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34話 Belligerence 

前回のあらすじ


千知岩孝典ちぢいわたかのり不知火凌しらぬいりょうが進めるグラズヘイム計画。仮想空間アースガルズへ先行して送った実験体が構築する理想の世界は酷いものだった。2人は様々な理想の世界を見る為、思考タイプの違うサンプルを強く求めた。


その思いに呼応するように阿知輪晋也あちわしんやの計画が進む。病院・介護施設・リハビリ施設に【NEURON】を普及させ、一斉に暴走させるXデー。それは、老若男女問わず訓練も必要としない兵隊の量産を実現させ、鳴り物入りで軍事産業へ参入する為の貴重なデータとなる。


【NEURON】のモニターとしてリハビリを受ける父:那知悠作の下へ恒久は、母:那知暢子と共に見舞いに行くのだが、そこへ柚留木美香が現れる。






「柚留木さん……」


「那知くん……ベルトを渡して。戦っちゃいけない。君は……」


時折苦痛に顔を歪めながら、柚留木美香は恒久に近づいて行く。その背中にバックパックは無い。


「渡せません。ビシェシュは止めなきゃならないから。」


「ビシェシュを止めても《QUEST》は無くならないよ。騙されないで【イキーカラン以外の意志】……に、ぃっ。」


「何を言ってるか分かんないですよ。」


距離を取って様子をうかがう恒久に悠作はベッドから降りて声を掛ける。


「おい、恒久。大丈夫か?その娘。」


瞬間、視線は悠作へ集まる。


優しい声に、緊迫した空気は緩み、集中は削がれた。


途端に柚留木美香の人格に不知火凌の思考が混ざり始まる。


「阿知輪晋也は信用しちゃ……」


「なんだ?阿知輪がどうした?!」


苦悶に満ち、頭を抱え崩れ落ちる柚留木美香は、介抱に向かった悠作の問いかけに応じられず、頭を抱え込んだまま地面に向かって目を見開き語り出した。


「わたしは……アンタをやっつければそれでいい、イキーカランはワタシだ、人類の選別は私が行なう!止めたければ止めてみろ、それも好い余興だ。」


人格プログラム【Dritte】の影響により、本来の自分、不知火の思考、更に2つが混じり合った別人格、其々が別々に存在している状況は、見る者に混乱を与える。


ーあの時の柚留木さんか?!ー


恒久は八代天満宮での柚留木美香を思い出し、咄嗟に父の手を引いた。バックパックは無いと分かっていても。


「恒久……あの娘、あれか、蜘蛛……みたいな奴か。」


「うん。でも変身はしないと思う。リュック、背負ってないから。」



声を交わす那知父子の視線の先、柚留木美香の後に人影。それは那知暢子ではなく、阿知輪晋也からの刺客。国立大学付属高校軽音楽部所属【野田誠一】担当楽器ドラム。


「生身で何するつもり?何で柚留木がここにいるか知らないけど。」


野田誠一は柚留木美香を《相変わらず変な奴》くらいにしか思わない。背中には【कोकूनコクーン】【モウドクフキヤガエル】は自律攻撃行動機能オートアタックと【पागलパーガル】を実装済。


「グリア、そのベルト、渡すなら僕にしてくれないか?」

「ベルトは誰にも渡しません。」

「だろうね。」


落ち着いた喋り方と歩みが、柚留木を静観させ、那知父子を身構えさせ、その場を掌握する。


「だから、奪いに来た。」


抑揚も無く、気負いも無い、敵意すら感じさせないまま野田誠一は空いたベッドに腰掛けて唱える。


उद्भवウッハブ


金属質なバックパック【कोकूनコクーン】からもやがかかるさまは見事に禍々しい。


ーくそっ!こんな所で!!ー


「お父さん!逃げて!」


恒久は身を投げ出しながらベルトを操作する。


synシン apseアプス


「安心しなよ、標的は君に絞ってる。」


靄が晴れるとベッドにはゴールドのグラデーションが美しい【モウドクフキヤガエル】が鎮座。上腕から手の甲・脛から足の甲、左右其々にあしらった4匹の蛙こそ、此度実装された【自律攻撃行動機能オートアタック


