5話 侵入と侵食
前回までのあらすじ
国立大学付属高校1年0組では稲葉公太を倒した新型の話題で持ち切りに。【विशेष】である彼等には、文部科学省 科学技術・学術戦略官 不知火凌から《勝手な事をするな》と通達される。
有明エンタープライズの役員室では、不知火凌と阿知輪晋也が国家機密【एकीकरण】の進捗状況を話し、阿知輪晋也はコンビニで那知恒久に【विशेष】と黒幕の存在について話すのだが……
➖国立大学付属高校ボクシング部➖
入念なストレッチと縄跳びを終えサンドバッグを打ち始める巻恵市に顧問から声がかかる。「ケーイチ、こっち来い。」顧問の横にはスーツの男、不自然な光景にざわつく部員。
「ごめんね練習中にお邪魔して。私、有明エンタープライズの阿知輪晋也と申します。ちょっといいかな?」
長台詞を一息で言い切り笑顔で〆ると右手で外へ促す。巻は阿知輪に爽やかな印象を覚えた。顧問の顔を伺うと、腕組みしたまま面倒くさそうに行って来いと合図される。
「稲葉君が誰にやられたか知りたい?」
「何の話っすか?」
巻は出鼻をくじかれた、そして躱し方を間違える。爽やかな印象は掻き消され、笑顔が不気味に感じる。
「君達【विशेष】の敵になる【グリア】我が社の製作に間違いないが、国も会社もその存在を知らない。そいつが稲葉君を病院送りにした犯人。」
「QUEST?」
「国も会社も知らない事だからね、QUESTじゃないよ。仲間がやられたんだ、気になるだろ?」
「QUESTじゃないなら俺はやらないっすよ、風紀委員からも言われてるんで。」
巻は話に呑まれそうになるが上手く切り返す。しかし逃げ切れない所に追撃の台詞が飛んでくる。
「次は君の番かもしれないのに?」
「あ?どーゆー事っすか!」
吊り上げた眉でヘアバンドが動く程まともに反応してしまう巻。狙った展開に勝利を確信した阿知輪がたたみ掛ける。阿知輪は隙間に入るのが上手い。
「【グリア】は誰かが何かの為に作った。そして稲葉君が標的になった、彼がQUEST以外の被害をだしたから?違うね、戦う為さ。その証拠に稲葉君にトドメをさしていない、駆除が目的なら今頃死んでる。まぁ重症だけどね。【विशेष】と【グリア】を戦わせるのが目的だとすると、初戦に暗殺型【蜘蛛】の稲葉君を選んだのなら第2戦は同じ暗殺型【蛇】の巻君を指名すると思うけどね。」
「注意しろって事っすか?」
「“勝負は先手必勝”が私の信条だけどな。」
「やれって事っすか。あんた不知火さんとは」
反撃の間は与えない、巻が言い終わる前に被せてくる。
「会社で打ち合わせしてきたよ。マッサージチェアでくつろぎながら野菜ジュース飲んで寝てたけどね。“勝手はするな”と言われたけど【グリア】は危険だ、不知火さんと私以外、国と会社はその存在を知らないんたがらね。技術の無断使用、国家反逆罪、早目に手を打たなければ【विशेष】の存在が危ない【グリア】の存在は【एकीकरण】には無い。知れれば会社が疑われ【विशेष】は活動休止、君達は隅々まで調べ上げられる。何もしていないのに犯罪者扱いだ。」
「冗談じゃねぇよ!何だよそれ!」
思考の逃げ場をしっかり奪う。
退屈なストレッチと縄跳びで汗を掻き脳はリラックス、リズムを掴んでサンドバッグに入ったタイミングは余計な事を考えない良い集中状態。
この会話は阿知輪が部室を訪れた時に結果は決まっていた。
「私達は国に保護されている。けれど、その管理下から外れてはいけないんだ、手に余る力は嫌われる“飼い犬に手を噛まれる”ってのは良くないからね。私達は“同じ穴のムジナ”協力しようじゃないか。」
「バレないうちに消しちまえって事っすか!」
「“トカゲの尻尾切り”にはなりたくないだろ?」
「心配ねーっすよ。俺【蛇】なんで。」
