21話 Alternate tuning
前回のあらすじ
4対1と云う数のハンデを背負いながら、自律回避行動機能の加護と、スピード、投石攻撃を武器に【シュワン】はグリア到着迄の時間を着実に稼いだが、その戦い方から意図はバレた。
戦いが長引いて不利になるのは【विशेष】だと悟った有働和也は優先事項を《QUEST》から《シュワンの排除》に切り替える。
心理学とマジックをこよなく愛する有働和也が【茸】の菌糸を使い、誰も気付かぬうちに増住香【蠍】を操つり勝利を掴んだ。
ひとしきり駆けずり回ったシュワンを、【विशेष】は捕らえた。
「有働、離せ。」
「は?」
「増住だ!お前の菌糸はもういらないだろ!」
「ああ!そうだね。」
八浪幸四郎は明らかに苛ついている。【蠍】に変容しているとは言え、中身は増住香なのだから。
「それと《QUEST》は終了だ。」
「え?何言っちゃってんの?これからだよ?見せ場は。コイツを使ってグリアのベルトを奪う!」
「やめとけ、調子に乗るな。」
「なんの為に増住さんがコイツの腕狙ってたか分かる?」
菌糸の太さは2〜10μm、髪の毛の太さが50~100µm。電子顕微鏡レベルの傷さえあれば侵入可能。“雨垂れ石を穿つ”シュワンの右腕前腕、中指の延長線上、手首から指3本分の位置、尺骨と橈骨の間、その一点に終始執拗に火花を散らした毒針が侵入経路を確保している。菌糸が集まり子実体を形成するようになると自然界のソレと同じく、あらゆる壁を突き破って出てくる。その生命力には驚かされるばかり。
表情は見えないが有働はしたり顔。しつこく、ねちっこく、貪欲。良く言えば一途、悪く言えば融通がきかない。諦めが悪いが根性は無い。苦手を克服する為の直向きな努力などした事も無い。得意な事を飽きもせず自慢気にひけらかす事で練度を上げてきた。
「お前がソイツを操るより、増住の毒の方が確実だ。」
「始末するだけってのは芸がないよね。」
「お前の手品に付き合ってる場合じゃない。」
「君の指図を受けるつもりもないけどね。」
水と油、有働と八浪の相性は頗る悪い。
「貴方達が、言い争いをしてる場合でもない……それと、私の合気が受け流されたのは多分システム。この人、自分で驚いてた。増住さん、慎重に。」
砂月はいたって冷静で、シュワンに対して【豹紋蛸】同様の自律型システムの存在を感じていた。
【自律迎撃行動機能】装着者の攻撃的意識に呼応、基本的には掴む投げるを得意とする八浪の補佐。しかし、射程範囲外からの侵入物は独自の判断で捕捉または排除。1対1を好む八浪と相性の良いシステム。
通常モードの今は八浪の意志により、その脚をシュワンに伸ばす。向かって来たシュワンを正面から捕獲した【蠍】はまだ3対の脚を緩める訳にはいかない。
「増住、変わろう、危険だ」
「大丈夫、余計な危害は加えないから。ひとまず有働君の菌糸に頼らないと……」
表情は見えないが八浪は仏頂面。《面白く無い》そう云う声をしていた。
「コイツ等新型と戦うのは危険だ、性能が違いすぎる、撤退した方がいい。」
「でも……《QUEST》が……」
「ここで負ければ、これからの《QUEST》に支障が出る。」
見つめ合う2人の間、シュワンの右腕に【茸】の菌糸が伸びる。
「あのさぁ〜、俺って、リア充嫌いなんだよね。Xmasとか、イベントも、イベント事で浮かれる奴も……だから《QUEST》終了は無いし、邪魔する奴もナイヨネ。」
「すさんでるな。」
「自分より幸せそうな奴を見て苛つくのは、健全な精神だと思うけどね。」
互いの顔は見えずとも、気に入らない表情を浮かべている事は分かり合っている。そして、これ以上の会話は時間の無駄使い、グリアが来てしまう。その考えも有働と八浪は同じだった。
八浪が出来る事は1つ、グリアを倒す。今回の《QUEST》には選ばれていない八浪は、増住に危険が及ばなければそれで良いのだから。
「グリアが来るなら俺が戦う。余計な手は出すなよ。強い奴と勝負したいと思うのは健全な精神だからな。」
事実この場で直接戦闘に長けているのは【豹紋蛸】八浪幸四郎。グリアが来るならぶつけるには丁度よい駒だと有働は判断した。
「ま、好きにしなよ。コイツは八浪君が負けた時の切り札にさせてもらうけどね。」
「勝手にしろ、だが俺は負けん。」
ー何だ?!右腕がうごかない!?ー
「おいっ!コンニャロー!何しやがった!!」
「あ゛騒ぐなよ、菌糸が右腕の神経に寄生しただけだし!ま、これから菌糸が全身巡って身動きとれなくなるんだけどね。」
