意識を失っているのである。
憤りが蛇の抜け殻を蹴り飛ばし変身を解除させる。
『Aiziet』
体が重く感じる。達成感や充実感は無い。虚無感と倦怠感で満たされている。どうして自分がこんな事をしているのか分からなくなる。
どうせ校庭から大蛇の姿は消える、またどこからか大人がやって来て、何も無かった事になるのだろう。誰かに話した所で誰も信じるわけが無い、信じてくれたとしてその人に何かして欲しい訳でも無い。只、降って湧いた厄災に対し気持ちの整理がつかないのだ。
戦えと言われ、世の害悪を倒せと言われ、友達を拐われ、存在を否定された。
否定されるのは【विशेष】の筈で、自分じゃ無い。だが、蛇は【विशेष】を国の認めた存在だと。更に“何も知らないくせに・何を吹き込まれたのか”と言っていた。何も知る訳が無い、何も分かる訳が無い。
やるしかない。状況がそうさせただけで、出来る事なら争いなどしたくない。
恒久の頭に【犀】が浮かぶ。蜘蛛との戦闘を止め、落ち着いた雰囲気を持っていた、人を襲う様な印象は無い。【विशेष】を、なんだかわからない存在にしているのは【犀】の影響。
会いたい。会って話がしたい。何がどうなっているのか、ちゃんと知りたい。出来るなら、巻き込まれた【グリア】から解放されたい。
その為に今できる事、恒久に阿知輪を頼るという考えは無かった。自分で糸口を見つけなければ何も解決しないとも思ったし、恒久にとって阿知輪は……縁起が悪かった。
体育倉庫の陰で結束バンドとガムテープで自由を奪われた2人を見つけて、恒久は沸き立つ安心・憎悪・懺悔に泣き崩れた。
「ごめん」
ひと言、やっと出た声。胃袋から喉までを絞って2人に言える精一杯の誠意。
日隠と時任に、恒久の誠意を受け入れる余裕は無く、恐怖と混乱から生まれる疑心を宿したまま沈黙を保つ。
➖【पागल】実験場➖
暗い雰囲気の殺風景な建物の中庭、吹き抜けの開けた場所はまるで古代ローマの闘技場。それを眺める不知火凌【पागल】の製作は着々と進行していた。非人道的な実験と試作品が積み上げた完成への道、自ら指揮をとった足跡と狂気に満ちた軌跡に目を背けたくなる。
ー大事の前の小事か、国家機密とは随分便利なものだ。ー
研究員達の元に送られてくるデータの中に【グリア】と【ダイヤガラガラヘビ】の戦闘データが紛れてくる。
「不知火さん、蛇がやられた様ですが……」
研究員の驚きは、不知火には伝わらない。彼の目的は【विशेष】の運用でも【पागल】の製作でもないからだ。今の立ち位置と権限が、不知火凌には丁度良い。自らの計画の為に。
「そうか、ロキは悪戯が好きだからな。」
お陰で研究員達には、不知火の言動に戸惑う事が多々ある。いまいち何を考えているか分からない責任者の元で従事するストレスは案外深刻だ。そういった雰囲気を感じとると、不知火は決まって鼻筋に人差し指をあて、上を向き目を閉じる。
「回収と修復の手筈は整っていますが……」
「ん、そうしてくれ。データは貴重な物になるのだろ?なら良い。心配せずとも変りはいくらでもいる。」
「それと、グリアが本人と友人の保護を求めているとの事です。」
「保護してやってくれ、搬送先は此方へ」
ー阿知輪が用意した折角の余興だ楽しまないとなー
警察でも病院でもない場所へ保護され、メディカルチェックを受ける3人。
施設へ着くと、優しそうな女性から落ち着いた語り口で、ひと通り説明を受けた。明日は学校を休んで昼に帰宅、家族への連絡は済ませていて施設に泊まっていく予定。あんな目にあったばかりでは、家はかえって落ち着かない。
国立大学結晶物性工学研究室長・中知山和彦を始め、【グリア】開発に携わった ロボット工学 火室祐也・人間工学 土田圭佑・生物物理学・水野大吾・大脳生理学 風見由紀の面々が満足の様相。
那知恒久の状態は良好。【グリア】の戦闘データは申し分なし。
時任咲也・日隠あすか両名心身共に目立った異常は無し。
メディカルチェック後、3人は用意された食卓を知らない大人を1人交えて囲む。
「はじめまして、那知恒久君。それと、時任咲也君と日隠あすかさんだね。文部科学省 科学技術・学術戦略官 不知火凌です。君達には直接言わなければならない事があるんだ、まず、那知君、【グリア】として【विशेष】と戦ってくれて有難う。そして、時任君、日隠さん、恐い思いをさせてしまって申し訳無い。全ては私の責任なんだ。」
