31話 バレンタインも受験も
前回のあらすじ
磯貝亮太は、戦闘型に改良された【芋貝】の力を奮う為《QUEST》として、那知恒久の通う塾へ現れた。しかし、那知恒久を攻撃対象から外すべきと判断した越猪崇が立ちはだかる。
“パワーアップは柚留木だけとちゃうねん”
【芋貝】に搭載された自律防御行動機能により【犀】の攻撃は全て防がれたが悲劇は起こる。【芋貝】に搭載されていた、もう1つの新機能《痛覚の遮断》
磯貝亮太は変容を解いたと同時に激痛に襲われ病院に運ばれる。
1年0組に何かが起きている。そう確信しながらも、越猪崇は平静を装いながら那知恒久の前に戻り、良好な関係を保つ事に集中した。
➖那知家➖
母親が時計代わりにしているTVからは、相変わらず物騒なNEWSが流れる。
『おはようございます。時刻は07:30をまわりました、引続きNEWSをお伝えします。昨日、議員宿舎で倒れているところを秘書に発見され、病院に運ばれた防衛大臣の死亡が、今朝未明確認されました。警察の発表によりますと、布製の紐による首吊り自殺が原因とみられる、と言う事です。詳しい情報が入り次第お伝えします。では、お天気です。』
誰かの死の情報が流れる。病死老衰自殺事故事件etc……原因は様々だが、それは毎日繰り返され慣れていく。乗り物は事故を起こすモノ、住所不定無職の人間は事件を起こすモノ、芸能人は不倫をするモノ、ミュージシャンは麻薬を所持するモノ、政治家は私腹を肥やすモノ、病は常に流行るモノ。不幸と不祥事を誇張し、不平と不満を煽るツールに成り下がったNEWSに、時間と天気以外、見出だせる価値など無くなって当然。飽きる程垂れ流された情報を耳にしても、縁も所縁もないモノに感情移入出来る程、人は繊細に作られていない。
親身になり心血を注ぎ、我が事の様に思えるのは、それこそ我が子と相場は決まる。
まして、暖気窮まりない“名は体を表す”を地で行く、恒久の母親:暢子は最たる者。どこぞの馬の骨がどうなろうと知った事ではない。それよりも、近頃の息子の微妙な変化に興味津々である。
「つーくん、まさか彼女できた?」
「は?何言ってんの?」
「最近やたらと嬉しそうにスマホ眺めるやん。」
「頼りになる先輩からアドバイス!いよいよ試験本場って時に彼氏だ彼女だって騒がないでしょ?普通……」
恒久は朝食の椀に箸を落とし味噌汁を啜る。母親の扱いは慣れたもので、大概の事に驚きはしない。
「でもねぇ……バレンタインも近いし、卒業したら皆バラバラでしょ?思春期ともなれば、チョコからの第2ボタン!青春!思い出すわぁ〜。」
「お母さんの青春話はいいから。」
「え〜、そしたら、つーくんの青春話聞かせてくれてもええやん。《この間の娘》と《あーちゃん》どっちがタイプ?」
「は?何言ってんの?ってゆーか《この間の娘》って誰?」
「隠さんでもええやん。お父さんの退院の日、病院で声かけられてたやん。シュッとした感じの!」
母親が言う“シュッとした感じの娘”とは【恋塚涼子】あれ以来、あれ以外、接点は無い。
恋塚に対して発した阿知輪の声“【विशेष】が《QUEST》に従順であるなら、国は必ず保護してくれる。”と、母親が時計代わりにしているTVから流れるNEWSが、柚留木の言葉を思い出させる。
“う〜んまぁ、国家機密ってやつだけど、NEWSの事件とか事故は大体《QUEST》じゃない?私等は、まだ日が浅いから数える程しかやってないけど。自殺、昏睡は【蝿】似た事件事故が続くのは【茸】著名人の原因不明の急死は【姫蜂】って感じ。”
恒久には今朝のNEWSが《QUEST》に思えた。
この世の《不幸》《理不尽》を招くのは、不運では無い。意図的に其れ等を撒き散らす存在がいる。だから、【विशेष】を止める。出来る事をやる。未来の為に今やれる事を。
そう考えられる様になったのも、日隠あすかに“悪い奴はやっつければいい”と言われ、時任咲也の“知らないうちに訳の分かんない事になるなんて嫌なんだ”に衝撃を受け、越猪崇の“自分の信念に従って、出来る事を”と云う言葉に感銘を覚えたから。
恋塚涼子が【विशेष】として現れれば、倒さなくてはならない。そういった覚悟は固まりつつあった。
「綺麗な人だけどね。」
目玉焼きを割りながら呟く恒久に、母親は要らぬ勘ぐり。
ー綺麗系より可愛い系がタイプやねんなぁ。《あーちゃん》優勢かな?ー
悪戯な表情が似合う母を視界の端に置いて、恒久は箸を進めた。
➖国立大学付属高校・1年0組➖
「彼女でも出来た?」