予定は違ったが結果は残した、時任咲也はXmasを守った。期待を裏切らなかった。テロを防ぎ、そして【グリア】は来た。
「咲也!」
ーそこはシュワンと呼んでー
那知恒久は警戒を強めた。阿知輪晋也の情報では【विशेष】は3、戦闘型は無し、シュワンの性能なら負けは無い、上手く時間稼ぎをしてくれている筈。と云う事だった。
しかし【विशेष】は4。シュワンは敵に拘束されている。状況は想定外、最悪だ。眼前に立ち塞がる【विशेष】を強敵と認識する。
「本当に来たか。待ってたぜ、稲葉やった時から。」
「僕は、あなたの事なんか知らないし、争うつもりはありません。」
「奇遇だな俺も争う気は無い、倒すだけだ。」
「咲也をどうするつもりですか。」
「どうもしないさ。絶望的な状況になってから“ベルトをよこせば見逃してやる”そう言うだけだ。」
【豹紋蛸】が両手をあげて間合いを詰めて来る。【グリア】はそれを嫌い一定の間隔をとり敵を観察する。
【豹紋蛸】が左胸に右拳を添え、左手を前方に伸ばすと、小さく波を打っていた脚が勢い良く地を弾き躰を飛ばす。瞬時に間合いを詰められた【グリア】は反応が追い付かない。やや後へ上体は引いたが手が残る。まずは《一本背負い》足の運び、手の引込み、腰のはね、どれも完璧。【グリア】の背中が悲鳴をあげる。
「普通なら今ので失神だが、俺達は今、人間じゃない。立てよ、まだだろ?」
格闘経験が無ければ、一般的に柔道や相撲に《速い》という印象は持たないだろう。だが彼等は速い、組み手争いや突っ張りにおいて、手の速度はボクサーのパンチに劣らない。豪快な投げ技や体のぶつかり合いに観戦者の目が奪われている裏で、手の攻防も、見極める目も、踏み込む足も、素人に印象付ける間もなく勝負を終らせてしまう程に速いのだ。
恒久は驚いてた。間を詰められた瞬間に叩きつけられた。何が起きたか分からなければ対処の仕様が無い。
立ち上がり距離を取るしか出来る事が見つからない。
ーくそっ、どうする。ー
グリアの武器は思考だが恒久の頭は真っ白だ。理由は至極簡単、シュワンが捕まっているからだ。時任咲也が捕まっているのなら《助ける》と云う思考が巡るはず。だが捕まっているのはシュワン、性能的に【विशेष】を上回るシュワンである。阿知輪の情報に無かった【विशेष】には【グリア】であっても勝てないかもしれない。
恒久は【豹紋蛸】を過大評価していた。
「おい、グリア!真面目にやれよ、弱すぎだ。稲葉と巻に勝ってるんだ、そんなもんじゃないだろ。彼奴等は強くはないが、弱くはない筈だ。」
八浪は恒久を過大評価している。単純な戦闘力で言えば【グリア+那知恒久】より【蜘蛛+稲葉公太】【蛇+巻恵市】の方が強い。
【グリア+那知恒久】が勝てたのは、恒久の緊張が産む集中が思考を促したからに過ぎない。今の状況下では情報が多く、脳は思考へ移行しない。
恒久の表情は見えないが、焦りは八浪に伝わっていた。
「有働、やっぱり諦めろ。ソイツを開放しないとコイツが遠慮しっぱなしだ。」
「は?」
「俺は真剣勝負がしたいんだ。ソイツのベルトだけ回収して、お前達は撤退だ。」
「あ゛!!ふざけんな!ベルトは2本共頂くって言ってるよね!コイツ等が揃ってるって事は日隠あすかも居る筈なんだ!全部頂く!八浪君の個人的な興味なんかで邪魔しないで欲しいね!」
「焦んなよ、稲葉じゃあるまいし。」
捕らわれの時任に聞こえた日隠拉致の思惑は感情を爆発させるに充分過ぎた。
ー何でお前が、あーちゃん頂くとか言ってんだ!ー
怒りに溢れた動かぬ右腕に悔しさが重なり逆巻く感情が菌糸を駆ける。感情の同調が有働の意思に関係無く【茸】の右腕を振り上げさせる。それは同時に時任にも起き、【蠍】の拘束を解いた。
増住は真面目だ。新体操県強化選手として取り組む姿勢も、松浦の追っかけも、砂月のクリスマスコーディネートも、《QUEST》も……
直向きに、前向きに、一生懸命。
《過ぎたるは及ばざるが如し》
オーバーワークは自身を壊す。
増住に落ち度は無い。だが、シュワンの拘束が解かれた自責の念から飛び出した。もう1度捕まえる。その思いは直向きに……
拘束を解いた時任を奪う様に助ける恒久。一貫して平和主義な恒久の思考は【グリア】に俊敏な動きを与えるが【豹紋蛸】が地を弾き間合いを詰める。
【グリア】を追う【豹紋蛸】が双手刈を狙う。【グリア】の大腿に両手を伸ばしたその時、【自律迎撃行動機能】が飛び出した【蠍】に反応してしまう。