19話 緊張と均衡と拮抗の妙
前回までのあらすじ
ショピングモールでファッションショーを楽しむ増住香、付き合わされる砂月玲奈。2人を眺める有働和也と八浪幸四郎。
4人は数十分後にテロを起こす【विशेष】
彼等の《QUEST》を阻止する為、阿知輪晋也から依頼を受けた時任咲也はショピングモールに向かう。
3番スクリーンでは
映画の感動に声が大きくなる越猪崇とテンションの低い松浦彩花。
日隠あすかに“つーくん”と呼ばれ赤面する那知恒久が顔を合わせる。
➖10:20➖
「まさか、こんな所で鉢合わせるなんて。」
《ベタな恋愛映画》の感動が削り取られる。
捕獲対象の日隠あすか、討伐対象の那知恒久を前に、越猪崇は気が昂った。
「駄目よ、崇、言ったでしょ。今日は普通の事をしたいの。」
「でも、あの2人は……」
「私達の出番は無いわ。ここで《QUEST》が始まる。香達にまかせましょ。」
この状況で冷静な松浦彩花の方がらしくない。本来ならば何よりも優先させて、捕獲もしくは討伐に向かう所だ。
しかし、松浦はグリア絡みの《QUEST》に疲れを感じていて、越猪はグリアには関わらない方が得策だと考えている。2人が大人しく引くのは、文科省としては風紀委員にあるまじき行為として見過してはならないのだが、そこに監視の目は無い。そこまで見越して、松浦は越猪に腕を絡ませ出口へ進む。
「ほら。」
「あぁ。」
こうなると越猪には従う以外の選択肢は浮かばない。
「お騒がせして、ごめんなさいね。」
「いえ、こちらこそ……」
すれ違いざま、日隠と目を合わせた松浦は声をかける。バツが悪そうに答える日隠の横で大人しく会釈をする那知恒久の表情を確認。以前の戦闘で声は交わしているが、目の前のカップルが【विशेष】だと云う事に気付いている様子は無い。
3番スクリーン刹那の緊張の拮抗は逸れた。
➖10:25 ➖
「さて、始めますか。」「「「परिवर्तन」」」
ショッピングモール屋上へ着くと4人は【विशेष】へと変容する。
換気ダクト吸気口へ【茸】有働が迎い、両脇を【蠍】増住、【菟葵】砂月が堅め、3人を見守る様に【豹紋蛸】八浪が後ろを歩く。
そこへ、隣接する立体駐車場から飛び出して来るネイビーブルーの人影。
「うわぁ。1-3-1?ダイアモンドワンか!やりづら……ってか1人多いし。ま!問題ねぇけどぉお!」
眼下に見つける異形の数は4。阿知輪晋也の情報では【विशेष】は3人の筈だったが、気合の乗った時任咲也はお構いなし。
時任咲也の宣戦布告に反応したのは予定外の【विशेष・豹紋蛸】八浪幸四郎。両手を上げ自然本体から右自然体へ、四肢に絡みついていた蛸の脚が開く。
蛸の脚は個別に、不規則に、相手の様子を伺う様に小さな波を打っている。そして時任咲也もそれを警戒する。蛸を倒す意識はしていない、引っ掻き回して【茸】にテロを起こさせなければそれでいい。
【豹紋蛸】はやる気充分。【菟葵】は恐ろしい程冷静。【蠍】は気持ちにバラつきがある。
ーディフェンスの穴は見逃さないぜー
【茸】に貼り着く【菟葵】
前に出る【豹紋蛸】
様子を伺い2人のバランスをとる【蠍】
シュワンの狙いは【豹紋蛸】の身体1つ後ろ、ギリギリ手の届かない位置で【蠍】が一歩踏み込めば攻撃範囲となるスペース。連携や判断のミスを誘い、誤爆・見合い、上手くいけばグリアを待たず【茸】を活動停止に。
思いっ切りの良さは動きに現れる。ネイビーブルーの稲妻が狙ったスペースに入る。八浪が反応に遅れるも、蛸の脚がシュワンに届く。「マジか!」脚が足を弾くと態勢を崩した所へ蠍の毒針が火花を散らす。シュワンの装甲は簡単に貫通しない。地面に着いた手の勢いは殺さず活かしてディフェンスゾーンを抜ける。
「グリア!今だ!そのタコやっちまえ!」
声に反応した【豹紋蛸】は素早く構えを後ろに向けるが脚には何の反応も無い。
ーいない?ブラフ?!ー
「ちょろいなタコ!」「貴様!」
ーゴール見えたら狙っちゃうぜ!ー
【茸】に向けて、ネイビーブルーの稲妻が雷の軌道を描く。だが、その軌道は宙に浮かされる。
ーあれ?地面が青い?ー
【菟葵】砂月玲奈。合気道を習って13年、力に逆らわず、流れを変え、いなし、相手に返す。その動きは柔らかく、軌跡は円を描く。まるで、ワルツかルンバを踊っている様である。ひたすらに突っ込んで来るシュワンを捌くのは訳無い。力の方向をリードして、関節を極める。たが、捕獲する迄に至らなかった。