巻は阿知輪に呑まれてしまった。
鼻から息を抜きながら、ドヤ顔の巻に画像を見せる。
「この少年《那知恒久》がおそらく関係者だ、稲葉が倒された翌朝に“蜘蛛 化物 病院”と検索してる。」
「つーか、そいつだろ?そんなピンポイントサーチ他に誰がすんだよ!」
「確証は無いからね、可能性が限りなく高いとしか言えないな。本人だとして、何故こんな検索をしたか、何も考えていないのか、わざと此方に勘づかせたか、我々同様に隠蔽班が確立されているか。」
「あんた、めんどくせぇな」
ニコリと笑う阿知輪が別の画像を掲示する。其処には時任咲也と日隠あすかが映されている。
「そして、この二人が彼の友人だ」
「こいつらは?」
「多分、何も知らないだろうね。グリアの可能性はゼロに等しい、崩すなら此処からが得策じゃないかな。」
「拐えって?まどろっこしい事しねぇで、さっきの奴やっちまえば良くねぇっすか!」
「彼がグリアでなかった場合、此方の正体を晒す危険、彼を始末してしまうと手掛りが無くなってしまう恐れ、2つのリスクがある。こっちの二人を抑えてしまえば、彼がグリアであろうとなかろうと、グリアの所在は燻り出せる。どうせ何も知らないのだから始末したとしても此方としては何の痛手も無い。」
「あんた、中々のクソ野郎だな。」
「有難う、だから私は不知火さんに選ばれたんだね。国家機密を扱うには適任だろ。」
「不知火さんの犬って訳か。」
ー 犬か まぁ そうだろうね ー
巻はサンドバッグには戻らず、ロードワークに出た。3人が通う塾と集まるコンビニを確認する為に。
月曜から金曜まで16:30にコンビニに集まり17:00から21:00まで塾。月曜と木曜は19:00で終わり、3人はコンビニで19:30頃までお喋り。時任咲也と日隠あすかは、そこから一緒に帰る。那知恒久は帰る方向が別。情報は確かだった。2週の間、巻は3人の行動パターンを確認した。見た目や喋り方に反して慎重派、用意周到な性格は無鉄砲な告白により自滅した無様な初恋がくれた教訓。
3人は自分達が監視されているなど露とも思わなかった。
➖月曜19:42➖
「ホンマに凄ない!うちも、こんなんなりたいわぁ。」
NFLチアリーダー・NBAダンサー・にどっぷり。日隠あすかは本気で、チアリーディング部のある高校への進学を目指すらしい。
恒久は驚いた。なるべく良い高校への進学、その為の学力向上、その為の塾。そして大学、企業へ就職。漠然と《より良い》を選べる努力に勤しむ事が普通だと思っていたからだ。将来の夢は無い、ただなんとなく父の様な大人になり、大人は結婚をして家庭を築くのだと。特に今はそれどころではなく、考える事と言えば無作為に被害を垂れ流した【विशेष】が蜘蛛の他にどれだけ居るのかである。恒久は【犀】に会っている、阿知輪に言われなくとも、自分や稲葉の様な存在が他にも居ると感じていた。
それなのに【蛇】が危険をすぐそこまで運んで来ている事に気付けず、いつもの様に帰宅してしまった自分を呪う。
「おかえりぃ〜、ちょうど今秋刀魚焼けるから」
「お母さんゴメン!忘れ物したから行ってくる!」
帰るなり慌てて自室へ駆け込んだかと思うと必死の形相で外へ出て行く恒久。考えが甘かった、【विशेष】は他にも居て当然。家族だけじゃ無い、友人知人に危害が及ぶ心配をすべきだった、2人が拐われるなんて想像してなかった、頭の何処かでベルトを使う事は無い……そう願っていた。
帰宅直前の時任咲也からの着信、聞いたことの無い声、送りつけられた画像、恒久を走らせるには充分すぎた。
彼の向かう先は力なく倒れている友人の元、理不尽な暴虐に打ち勝つ為では無い、闘うなど真平御免、2人を無事に助け出す。恒久は後悔しきれぬ思いを抱き、自分に罰を与える様に疾走る。