14話 嫌な話
越猪崇から連絡を受けた秋岡樹の眼前には、那知恒久、時任咲也、柚留木美香。
秋岡は恒久に【अंडा】を見せつけ、自分が【विशेष】であると威嚇する。柚留木が連れ去られてしまうと焦る恒久は、阿知輪から受け取った写真を突き出し、稲葉と巻の襲って来た理由を尋ねる。それは陣内元が気にしていた《勝手な事》の理由。
それを知る柚留木に不信感を覚えた秋岡。
隙きを突いて変身する恒久。
飛来する【フキナガシフウチョウ】
変身した【シュワン】の突撃で、柚留木奪取に成功する。
顔を歪める松浦彩花と対照的に涼しい顔の秋岡樹。越猪崇の連絡先をタップすると、スマートフォンごとポケットに手を突っ込んでコンビニを背に歩き出す。
「崇、悪い知らせだ、【グリア】は2人いる。柚留木は拐われた。柚留木は陣内が気にしてた《勝手な事》の正体を知ってた。そして松浦の機嫌が悪い。」
越猪のスピーカーフォンから聞こえる音声に、何事にも無関心に見える砂月玲奈でさえ顔を向ける。増住香は安定して落ち着きが無い。
ーまさか!お顔にシワを寄せているのでは!良くないわ松浦さん。ー
「伏兵で松浦さんを出し抜いたか、見事だね。」
陣内元が瞳を輝かせて越猪の手首を掴みスマートフォンへ話しかける。
「秋岡君、戻って来てくれる?詳しく聞きたいな《勝手な事》の正体。」
「帰りは少し遅くなる。午後の選択授業終わったら、俺の部屋来いよ。」
そう言って通話を切ると、秋岡は住宅街へ消えて行った。
「くそ!俺が行ってれば【グリア】なんざ、何人いようがブッ倒してんのによ!」
有働和也の居ない八浪幸四郎は収まりが悪い。普段なら下らないやりとり位にしか思わない陣内元だが、イチイチ突っ込む気持ちも理解できる。
お陰で“何人いようが”が妙に気にかかる。【グリア】の後ろ盾をしっかり連想させるに充分な台詞。国の管理下にあって、計画に無い物を生産できる状況。憶測が進む陣内が掴んだ越猪の手首から、激しい脈が伝わる。見上げると、越猪の顔は不安に満ちていた。
そして予鈴が鳴る。
➖有明エンタープライズ社員寮・敷地内➖
崖を越え、恒久達は団地の裏手に抜け出した。
「柚留木さん、怪我は無いですか?」
「うん、無いよ。」
抱えていた柚留木を降ろし変身を解く。
「それ、渡して下さい。」
【विशेष】の変身アイテム【अंडा】の提供を求める恒久。ゆっくり開かれた手は、何かを与える仕草のそれ。そこには恐怖に対する憂いが乗せられている。正直と謂うか、行儀が良いと謂うべきか、紳士的なのか、はたまた緊張か、控え目に差し出された手に安心した柚留木は素直に【अंडा】を渡す。
「そうだよね。捕まっちゃったんだもんね。」
「すみません、聞きたいことが色々あるので。」
恒久の言葉は耳障り良く沁み入る。
恒久は【अंडा】を丁寧に時任に渡す。
「咲也これ持ってて、あと、変身解こうよ。」
初陣の余韻が冷めやらぬ時任への台詞に【犀】の記憶が浮かぶ恒久。
聞きたい事が頭を巡る。
【विशेष】とは何なのか?何人いるの?どんな種類がいるのか?いつから存在しているのか?黒幕は?