シュワンの反応は速い。普通、人は刺激を脳へ伝達し、判断決定を行い対処方法を命令する。認知から行動迄にかかる時間は平均0.4秒。しかし、シュワンはその時間を限り無くゼロに近付ける事に成功している。受けるダメージの性質やベクトルに対し装甲そのモノが対応、装着者の判断を必要としない。
合気柔術腕絡み投げ・片手で相手の手首を掴み、もう片方の手で肘内側を制圧と同時に、掴んでいる手首を外側へ捻り倒す。逆らわずに投げられなければ簡単に腕は壊されていた。追撃する蠍の毒針を弾き、着地と同時に再度ネイビーブルーの稲妻が走って来る。
ー受け流した!?ならこれは?ー
先ずはシュワンの足下へ【菟葵】が体を丸めて滑り込む。突然の障害物に稲妻がはねる。はねた所へ蠍の毒針が火花を散らす。
「まだまだぁ!」
【茸】に向かって何度も稲妻が走り、その度に爆ぜる。小手返し、入り身投げ、四方投げ、隅落とし、回転投げ。演武を見ているかの様な見事な投げに見事な受け。そこに的確に追撃する蠍の毒針が火花を散らす。
「おいおい、もうちょっと離れてやってくれよ。菌糸に念入れるのって集中力いるんだぜ。」
【菟葵】が背中を守っているとは言えこの状況、戦闘力に乏しい【茸】は気が気じゃない。
「砂月の技をあれだけ受けられるとはな。」
八浪の口から思わず漏れるのも無理はない。素人であれば倒されるか関節を折られている。砂月の技が極まる直前、力に逆らわず受け流し、側転・前宙・バク宙で回避。勿論、時任の判断や技術では無い。末梢神経特化型、シュワン自体の自律回避行動機能の賜物。
小手返しで派手に投げられたシュワンが屋上から消える。
「気を付けて、何か狙ってる。」
「え?何?砂月さんが投げたんじゃないの?」
「自分から派手に跳んで行ったわ。」
砂月が有働を背中に隠すようにジリジリと後退りする。
ーまだ1分くらいか?あと2セット……これでいけるか?!ー
時任は、隣接する駐車場の車止めブロックを破壊すると、破片を集めて屋上へ戻る。
ー第2クオーターはトライアングルツー……じゃねぇけど、そんな感じか?でも、まぁー
三角形に見える【विशेष】の布陣は《鶴翼の陣》
中央への誘い込みによる挟撃が主攻。リスクは中央の負担だが、有働のガードは砂月に任せ、八浪と増住は前方左右に広く展開。一見隙だらけの守備だが、わざと開けた正面から進入しようものなら、先程同様、砂月が対処出来る。外側から回り込もうとしても、左の【豹紋蛸】は右自然体の構え。脚は変わらず小さく波打ち嫌な気配、予想を越える攻撃範囲と速度は油断ならず、接近は避けるべき。右の【蠍】に怖さは感じないが、腹部をガードしている3対の脚が何をしてくるか不気味ではある。両の鋏と毒針を振る尾のリーチが長く目障り。隙きを突いてくる的確な毒針も鬱陶しい。
陣内元ほどでは無いが、有働もRTSはスマホで嗜んでいて《鶴翼の陣》は好んでよく使う。ーどう来る?ー
時任は、正面からやや左へ向かい踵を浮かせ肩を振る、顔は小さく速く、上体はゆっくり大きく。視界には逆サイドの【蠍】迄しっかり入れておく。独特なリズムとステップにビシェシュの警戒が強まる。
右足を残し、身体ごと左へ大きくステップを踏み出すと、【豹紋蛸】の脚が反応する。その動きに合わせる様にシュワンが動く。
左のステップを踏み切りに前進中央突破、に見せて右へダッシュ。蛸の脚は振り切った、蠍の反応はそこまで速くない。意識を中央へ向けた蠍の裏はとれる、毒針の来ないリーチの外。
「あんたのお陰で思いついた作戦だ、投げられる度にチマチマ腕狙ってきやがって、最高に鬱陶しかったぜ!今度は、こっちの番だ!」
吸気口と【菟葵】に挟まれている【茸】に石攻撃、ダメージは全く無い。だが集中を削ぐには充分効果を発揮する。
「敵わねぇから石投げるって、ガキかアイツは!」
「《QUEST》に集中しろ。」
「いや、色々それどころじゃない……」
時任は蠍と蛸にも石攻撃。蠍は鋏で弾き落とし、蛸は波打つ脚が石をつかむ。
「確かに鬱陶しいな。」
八浪はサッサとケリをつけたい。だが、そう簡単な事では無い。時任には敵を倒すと云う気負いが無い。かと言って逃げるでも無い。砂月にいい様に投げられてはいたが、自律回避行動機能により受け方は有段者。増住の毒針は隙きをみて的確に火花を散らしたが、効いてる様子がない。真っ向勝負なら勝ち目もあるが、八浪が動いて陣形を崩すのは得策では無い。何も出来ず、手を拱いているのは【विशेष】の4人。
ーそう来るかー
時任は【茸】にプレシャーをかけつつ、ゆっくり間合いを探る。