授業と学活が終わり、各自が散り散りになる中、悪戯な表情を浮かべ松浦彩花が越猪崇を誂う。
「な゛っ、何を言ってるんだ?」
「スマホ握りしめて、メッセージひとつ送るのに何回も書いたり消したり、誰と何を話してるんだか知らないけど、崇、最近、楽しそうよ。」
越猪崇の顔は赤い。
「あれは那知君だよ。彼とは良好な関係を築いておくべきで……僕が彩花以外の誰かを彼女に選ぶ筈ないじゃないか。」
自分の台詞で更に顔を赤くする。普段から松浦彩花への愛を表現することに躊躇も恥ずかしげも無い越猪崇が珍しい反応を見せるのは、来たるバレンタインに意中の相手からチョコが欲しいという表れ。
そんな越猪の気持ちは当然の事として受け流される。
「そうね。で、グリアのベルトはどうにかなりそうなの?」
「無血開城してみせるさ。」
「そう。でも、全員が崇の作戦を待つ訳じゃないでしょ?」
「作戦は1つじゃないさ。」
「そっ。Helmsman'sの活躍、期待していいのかしら?」
「ヘル……何?」
「ヘルムスメンズ、操舵手って意味よ。陣内君・秋岡君・荒牧君、と、崇。4人とも其々チームを操る司令塔でしょ?Leader'sじゃなんかおかしいし、どぉ?気に入った?」
「勿論!【Helmsman's】の名に賭けて、誰も【グリア】とは戦わせないさ。」
2人きりになった教室で交わされる約束。16歳の青春としては異色ながら、その表情は実に幼かった。
➖学習塾前コンビニ駐車場➖
「いよいよ試験本番か」
「もぉ来週だもんね」
「流石に来週ってなると実感湧いてくるな」
「「遅っ!!」」
「サックンって暢気だよねー、なんかもぉ逆に羨ましいわ。」
「え!ちょっと何?あーちゃん酷くない?」
「咲也……流石に緊張感なさ過ぎ」
3人は自分達の会話のノリが気に入っている。沈黙のタイミングも心地よく、息があってきたのを感じながら、互いの自然な笑顔がリラックスを生む。
「なんだよナッツンまで、俺だって緊張感くらい持ってるよ。初詣ん時からバレンタインデーにチョコ貰えますようにってお願いしてんだぜ!」
そして時任咲也はチョコが欲しい、何としてでも日隠あすかからチョコが欲しいのだ。幼稚園、小学校低学年、あの頃は良かった。と、しみじみ思い出す程あれ以来、日隠からチョコを貰っていないのだ。
「なにそれ?本当にそんな事お詣りしたの?」
「咲也……流石に必死過ぎて笑えない。」
恒久と日隠は顔を見合わせて大笑いした。いよいよ試験本番という時期にチョコの騒ぎをする人が、こんなに身近にいた事に。
「なんなんだよ!もぉ来週なんだぞ!部活も引退しちゃったし、体育祭は台風で延期からの中止だし、文化祭で特に目立った事なんかしてねーし、今年もゼロだったらどうしようってなるだろ!」
「大丈夫だよ。リハビリ施設に単身赴任中のお父さんにお母さんがチョコレートケーキ作るって張り切ってるから、咲也の分も作って貰おうよ。」
「えー!!お母さん女子力高ーい!」
「いやっ……そんな事ないよ。初めて作るって言ってたし。」
「一緒に作りたいな〜駄目かな~?」
日隠の光る瞳に某かの恐怖を感じた恒久が抵抗を試みるも、元来の性格に日隠への遠慮が重なって、はっきりと断れない。ここで間髪入れずに時任咲也は最近母親が作る《カヌレ・ド・ボルドー》の話を挟む。
「サックンのお母さんお菓子作れるの!?」
「なんか、前から色々作ってたよ。あーちゃんも昔、食べた事あるよ。」
「小さい頃に遊びに行った時、おやつ出して貰ってたね……あれ手作りだったんだ。」
「俺、母ちゃんに頼んどくからさ、一緒に作ろうよ」
時任咲也の機転は大成功、日隠あすかのテンションは高い。鉄は熱いうちに打て!試験翌日は面接だけで登校も無し、この日を決戦の日と決めた。
「あ〜。その日は、お母さんとリハビリ施設に行ってくるから……」
ーナイス!!ー
時任咲也は心で渾身のガッツポーズを決めた、のも束の間。
「じゃあ、サックンと一緒に《つ~くん》のチョコ作っとくから!」
日隠あすかが、男子を渾名で呼ぶのは自分だけ、と云う優越感が音を立てて崩れる。しかも雰囲気的には恒久の為に2人でチョコを作る感じに……
「え?うん、まぁ、お手柔らかに。」
張り切る日隠とは対照的に、恒久の返答は歯切れが悪く、表情は曇り気味。何故なら恒久は手作りお菓子を信用していない。素人の失敗作ほど恐ろしい物は無いからだ。
テンションの高い日隠あすかに対し、うなだれ気味の男子2名。世の中は思惑通りに行かぬもの、試験前にまた1つ学んだ様子を互いに眼で語る。