不知火は喋りながら3人に食事を薦める。
「有明エンタープライズが開発した【समझ(サマジ)】そのシステムに対しての規約を作るのが私の仕事でね。だが、規約を破り技術情報を盗み【विशेष】という怪物を誕生させた者がいる。私は信頼出来る人間に調査員として活動してもらっている。そして、誰にも知られずにこの問題を解決しなければならないんだ。公になってしまっては日本中がパニックになってしまうからね、分かってくれるかな?」
不知火の存在はひとまず置いておいて、食事に舌鼓を打つ時任・日隠。話が突然過ぎて理解など出来ようはずも無く、何より豪華な食事に意識を奪われ、声はBGMと化した。だが、そのBGMが荒れる。
「【विशेष】は国が認めてる“いちゃいけない”のは僕だと言われました。何が正しいのか分からないんです。あの人達は何なんですか?あと何人いるんですか?何で僕が【グリア】なんですか?僕は【विशेष】と話がしたい。闘う必要なんて、理由なんて無いと思うんです。」
恒久の目的は保護して貰う事では無い。【グリア】として巻き込まれた状況の打破、もしくは理解。自分の言葉全てを声にしてはいけないと必死な恒久に対し、諭す様な寂しそうな声で不知火が応える。
「理由はどうあれ罪の無い人が犠牲になっているのは間違い無い事実。いつまた自分達の周辺に危険が及ぶか分からない。今も何処かで誰かに同じ様な危険が迫っているかもしれない。放っておいて良い理由なんて無い。誰かが何とかしなければ、その誰かが私達では駄目だろうか。」
冷静に冷酷に悲痛な凛々しくも慈愛に満ちたあどけない表情。実に変化に富み豊かに語る不知火。
「私達も日夜努力している、黒幕は身内に必ずいる、暴いてみせるよ。問題は解決する約束しよう。だからそれまで、那知君に引き続き【विशेष】を退治してもらいたい。既に退治した2人からの情報も直に取れると思うが、数が減れば向こうも尻尾を出すだろう。それに伴い、時任君にも協力して欲しいんだ。」
話の矛先が時任にに向けられ、驚く恒久と、箸が止まる本人。日隠は箸を止めずに見守るスタンス。
3人が話に意識を向けた所で不知火の背後に大型モニターが用意され、格闘ゲームのデモ画面の様な【グリア】の戦闘シミュレーション映像が流される。大胆かつ柔らかなタイプと、細かく速いタイプ、似て非なるソレを単純にカッコイイと思う。
「ダンスみたい」
日隠から漏れた言葉に、その場が納得する。
「那知恒久君の【グリア】を柔として、時任咲也君には剛の【シュワン】となって貰いたい。」
モニターには、国立大学結晶物性工学研究室長・中知山和彦が映し出され、解説がはじまる。
「【विशेष】の対抗策として開発した【グリア】は装着者からの脳波に重点を置く事により自然で滑らかな動きが出来る反面、感情に左右され易い、それに対し後継機種【シュワン】は動きそのものに特化し、他の脳波にはフィルターをかけ鈍化。感情等に左右される事は無いが反射が鈍くなる。それを補う為に直接的直線的速さで、全ての動きに最短距離をトレース……」
時任は難しく面倒な話を無視して、飛び上がるように手を上げ目を見開く。
「やります。なります!【シュワン】 柔のグリア 剛のシュワン。カッコイイッス!俺、ナッツンと協力して退治頑張ります!」
不知火は微笑み、恒久は混乱する。理解不能な状況が次々にやって来る。藪蛇だ。
「何言ってんだよ。こんな訳の分かんない事」
「だからだよ。知らないうちに訳の分かんない事になるなんて嫌なんだ。」
「有難う。明日の午前中に開発チームに会いに行こう。【シュワン】を時任君用に微調整しなくちゃな。」
不知火の提案に元気よく応えた時任は日隠へ顔を向ける。
「何か凄いね、漫画みたい」
日隠はキラキラした表情で応えるが、恒久はもうそれすら理解出来なかった。
「僕は何を信じていいか、何をすればいいか分かんないよ。」
「いいんじゃない?難しく考えなくて、アレに変身出来るんだから、悪い奴はやっつければいいのよ。」
あれこれ悩んでいた恒久に無神経に核心をつく。母親の様な喋り方に妙な説得力を覚えた。