八浪幸四郎が変容する【豹紋蛸】が実装している【自律迎撃行動機能マルチロックオン】が向かって来るモノに反応するのに対し、此方は装着者が敵と認識したモノに反応する。


両手足の蛙が目を光らせると、恒久に向かって舌が伸びる。その速度は秒速4000m。マッハ12。


人が叩き落とすのに苦労を余儀なくされる蝿、その俊敏な蝿をいとも容易く捕食する蛙の驚異的な舌から逃れられる者は居ない。


思考から行動へのタイムラグを限りなくゼロに近付けた【グリア】ですら例外ではない。


4本の蛙の舌が恒久グリアの両手を弾き顔面を弾く。


ーなんだ?!何が飛んできた!?ー


鋭い衝撃に膝をつかされた恒久グリアの目に、心配そうな父の姿が飛び込む。その手には柚留木美香を連れていた。恒久グリアは無言で頷き、その場を去るよう促す。安全の確保を優先し確認しているその背中に衝撃は降り止まない。


「凄いね。ある程度の打撃はグリアには意味が無いって聞いたけど、これだって充分痛い筈なのに。」


座った姿勢のまま手は膝を、足は床を叩く野田誠一モウドクフキヤガエルのリズムが速まる。小刻みに、時に大きく、手足は自由に踊るように。


そこから繰り出される蛙の舌は軌道が予測しづらい。だが、恒久グリアには身に覚えがある。上下左右あらゆる角度から打ち込まれる打撃との対峙、巻恵市まきけいいちが変容した【ダイヤガラガラヘビ】との戦闘で既にそれは経験済み。


ー蛇より速いけど軽いー


視界は相手を捕らえつつ顎を引き、前傾姿勢をとり、的を小さくして【蛙】ににじり寄る。


左右からの打撃に対し、両拳は側頭部をしっかりとガード。下からの攻撃は、脇を閉め肘を着ける様にしてブロック。正面は額で受ける。蛇より軽いとは言え、気を抜けば身体を弾かれ矢継ぎ早に打撃を打ち込まれKOは免れない。


ー焦るな、確実に近づいて捕まえるんだ。ー



ジリジリと間を詰める恒久グリアを見据え、8ビートでリズムを刻んでいた野田誠一がドラムソロに入る。


両手足の蛙の目から光は消え、打撃に強弱が混ざりテンポが落ちた。ジャズドラム出身の野田誠一が繰り出す独特な動きを、恒久グリアは連続攻撃による疲労であると判断。愚かにも勝機を見誤り、距離を詰めに急ぐ。


摺足すりあしで構えを崩さなかった恒久グリアのガードは緩み、足を浮かせ歩幅が広がる。


「テンポが変われば反応も変わる。」


重心が前足に移る瞬間、蛙本体の舌が恒久グリアの喉元を捕らえ壁に押し込む。更に、受け身を取ろうとした恒久グリアの手足を4本の舌が阻む。


ーしまった!ー


蛙の舌は速さだけが取り柄ではない。正確性もさる事ながら、自重の1.5倍を持ち上げる力を持つ。


そこから繰り出される激しい衝撃は壁に打ちつけた事で逃げ場を失い、受け身を取りそこねた恒久グリアの首元へ集中する。


装甲に最高硬度を誇るカルビンと耐衝撃性に優れた二層グラフェン構造を持つ【グリア】へのダメージは軽減されても、激しく揺らされた【那知恒久の脳】は機能停止。


意識は数秒失われる。


「素直で良い反応だったよ。ベーシスト向きかな?」


Aizietアイヅィエット


ベルトから低音の機械音声、それは、グリアの変身解除を意味する。


1年0組では容易に手出し出来ない、荷が重いと判断していた《QUEST:グリアのベルト奪取》は、野田誠一の手によって容易に達成されてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です! 柚留木ちゃんが辛いです(TT)なんでこんなに巻き込まれちゃったの〜 敵にもそれぞれ思いだったり事情があって、そこに思惑もあったりして、複雑なストーリーの中でもキャラクタ…
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