だが、恒久の第一声はやはり父を襲った理不尽な理由だった。
「稲葉さんが言ってた“有能の証明”って何ですか。」
「稲葉君、弱いんだよね。シュッて行ったらバーンって倒されちゃってさ。だからいっぱい練習して強い所見せたかったんだよ、じゃないと選ばられないから。」
「よく分からないんですけど。誰に見せたくて、何に選ばれたいんですか?」
「不知火さん。」
意外な名前だった。協力者である筈の人物の名前の登場に、恒久と時任は理解が追いつかない。
「不知火さんって、文部科学省の不知火凌さんの事ですか?」
「そう。私等はその不知火さんから《QUEST》貰うからね。って言っても、基本風紀委員しか会えないんだけどね。」
「《QUEST》ってなんですか?」
「う〜んまぁ、国家機密ってやつだけど、NEWSの事件とか事故は大体《QUEST》じゃない?私等はまだ日が浅いから数える程しかやってないけど。自殺、昏睡は【蝿】似た事件事故が続くのは【茸】著名人の原因不明の急死は【姫鉢】って感じ。」
「【विशेष】以外にも《QUEST》を受ける人達がいるって事ですか?」
「多分ね。会った事は無いけど、いる筈だよ。」
凶悪犯罪認知件数が年間21.6万、人口が1.2億なので、少なくとも550人に1人が凶悪犯であり、被害に会う確率でもある。ちなみに刑法犯は82万、145人に1人が被害者になる計算。
そして再犯件数10.4万これが《QUEST》だと云う。
益々訳が分からなくなる。
「仕方無いなぁ〜国家機密【एकीकरण】について教えてあげよう。ねぇ!ノートとってよ。」
【अंडा】が通学鞄として機能している事に驚く時任からノートを出して貰い、柚留木は得意気に以下の内容を読み上げた。
【एकीकरण】はヒンズー語で“統合”を意味する。【विशेष】は“特殊”【पागल】は“狂う”それら2つの力で世界を統合する。
多様化した人類が今求めているのは《正しい循環》地球から仲間外れにされない為に。1番の課題は《数》生態系において天敵の居ない人類は、内戦、紛争、医療放棄、出産制限、など、統治者の趣味趣向により様々な手法が選ばれ、人口調整を試みて来た。それは《国》としてのモデルを作り上げる為に他ならない。注目を集めているのは、文明を持たず自然の恵みに頼る種の存在だが、先進国に真似できるものではない。自然と文明が共存するバランスを模索していかなければならない。そして、各国に《モデル国家》としてイニシアチブをとり、尊厳を取り戻す事が必要不可欠である。
「これ、授業でやったとこ。」
先進国では、どの様な人口調整の方法が望ましいか。
「これテストに出たやつ。」
事件や事故を習慣化させ《死》に対して鈍感にさせる。生きる事への執着を削ぐ。夢、希望、未来を語らせない。
「これが答え。私等【विशेष】はその為にいる。」
巻恵市の言ったとおりビシェシュは国が認めた存在。不知火はそう言わなかった、【グリア】【シュワン】を【विशेष】殲滅の為に……まるっきり逆の事を。
不知火の真意を確かめたいが、そんな方法はおそらく無い。
「ナッツン?俺、色んな事がよく分かんないんだけど、やっぱり馬鹿なのかな?」
「そんな事ないよ。こんなの理解出来る方がおかしい。どんな理由があったって、僕達はビシェシュを止める!犯罪に正当な理由なんて……」
「そうだよな?なんか意味分かんなくなっちゃったけど、悪い事してんのは止めなきゃな!」
恒久は時折出会う核心に助けられる。物事は知れば知るほど複雑で難しく頭を悩ませる。それでいて、本質というものはいとも簡単にできていて、心に響いてくる。
“いいんじゃない?難しく考えなくて、アレに変身出来るんだから、悪い奴はやっつければいいのよ”
恒久は先日、日隠あすかにも言われたばかりだ。友人2人に同じ事を言われ、自分がまだ、悩みの中にいる事を自覚する。原因は【犀】悪い印象を持てずにいる。恒久は、柚留木に質問すべき内容を改めた。
「【犀】知ってますよね。あの人も《QUEST》は受けてるんですか。」
「勿論、受けるよ。風紀委員だから、不知火さんから直接ね。私が知ってるのは、電車の脱線事故とか、長距離バスの事故。越猪くん強いから、ドカーンって行ってバーンってしちゃうんだよね。他にも有るだろうけど、全部は知らない。」
質問しているのは自分だが、あまりにもあっけらかんと《QUEST》について話す柚留木に苛立ちを超え、興味と恐怖を覚える。
「何とも思わないんですか、やってる事は人殺しなんですよ。」
「どうなんだろ?私は盗聴専門だから分かんないけど、多分、皆何とも思わないんじゃないかな?やらなきゃいけない当たり前の事だしね。起きたら顔洗うし、ご飯食べるし、着替えるし、学校いくでしょ?同じだよ。」
にっこり柚留木にイラッと時任。
「あんた言ってる事おかしいぞ!ちょっと可愛いからって、何でも許されると思うなよ!」
“ちょっと可愛い”に嬉しそうな柚留木。
「おかしくないよ、自分達の未来の為だからね。おかしいのは世の中の方、世界は壊れ始めてるんだよ?急がないと手遅れになっちゃうんだよ?」
「だからって、何でもありかよ!」
「私等は、まだマシだよ。」
しれっと柚留木にブチッと時任。
「はぁ!」
「やぁ!」
曇り空に似合わぬ良く通る抜けるような声、右手を軽く上げて、無駄に爽やかに御登場。
「こんな所で大きい声出したら御近所迷惑じゃないか、駐車場まで聞こえてたよ。時任咲也君だったよね、お陰でここに居るって直ぐに分かったけど。で、そちらは柚留木美香さんだね。有明エンタープライズ総務係長の阿知輪晋也です。《はじめまして》で、いいのかな?」
凶兆再来。どこから湧いて出てくるのか、阿知輪の登場は、瞬く間に恒久を驚きと不安に染め上げた。